目指すのは着物文化の存続。オリジナルブランド「keniamarilia」で新たな需要を生み出す|座波ケニアさん

  • 関東

昨年6月に着物を使ったオリジナルブランド「keniamarilia(ケニアマリリア)」を立ち上げた座波ケニアさん。Twitterの告知のみにも関わらず、わずか数分で売り切れてしまうほどの人気を集めています。「和服の新しいスタンダードをつくりたい」と話す座波さんに、ブランドをはじめるまでの経緯や今後の展望について伺いました。

自己表現ではなく、服を通じて問題解決がしたかった

アナグラム

いつ頃から「ブランドを立ち上げよう」という想いがあったんですか?

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小さい頃から服が好きで、はじめて自分で服を作ったのは小学5年生の時です。ファスナーも飛び出てるしタックも外に出てて周りの子にからかわれたけど、それでも自分の服を作れたことが嬉しくて嬉しくて。中学生の時には「ブランドを立ち上げたい」って気持ちがありましたね。

田舎で服飾系の高校がなかったのもありますが、デザインを勉強する前にまずはお金の勉強をしようと、商業科のある高校で流通経済や簿記を学びました。その後服飾系の専門学校に入ったんですけど、そこでも賞を取ることやデザイナーになることじゃなく、アパレル企業に就職することをゴールとして学校を選びました。

アナグラム

専門学校を選ぶ段階でアパレル企業に入ると決めていたんですね。

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はい。将来ブランドを作るにあたって私1人じゃ何もできないから、まずは仕組みを知ろうと思ったんです。

ただ、大きい会社だと役割が縦割りになっていることが多くて、デザイナーだとずっとデザイナー、パタンナーだとずっとパタンナー…と固定されてしまうことが大半なんですね。専門学校の先生にも「あなたは小さい会社に入って揉まれた方がいい」とアドバイスをもらったので、卒業後はOEM(※)と卸しを両方やっている小さい会社に入りました。

(※)OEM・・・original equipment manufacturingまたは Original Equipment Manufacturerの略語で、「相手先ブランドによる生産」と訳されます。自社ブランドを他社で製造してもらうこと。

アナグラム

最初の会社ではどんなことを担当されたんですか?

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1年目は営業をやりました。いろんなブランドに行って「こんなシャツ作ったんですけど、御社のブランドで販売しませんか」と交渉したり、展示会に出たり。2年目からはデザイナーと生産管理を両方担当するようになりましたが、教えてくれる人もいないし生産管理の現場は本当にトラブルだらけでした。無地のシャツをお願いしたのに、サンプルは花柄で上がってきたり。

アナグラム

そんなことあるんですか!?

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全然ありますよ!思うようにいかず机で泣いていると、先輩から「座波ちゃん、泣き終わったらあそこに電話かけてもらえる?」とおかまいなしに話しかけられて「あ、泣いてても納期は変わらないや」と気づき、いちいち落ち込むのをやめました(笑)

デザイナーの仕事は入社前から希望していたので、任せてもらえてとても嬉しかったんですけど、実際やってみると「デザイナーはやりたいことができるわけじゃない」と気づきましたね。デザイナーって「自己表現したい」「お金儲けをしたい」「プロダクトで問題を解決したい」って大体3つのタイプに分けられると思うんですけど、私がやりたかったのは3つめ。トレンドを押さえたものを作らないとアパレル企業は売上を作るのが難しいので、作りたい服を作るには自分でブランドをやるしかないと身に沁みました。

アナグラム

裁量を持てる会社で働いたことで全体感やアパレルの現実がはやくに見えたんですね。座波さんが作りたかった服のコンセプトは当時から決まっていたんでしょうか?

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専門学校時代から「いつか着物を使ったブランドをやりたい」と漠然と思い描いてました。決定的だったのは、エデュテイメント一座「HEAVENESE(ヘヴニーズ)」の衣装製作に携わったことです。1社目をやめてフリーランスになった時、たまたま知人経由で「衣装が1つ足りないので作ってくれないか」と頼まれ、それがきっかけで本格的に衣装作りを担当するようになりました。

「和服は海外受けする」と噂には聞いていたけど、ツアーでエチオピアに同行した時に観客が熱狂しているのを目の当たりにして。日本のものは思った以上に世界で尊敬されてるし、愛されてるんだなと実感しました。だけど国内に目を向けると、着物の生産量はどんどん落ちていて…。その状況を、自分が作るブランドでなんとかしたいと思ったんです。


座波さんが手掛けたHEAVENESEの衣装。
 

アナグラム

「プロダクトで問題を解決したい」と仰っていたのはそういうことだったんですね。そこからブランド立ち上げの準備を開始したんですか?

