「マーケティング」という共通言語が、組織全体を強くする|株式会社グロースX代表取締役社長・津下本耕太郎さん

  • 関東

西井 敏恭さん、西口 一希さん、山口 義宏さんなど、マーケティング業界ではもはや知らない人はいない豪華メンバーが携わるグロース X マーケティング編 withコラーニングアプリ(以下、コラーニングアプリ)。マーケター育成に悩む多くの企業が導入するこの事業を引っ張っているのが、株式会社グロースXの代表取締役社長・津下本耕太郎さんです。

今回の取材では、コラーニングアプリ誕生のきっかけや成長の過程、マーケター育成のヒントまで伺いました。「部下がなかなか勉強してくれない」と悩む上司や経営者の方、果たしてその原因は本当に部下にあるのでしょうか……?

リリースのきっかけは「過去の忘れ物を取りに行く」ため

アナグラム

コラーニングアプリは従来の研修サービスとは異なる位置づけにある印象です。まずは、サービスについて簡単に教えてください。

tsukamoto

コラーニングアプリは、体系化して学びづらいマーケティングの知識を、1日たった15分でアプリを通じて学習できるサービスです。

受講生の思考力を試すアンケートや、理解度を確認するクイズなど、インタラクティブなUXを通じて、オンラインでも直接受講しているような感覚で学べる点が特徴です。また、受講生同士で回答や学習進捗を確認できるシステムも搭載しています。

お陰様でリリースから約2年で導入数は200社、7,000人を超えました。マーケティングの最前線で培ったフレームワークやケーススタディを盛り込んでいるので、実務に役立つと好評です。事業会社・支援会社問わず、幅広い業種業態の企業様にご活用いただいています。

アナグラム

ありがとうございます。津下本さんは元々、別領域のSaaS系企業出身の方ですよね。今回マーケター育成事業に取り組み始めたきっかけをぜひ伺いたいです。

tsukamoto

もともとコラーニングアプリは、弊社取締役CMO・西井が代表を務める株式会社シンクロの新規事業として始まりました。西井と旅をするなかで「マーケターの育成に悩んでいる企業って多いよね」という話をしたことがきっかけで生まれたものです。

アナグラム

西井さんは過去にマーケティアでも取材しましたが、本当に旅が好きな方ですよね。まさかコラーニングアプリのきっかけも旅だったとは(笑)

tsukamoto

そうなんですよ(笑)

西井と話をするなかで「今のマーケティングは、顧客とのコミュニケーションを含めた全体設計が重要だけど、それができる人材は少ないよね」と。「ましてや、そんな人材を育成できる企業もほとんどないよね」という話をしていました。実際に私の周りでは、企業のマーケティング支援をしている方が何名もいますが、みんな結局は現場の底上げに注力しているんですよね。

今の時代、書籍やセミナーを通じてマーケティングの情報は簡単に得られますが、どうしてもトレンドといいますか、フローな話題が多いなと感じています。もちろんフローな話題も大事ですが、やはり廃れない本質的なマーケティング知識を現場に根付かせることが、企業の成長には欠かせません。コラーニングアプリもまだまだ改善点はありますが、そのような社会課題から生まれました。

アナグラム

津下本さん自身もマーケター育成に取り組みたい、何か原体験のようなものはあったのでしょうか?

tsukamoto

過去にマネジメントをした経験があり、振り返ると反省点ばかりなんですよね。たとえばアップセルとか、クロスセルとか、言葉の意味は分かっていても、結局はお客様のことが見えていないとダメじゃないですか。マーケティングの考え方そのものを教えられなかったなと深く反省しています。その経験がどうしても心残りで……。

今回コラーニングアプリの挑戦は、過去の忘れ物を取りに行くような気持ちで取り組んでいます。

アナグラム

たしかに育成って難しいですよね……。とくにマーケティングは覚えるだけでなく、学んだことを自社やクライアントに応用しないといけないので、各社苦戦していると思います。

tsukamoto

そうなんですよ。各社さまざまな悩みを抱えています。「インプットをしてもアウトプットさせる場がない」「そもそも育成が3日坊主で終わってしまう」「本当にスキルアップしたのか効果が見えない」などなど。

なかでも、よくある悩みは「上司が部下に教えられない」ことです。ここ10年でマーケティングを取り巻く環境もだいぶ変わりましたからね。たとえば10年前はTikTokなんてなかったし、Webと言っても限られていたじゃないですか。

そう考えると、上司が当時見ていた景色と、今の部下から見える景色はまったく異なります。とくにデジタルの領域では覚えることが増えすぎて、最初は混乱してしまいますよね。教える側にとっても、教えられる側にとっても、マーケティングは難しいものになったなと感じています。

「真面目」の捉え方が、変わってきている

tsukamoto

日本の社会人が一日平均どれくらい学習に時間を当てているか知っていますか?

