辻正浩氏が語る、SEOに携わる者の責務と未来

  • 関東

「日本国内におけるSEOの第一人者は?」

と聞かれ、真っ先に頭に思い浮かぶのはきっと辻正浩さん(@tsuj)ではないでしょうか。ウォッチしている検索キーワードの数はなんと30万超。日本の月間検索数はほぼ100億前後と推測され、そのうち、5億回は辻さんのお客様のサイトがヒットするそうです。

日本の検索の約5%に関与しているSEOの専門家・辻さんに、SEOに携わる人々のこれからについて、お話を伺いました。

検索の番人に「ChatGPT」はどう映る?

アナグラム

日本では2022年末よりAIチャットボット「ChatGPT」に注目が集まり、SEO領域においてもますます “AIの活用” が議論されるようになりました。「ChatGPTはGoogleの脅威になる」といった意見も見受けられますが、辻さんはどのように捉えていらっしゃいますか?

tsuji

「ChatGPTがGoogle検索に置き換わるかどうか」でいうと、そうはならないだろうと思っています。Googleより部分的にいい検索サービスなんて過去にもたくさんあったんですよ。でも結局誰も使わなかった。ほとんどのサービスは消えてなくなりました。

この20年間、人々の検索行動はほとんど変わっていません。検索窓に文字を入力し、Enterを押して、その下に表示される情報を見る。それ以外のことはなかなかやってくれないんです。SiriやAlexaだってあれだけ便利なのに、「時間を聞く」「天気を聞く」「音楽を再生する」以外にはほぼ使われていないという結果が出ています。

もちろんなかには「Google検索ではなくChatGPTで調べたほうがいい」キーワードもあるでしょう。ですが、その使い分けができる人は世の中に1%程度しかいないのではないでしょうか。一部の人が使うだけでは、大きなムーブメントにはなりません。

なにより、ChatGPTはWebサイトのトラフィックにつながらない、つまりWebサイト運営会社に利益をもたらさないので、企業として「活用しよう」という判断に至りません。エコシステムが成り立っていないんです。こういった観点から見ても、Google検索の代替手段にはならないでしょうね。

アナグラム

エコシステムが成り立っていないというご指摘、本当におっしゃる通りですね。継続的に広がる可能性は低いように感じました。

tsuji

もちろん、ごく一部の検索結果では「チャットボットで検索」が便利になるでしょう。

今後、多くのURLを見ても明確な解決にならない検索がAI生成コンテンツに置き換わる動きは発生すると思いますが、しかしそれはごく一部のはずです。企業のWebマーケティングや情報発信に影響するのはわずかな範囲になるだろうと思っています。

ChatGPTを始めとする「AIのコンテンツ自動生成」はさまざまな形で私たちの生活へ影響を与えてくると思いますが、検索への影響としては、向き合い方を変えるようなことにはならないと考えます。

「AI生成コンテンツ」は是か非か

アナグラム

「AIで “SEO” コンテンツを生成しよう」といった動きも見受けられますが、こちらについてはどう思われますか?

tsuji

誤った医療情報やフェイクニュースが問題視されて以来、Googleは低品質コンテンツにずっと対処し続けてきました。もう10年も戦っているので、AIで大量生成されたコンテンツなんてまず検索にあがらないでしょうね。現に英語圏では以前よりAIによるスパムサイトが生まれていますが、検索結果には影響していません。

確実に言えるのは、Googleがますます厳しくなることくらいでしょうか。誰が発信している情報なのか、信頼性や権威性を重視すること。「しっかり読まれているか」といったユーザーからの評価を参考にすること。この2つがさらに強くアルゴリズムへ反映されていくのだろうと思います。

アナグラム

大量生成コンテンツが増えれば増えるほど、通常のコンテンツSEOもますます難易度が上がると言えそうですね……。

tsuji

ただし、AIの脅威は “急激に進化するところ” です。「AI生成コンテンツは人間が作ったコンテンツに劣る」と現段階で評価してもまるで意味はありません。生まれてまもない赤ちゃんに「歩けないからダメだ」と言っているようなものです。