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いえ、ブランドを立ち上げる前にもう一度生産管理をちゃんと学ぶ必要があると思って、従業員4~5人の会社に入りました。1社目で生産管理の大変さを知ったんですけど、もっとあらゆるトラブルを経験し、策を打てるようにならないと1人でやっていけないなと。

アナグラム

アパレルに明るくない私からすると素朴な疑問なんですけど、生産管理の現場ってなぜそんなにトラブルが起きるんでしょうか…?

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大きなプロジェクトを想像するとなんとなくイメージがつくかもしれませんが、関わる人数が多くて、伝言ゲームみたいな感じなんです。生地屋さん、資材屋さん、デザイナー、パタンナー、指示する人、裁断する人、縫製する人…って洋服が一着できあがるまでにたくさんの人が関わっていて、その全てのハブになっているのが生産管理。

人から人へ情報が渡っていくうちに「生地が足りない」「じゃあ今あるこの色でいいや」とそれぞれの細かいズレが蓄積していって、結果上がってきた100枚とも、注文とちがう色になっているなんてことザラにあります。最初は長ズボンだったはずなのに「長ズボンだと30本しかできないからちょっと短くすっか」とか。

アナグラム

想像するとめちゃくちゃ怖い…!その話を聞くと、生産管理を全く知らずにブランドをやるのってかなり厳しいのではと感じてしまいます。

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実際にそれで回らなくなって頓挫するブランドはたくさんありますよ。

自分で何かをはじめようと思ったら、全体の仕組みを知らないとトラブルを回避できないじゃないですか。だから私は全体を見渡せる、縦割りじゃない小さい会社に入ったんです。

生産管理以外にも「資金繰りはこういう風にしたら回るかな」と財務状況を見て学べますし。4年間である程度策が打てるようになったので、会社をやめて本格的にブランドの立ち上げ準備に入りました。

認知される手段がないうちはブランドを始められない。Twitterで情報発信を開始

アナグラム

2社目で学んだ「ブランドをつくる全体像」をもとにいよいよ立ち上げ準備。具体的にどう進めていくのでしょうか。

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着物をひたすら解体したり、洗えるか実験したり、パターンも試行錯誤していましたね。その一方で、ブランドを知ってもらうにはどうしたらいいんだろう?と悩んでいました。

私が生産管理を始めたばかりの頃は、ブランドの認知獲得は雑誌や展示会で取り上げられるのが主流で、SNSも当時はFacebookがメイン。ブランドを立ち上げるぞと決意はしたものの自分が作ったものを、全く知らない第三者に伝える手段を持っていなかったんです。認知される手段がないうちはブランドを始めることはできないなと思って、まず決めたのが「この1年で友達をいっぱい作ろう!」ってことです。

アナグラム

と、友達を作る?なぜでしょう?

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いつかブランドをはじめますって言った時に「頑張ってね!」と応援してくれる人たちがたくさんいるのが理想だなと思って。それからアパレル以外のことを何も知らず知見も広げたかったので、Twitterを通していろんな業界の人に会うことをスタートしました。投稿を見て気になる人には自分から声をかけて、その時にジゲンさんにも初めてDMしました。

アナグラム

Marketeerにも出ていただいたジゲンさんですね。マーケティングの勉強をする中でジゲンさんのTwitterアカウントを見つけたんですか?

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そうです。最初はとにかくマーケティング関連の記事を片っ端から読んでたんですけど、ブランド立ち上げ準備をする中でもっと効率よく情報収集できないか?と思って。

それでジゲンさんに始まり、日々マーケティングの情報発信をしている方をマークして「この人たちはどんな記事を見ているんだろう?」という視点で追いかけるようになりました。「あの人だったらこのニュース気になるだろうな」「この記事にはどう感じるんだろう?」と思考をトレースできるようにしたかったので、お会いした時に答え合わせをしていましたね。

アナグラム

自分からDMをするのってなかなか勇気が出ないですが、座波さんすごい…!

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目的を達成するために、疑問や課題をすべて解消したかったんです。ジゲンさんにお会いした時、「アパレルしかやってこなかったので、ブランド立ち上げ前にマーケティングも経験した方が良いですか?」とずっと気になっていたことを相談しました。すると「せっかく作れるんだから、作り続けたほうがいい」と言っていただいて。その他にも「フォーカスという本を読むこと」「本名でTwitterをやること」など、たくさんのアドバイスをいただきました。

アドバイスの通りTwitterアカウントを本名にして「座波ケニア=生産管理」という軸で発信をし始めたら、取材依頼や講演依頼をいただくようになりました。そこからフォロワーが増えはじめましたね。

アナグラム

座波さんのTwitterの伸びはすごいですよね。ちなみにインスタグラムはやらなかったんですか?