アナグラム

30分くらいでしょうか……?。

tsukamoto

あくまで平均ですが、総務省が発表した「平成 28年社会生活基本調査」のデータでは、日本の社会人の平均学習時間は1日6分らしいです。さすがに少ないなと感じませんか?

研修業界の市場規模も国内では5,000億円ぐらいしかなくて、GDPに対する比率から見ても先進国のなかではかなり低い水準です。おそらく、多くのビジネスマンが既に出来上がったビジネスに携わっていて、ただルーチンワークを回すだけの仕事をしているからか、新しい知識をインプットする必要がないんですよね。

一人ひとりが新しい知識を吸収しないと、社会全体の成長も止まってしまいます。たとえば最近では、各社で「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が叫ばれていますが、実際はDXに関するツールこそ普及していますが、それを上手く扱える人材がいないんです。

今は時代の節目、つまりゲームチェンジの時期です。それなのに、一人ひとりの知識量が少ないという理由で、社会全体のパフォーマンスが上がらないのは非常に勿体ないことですよね。

アナグラム

たしかにそうですね。一方で、海外では「日本人は真面目だ」とよく言われます。そのギャップはどこからくるのでしょう。

tsukamoto

「真面目」という言葉の捉え方が、時代によって変わりつつあると感じています。

たとえば高度経済成長期では、決まった仕事を回すだけでも十分評価されたかもしれません。作れば売れる時代だったので、言われたことを素早く正確にやることが多くの仕事において求められていましたし、それがきっと真面目だったんですよね。しかし今は時代が違います。あえて極端に言うと、言われたことしかやらないのはもはや不真面目と言っても過言ではないかもしれませんね。

変化の激しい今の時代においては、過去の成功体験を恐れることなく「アンラーン」し、スキルをアップデートしていく適応力が必要になります。「リスキリング(re-skilling)」という言葉をよく耳にするようになったように、「学び直し」を社会全体でやっていく時期だと思います。

マーケティングという共通言語が組織を強くする

アナグラム

あらゆる業界で、決まった作業を回すだけの仕事は機械に置き換えられつつありますもんね。機械に置き換えられない、創造的な仕事を続けていくためにも学び続けることが必要だと改めて感じました。

tsukamoto

よく「2:8の法則」で例えるのですが、たとえばどの組織でも2割の人は自ら積極的に学習を進めます。そして残りの8割のうち、6割はきっかけがあると学習をする層、残りの2割はなかなか動かない層、と分けられます。コラーニングアプリでは中間にいる6割の層に注力し、その層を厚くすることで組織を強くすることを目的としています。

画像:グロースX様提供

tsukamoto

この6割の意識を変えられれば、三角形のヒエラルキー型組織から、ボトムアップされたダイヤモンド型組織に変えられますからね。組織全体の底上げにも繋がりますし、多くの組織で実現できれば、日本社会全体の底上げにも繋がります。

アナグラム

たしかに一般的な研修は上位の2割だけが一生懸命に取り組んでいる印象がありますね。。こう見ると中間層の底上げが最もインパクトが大きいことは明らかです。とはいえ、いざ導入したとしても「本当に底上げできているのかどうか」は正直測りにくいと思います。導入後はどのような変化があるのでしょうか?

tsukamoto

部署や役職を跨いでハイコンテクストな共通言語ができ、コミュニケーションの質が向上した」という声はよくいただきます。マーケティングという共通言語ができたことで、自分の仕事・自分の部署だけでなく、視野を広く持てるようになったのだと思います。これはサッカーに例えると、フォワードの人がディフェンスの動きを知って、結果的に全体の動きのなかで自分がどう振る舞うべきかがわかった、みたいなイメージですね。