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インスタグラムもやりましたがどうも苦手で…。それに、私は「今日ご飯いこう」って言った時に「いいよ」って言ってくれる仲間がほしかったから、より日常に近いTwitterの方が向いてたのかもしれないですね。

ブランドを始めた時に自分の発信が服に興味がある人たちに届くよう、気に入ったコーディネート写真の投稿もしていました。派手な服とシンプルな服を2パターン投稿して、どっちが反響があるかABテストしたんですけど、派手な服の方がリアクションは多いんですよね。だからって買ってくれるとは限らない。「いいね」と思ったものを、実際に日常で着るという動線を私が作ろうと思いました。

わずか数分で完売!でもブランドとして本当にそれでいいんだっけ?

アナグラム

Twitterで発信して応援者を増やして…いよいよブランドをリリースしたわけですね。

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はい。ずっと準備しててもしょうがないので、腹をくくって2019年6月に「座波ファッションブランドをつくります。」ってnoteを書きました。そしたらいろんな人がシェアしてくれて、なんと1時間で5万PV。Twitterのトレンドにも入りました。たくさんの方が応援してくれたことが本当に嬉しかったです。そこから急ピッチで準備を進めて、2019年10月に販売開始しました。

アナグラム

第1弾のときリアルタイムで見ていました。Twitterの告知だけでいきなり完売していましたね!それもたったの数時間で。

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びっくりしました。1着3万円、試着無くオンラインで見るだけで果たしてどれくらいの人が買ってくれるか分からなかったので、最初は少ない販売数でテストしようと思ったんです。プライシングも最後まで悩みました。ゆくゆくは外注して量産することを考えたら外注コストも考えないといけない。でもやってみないと策を打てないと思って、かなり不安を抱いた中でスタートしたんです。

そしたら最初は4時間で売れて、販売を重ねるごとに1時間、30分、5分と完売までの時間が短くなっていき、直近の第5弾は1分で売り切れました。

アナグラム

1分!購入する方が販売開始前からサイト上で待機していますね…!座波さんとしてはどんな施策が効いたと思いますか?

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うーん…。想定していたより需要があったのは本当にありがたいんですけど、今は単純に販売数が少ないから売れているだけだと思います。

第2弾販売時に数人のお客様から「説明文を読んでる途中で売り切れちゃったんですけど!」「事前に柄を見せてくれませんか?」とリクエストをいただき、第3段からは販売前に柄をTwitterで公開するようにしました。

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事前に柄がわかると「手持ちの服と合うかな?」と選ぶのが楽しくて、だからこそ売れるスピードが速くなっていったのも要因の一つかなと。連動して「急がないと買えないんだ」というイメージがついてしまったので、買えなかった方がkeniamariliaのTwitterアカウントをフォローしてくださって、最新情報をチェックいただけるようになったのも大きいですね。

でも、それはブランドとして本来目指してる姿ではなくて。ほしい人が本当に気に入る服を、急がずにじっくり選べるようにしたいんです。服が届いてから「思ってたのとちがった」というのが1番良くないので…。

アナグラム

すると、ボトルネックは生産量になりますよね。第5段までは座波さんのマンパワーで生産されていたから1回あたりの販売数に限りがあった。生産量をもっと増やしていく見立ては?

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はい。1人だと生産できる数に限界があるので、今は工場に任せられるよう準備中です。Tシャツだったら1000枚同じように裁断すればいいけど、着物は1着1着デザインも柄も違って機械的に処理できないので、工場のコストが結構かかってしまうんですよ。そういうことも生産管理で学んできたので、想定内。それも含めてテストマーケティングで5回販売して来たので、体制は問題なく進められそうです。

着物をもっと日常に。文化存続のために新たな需要を作る


※この日座波さんが履いているのはkeniamariliaのスカート
 

アナグラム

着物を使った服ってずっしりと重たいイメージがあったんですけど、今日実際にkeniamariliaのスカートを触って「こんなに生地が軽いのか!」とびっくりしました。

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そうなんですー!意外と軽やかなんです。着物を使ったブランドは今までもたくさんありましたが、日常生活に落とし込めている服が少なかったんですよね。一部の原宿系の人たちは着るけど、自分の持ってるお洋服と合わせられない人がほとんど。そういう「突飛なもの」というイメージを払拭しようと思いました。

keniamariliaはファッションのカテゴリを変えずに、いかに着物を日常に落とし込めるかを重視しているので、初めて実物を手に取った方から「パッと見て着物だとわからないのがいいね」と声をいただけたのは嬉しかったです。

アナグラム

パーカーやライダースジャケットに合わせられる着物、素敵ですね…!座波さんがブランドを作っていく上で、他に大切にしていることってありますか?

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「誤解されないこと」に気をつけています。

私はブラジルで生まれて幼少期に日本に来たんですけど、外国人が着物のブランドをやってるって、イロモノに見られがちじゃないですか。

だけど私は本当に日本の文化や民族衣装が好きで、歴史的背景や今の生産状況を知った上でブランドをやる覚悟があるので「よく知らずにノリで始めたわけじゃないよ」っていうのは伝えたいですね。そのためにもTwitterでは伝統着や着物の情報を積極的に発信したり…。他国の文化を扱っているからこそ、そこは強く意識しています。

アナグラム

逆に「絶対やらない」と決めていることはありますか?

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フォーカスから外さないことですね。

はじめは「カバンも靴も、着物を使っていろんなものを作りたい」「もし着物が売れなかったら無地の服を作ろうかな」とも考えていましたが、ジゲンさんに薦められたフォーカスという本を読んで「軸を1つに絞ろう」と決意しました。

今販売しているスカートやシャツにたどり着くまでに、ものすごい型数を考えましたね。生産が継続できて私以外の人でも同じものが作れるか?ということを重視しています。

アナグラム

「これからブランドを作りたい」って人はたくさんいますよね。そういう方に向けて座波さんならどんなアドバイスをしますか?

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まさに、TwitterのDMでいっぱい相談来ますね!

私はまず、目的を聞きます。コンセプトがあれば、金額もターゲットも素材も色も全部逆算して決めることができるし、「このブランドといえばこれだ」という軸が通っていれば認知もされやすいので。逆になんのためにやってるのかわからないブランドだと、絶対途中で迷子になります。ブランドはデザイナーが折れたら終わりです。だからまず「どうしてやりたいの?」って聞きますね。

アナグラム

keniamariliaはコンセプトがしっかりしているからこそ、認知されていますもんね。では、「良いものを作ってるのに全然売れない」という方に向けてアドバイスするなら?

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うーん、ともかく認知を取っていくしかないですね。あえて伝えるとすれば「広告でブランドは作れない」というのはずっと思っています。私自身も周りから「広告やらないんですか?」って言われるし将来は絶対必要になるんですけど、今は文化を知ってもらう時期で、まだ私のブランドは広告が必要なフェーズじゃないと思うんです。

ブランドの世界観を知らない人にいきなり3万円のスカートを見せても、その人が持っている過去の経験から大量生産の3千円のスカートと単純比較しないといけないじゃないですか。

だから、まずはオーガニックでブランドストーリーを知ってもらう工夫が必要です。もちろん、媒体・チャネルは人やブランドの見せたい世界観によって向き不向きがあるので、Twitterにこだわらずインスタグラムでもブログでも何でもいいんですけど。自分の言葉で発信する場所が必要ですね。

アナグラム

届けたい人に世界観が届くよう、諦めずに熱量もってやりきる覚悟ですね。最後に、座波さんのゴールを教えていただけますか?

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keniamariliaという1ブランドの成功ではなく「文化を存続させること」を目指しています。私にとってはそれが着物です。

着物を着る人が減れば、生産者も減ってしまう。だけど技術は残したい…。現代社会で着物を着る機会がもっと増えれば良いですが、オフィスや満員電車に着物を着ていくのはなかなか難しいですよね。

でも日本では夏になれば浴衣を着て、成人式では振袖を着て…。実は、他国よりも民族衣装に触れる機会が多く、みんな自国の文化を愛してるはずなんです。だからこそ着物をそのまま着る以外の、日常の延長線上に新しいスタンダードを作ろうと決意した。

私が今日まで日本で育ってきたからこそ作れるブランド。時代によって姿形は変わっても、着物という文化そのものを残したいと願っています。

アナグラム

すごい…。文化の存続のために新たな需要を作るのが座波さんのテーマなんですね。

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はい。将来的には「keniamariliaのスカートになる反物を今織っています」という生産者の方がいてくれたら最高ですね。だからもっとたくさんの人に着てもらえるように、ブランドを育てていかなければなりません。

…というわけで、第2回、第3回のマーケティア取材も待ってます!(笑)

アナグラム

シリーズ化ですね(笑)座波さん、ありがとうございました!

アナグラム編集後記

「描いた理想を実現するために、必要なことは何か?」と常に逆算して準備をしてきたからこそ、keniamariliaは販売開始半年足らずでここまで人気を集めているんだと感じました。

私自身もTwitterを通して座波さんに出会いましたが、「会いたい人には自分から会いたいってどんどん言っていいんだよ!」と背中を押していただき、この1年で本当に世界が広がりました。
熱意と行動力に溢れる座波さんの魅力が、読んだ方に少しでも伝わっていれば嬉しいです。

ちなみにジゲンさんがこちらのMarketeerインタビュー記事で着ている服は、keniamariliaのメンズ着物シャツです!
https://marketeer.jp/jigen_1_fifth/

今後はさらに販売数を増やしていくそうなので、ぜひkeniamariliaをチェックしてみてくださいね。

文:砂川恵里佳
編集:高梨和歌子
写真:高梨和歌子