一部の人間だけが知識を持って施策に取り組もうとしても「あいつは一体何をやってるんだ?」と、出る杭を打たれることになってしまいがちですが、共通言語があれば「なるほど、だからあいつはあの行動をとっているんだ!」という理解に繋がります。心理的安全性も高くなるので、発言や挑戦がしやすい環境作りにも繋がりますね。

実務に基づいた学習でモチベーションを高める

アナグラム

マーケティングの仕事はどこか個人主義的なイメージを持たれがちですが、ダイヤモンド型組織になればチーム一丸となった雰囲気も醸成できそうですね。6割の方が継続して学習するために、コラーニングアプリではどのような工夫をしているのでしょうか?

tsukamoto

みんなで一緒に学習することを意識しています。たとえば振り返りの時間を設けて、受講生同士で課題に取り組むなど、コミュニケーションをとれる環境を整えていますね。

また、インプットとアウトプットの循環も大事です。アウトプットをして成功体験を得ることで、知識が脳裏に焼き付くみたいな、そのような仕組みを作れるように工夫しています。

たとえばですが、本をたくさん読むのに仕事でなかなか成果がでない人っていますよね。これは本の内容を咀嚼できていない、もしくは汎用できていないことが原因です。なので、コラーニングアプリでは、学んだ内容をできるだけ自分の業務に落とし込んで「今月はこれをやります」と、報告する仕組み作りのサポートまで行っています。

アナグラム

単なるインプットではなく、実務を見据えたうえで学習を仕組み化されているのですね。

tsukamoto

そうです。会社で「研修いれます」と言われると、正直シラけることが多かったりしませんか?(笑)

「座学か……」とか「小テストもあるのかな?」とか考えると、なかなかやる気が湧いてこないですよね。これは研修が実務と結びついていないことが原因です。逆に言うと、実務と結びついた研修が提供できれば、社員もモチベーションを維持して続けられるはずです。

アナグラム

なるほど。一方で、今まで勉強してこなかった方は、勉強に対して抵抗を感じそうですよね。できるだけ抵抗をなくす方法はあるのでしょうか?

tsukamoto

正直、最初は「やらされ」でもいいと思うんですよね。たとえば学生時代に勉強したことに対して「あの内容、勉強しなければよかったな。」とか思わないじゃないですか。マーケティングの勉強もそれと同じです。結局は自分の血肉になるので、きっかけは何でも良いのかなと思います。

そもそもコラーニングアプリはグループ学習なので、一緒に勉強して高みを目指せるという点で、他の研修に比べたらモチベーションも維持しやすいはずです。一緒に受講しているメンバーの進捗状況を見ることもできるので「同僚の◯◯さん、会議で鋭い発言をするようになったけど、コラーニングアプリでいつも勉強しているからかな」とか思うと、こちらもやる気が湧いてきますよね。

大事なのは“売り方”ではなく、お客様への“向き合い方”

アナグラム

リリースから約2年で導入数が200社、利用者数が7,000人を超えるのは凄まじい伸び方だと思います。どのようにしてサービスを伸ばしたのでしょうか?

tsukamoto

正直、売り方よりも顧客に満足してもらうことの方が数倍重要です。

コラーニングアプリは魔法の杖ではないので、導入=ゴールではありません。本気でマーケターを育成するためには学習を継続してもらう必要がありますし、そのためには顧客にも覚悟を持っていただく必要があります。そのうえで、何か必要な機能があれば実装しますし、全力でサポートもします。なので売ることよりもカスタマーサクセスにすごく力を入れていますね。

ただ、顧客からポジティブなフィードバックを頂くことが増えて「このサービスを提供すればお客様を満足させられる。このサービスは伸ばすべきものだ。」という確固たる自信がついてからは、明らかに導入が伸び始めたなという感覚はありますね。

アナグラム

その確固たる自信が顧客とのコミュニケーションに表れているのですね。これからさらに拡大されていくのかなと思いますが、今後はどのようなサービスでありたいと考えていますか?

tsukamoto

「おれたちのサービスすごいだろ!」と自分たちのポテンシャルで勝負するのではなく、きっかけをたくさん作り、お客様の能力を引き出すサービスで在りたいと思っています。お客様と一緒にサービスを作っていくような、共創(オープンイノベーション)の精神を大切にしたいですね。

コラーニングアプリの学習内容と同じですが、ビジネスでは小手先の売り方ではなく、お客様のことを考えるのが大事です。なので、グロースXのメンバーには受注予算も伝えず、「品質を上げること」「お客様に満足してもらうこと」しか伝えていません。口八丁で売上を上げても、一時的な成長にしかならず、プロダクトとしての寿命はかえって短くなってしまいますからね。

業界のために、そして社会のために

アナグラム

先日(2022年3月)、グロースXさんが開催するイベントに参加させていただきました。そのなかで、ジャパンハート創設者・吉岡秀人さんがご登壇されていたことが今でも印象に残っています。他の企業が開催するマーケティングセミナーでは、なかなか見られないキャスティングだなと思いまして、情報発信で何か意識していることがあれば教えていただきたいです!

tsukamoto

小手先のマーケティング手法ではなく、どちらかと言えば育成とか、組織とか、キャリアとか、マーケティングの「人」に関わる分野で価値提供をしたいと考えています。活躍するマーケターを育てて、業界を盛り上げて、社会全体を豊かにしたいんですよね。じつはキャスティングにもそのような背景があります。

先日の吉岡さんの起用ですが、そもそも彼は「自然にマーケティングをしている人」なんですよ。ジャパンハートの活動は、資金を得て、医療が届かない発展途上国を中心に救命活動を行うことです。そこにマーケティングは欠かせません。

最近では「応援」や「投票」という感覚で、モノを買う人も増えましたよね。たとえばクラウドファンディングが最たる例で、顧客のゴールが目の前の「モノ」から、その先の「ベネフィット」に変わってきているんですよ。そう考えると吉岡さんの活動は、今マーケティング業界が向かっている方向に限りなく近いなと感じています。

アナグラム

グロースXは、社内外問わず、キャスティングも非常に豪華ですよね。協力をお願いする際に意識していることはありますか?

tsukamoto

関わっていただく方々には「私たちに協力してほしい」ではなく「業界のために一肌脱いでほしい」とお願いしています。これは、グロースXのメンバーも同じで、みんな業界のため、そして社会のために日々取り組んでいます。

多くの場合、社内の目標数値を達成するために仕事に取り組みますよね。

決して否定をするわけではありませんし、過去私自身もそうでした。ただ「数字の差を埋めることを目的としたその仕事はクールなのか?」という疑問がありました。なので私たちは、自社の売上目標ではなく、目の前のお客様の満足度を高めること、引いては業界や社会全体を盛り上げることを大事にしています。できるだけ外向きの価値提供に時間をかけたいと考えていますし、それが社内外問わず、関わっていただく方々の間で一貫したスタンスになっているのかなと思います。

アナグラム

お話を伺っていると、津下本さんの素敵な考え方や人柄に魅力を感じて集まる人が多いのかなと思いました!最後に今後の目標を教えてください。

tsukamoto

今後も引き続き、お客様にベネフィットが残るサービスを展開したいです。

私は以前、終活に関する事業を立ち上げたこともありますし、やはり人のためになることがしたいんですよね。前職でIPOを経験して、ある程度の自由を手にしましたが、結局はお金も時間も使い方が大事だなと感じました。私欲のためではなく、社会のために何かをしたい、とくに子供ができてからはそう考えるようになりました。

引き続きコラーニングアプリを通じて、多くの企業に貢献するとともに、業界や社会全体にも影響を与えられるような存在になりたいと考えています。

アナグラム

津下本さん、本日はありがとうございました!

アナグラム編集後記

記事中には記載しませんでしたが、個人的には「部下は上司の背中を見て育つ」という話が取材中もっとも印象に残りました。私も以前までは勉強と聞くと、どこか苦手意識を感じていましたが、あるとき上司が楽しんで読書している姿を見て、読書習慣が身についた過去があります。やはり新しい知識を吸収するのは楽しいことですし、私もその感覚を次の世代に伝えられる人間になりたいなと、今回の取材を通して改めて感じました。

この記事がマーケター育成に悩む経営者・上司の方に、少しでも役立つものとなれば幸いです。

インタビュー:賀来重宏、下出翔太
文:下出翔太
撮影・編集:賀来重宏