数年後、目覚ましい進化を遂げたAIが人間の代わりにコンテンツを作るのでなく、人間には作れないコンテンツを生み出せるようになれば、話は変わります。たとえば、高校野球の50年分のデータから今後を予測するとか、日本書紀全文を一言一句インプットしたうえで、他の文学作品との共通点を考察するとか。本当に価値あるコンテンツなのであれば、それは検索エンジンからもまっとうに評価されるべきでしょう。

アナグラム

なるほど。大量生成の手段ではなく、人間にはできないことを実現する手段として、AIの活用を考えていくべきですね。

Googleへの非難と応援

アナグラム

冒頭のお話から “Google検索” が強く生活になじんでいることを痛感しましたが、辻さんは一貫して「Google一強であること」に警鐘を鳴らしていらっしゃいますよね。

tsuji

はい。やはり一定の分散がないと恐ろしいと感じます。2010年以前、Googleで順位が落ちたとしてもせいぜいトラフィックは2割減でした。しかし現在は8割減程度のインパクトがあります。こうした状況は健全だと思いません。

それにいまって、Googleの方向性次第でインターネット上のコンテンツが変わってしまうんですよ。日本のインターネット文化が破壊されてしまうんです。たとえば、かつてはブログの1ジャンルだった「闘病記」はここ数年で激減しました。これは病気系のキーワードだと検索にあがらなくなり、誰からも読まれなくなってしまったからです。闘病記を書くという行為は、闘病者にとっては自分の人生に意味付けすることであり、癒やしでもあったはずです。なのにGoogle一強であることにより消えてしまいました。これはやはり問題だと思います。

tsuji

しかし残念ながら、現在日本においてGoogleほど健康に配慮された安全な検索エンジンは他にありません。自分の家族に使わせてもいいと思える検索エンジンが、Googleしかないんです。そのため私は新しく安全な検索エンジンの登場に期待しながらも、第三者としてGoogleをしっかり監視し、問題があればきちんと指摘しなければならないと考えています。

検索は、あまりにも影響が大きくなり過ぎた

アナグラム

辻さんの言葉からは、SEOに対する強い使命感を感じます。その使命感はいつごろから生まれたのでしょうか?

tsuji

やはり2016年のWELQ騒動(※)からですね。

※WELQ騒動に関連する辻さんのブログ:WELQ退場から半年。事件は医療・健康系検索結果をどう変えたか?

tsuji

この騒動を機に、医師会やジャーナリスト団体が主催する「検索に関する勉強会」に講師として呼ばれる機会がとても増えました。そのとき、「検索エンジンにあがっている誤った情報を患者が信じ込んでしまい、こんなに大変なことが起きている」と、苦しんでいる当事者を目の当たりにしたんです。まるで私がGoogleの中の人間かのように非難を浴びたこともありました。

tsuji

私はもともと、Webマーケティングの手段としてSEOに取り組んでいた普通の人間です。ですがこうした経験を経て、「検索ってこんなに責任のあるものなんだ」「どうにかしないといけない」と強く思うようになりました。

さらにコロナ禍では、「このままではデマを信じる人が増えてしまう。正しい情報をきちんと出さなければならない」という使命感をもったお客様と、適切な情報がすぐにインデックスされて届くように取り組んだりもしました。「日本人を守るためにやっぱりSEOは必要なんだ」「生半可な気持ちでは関われないな」と改めて感じています。

アナグラム

SEOに携わる姿勢が問われるエピソードですね……! 検索が社会に与える影響の大きさ、まざまざと感じました。

将来「コンテンツSEO」はなくなる

アナグラム

長年SEOに携わってきた辻さんから見て、SEO従事者の未来はどうなっていくと思われますか?

tsuji

コンテンツSEOを支援する会社は、間違いなく減っていくだろうと思っています。

月予算10〜20万円の中小企業に対して手離れよくSEOを支援しようとすると、ツールを提供するか、安価に記事を制作するしかありません。ツールベンダーは価値のあるものを提供していることが多いように感じますが、問題は、記事制作系の会社です。

もちろん、安価でも全力でいいコンテンツを作っている会社はあります。しかし実態は、クラウドソーシングを活用して1文字0.5円で作った記事をそのまま1文字20円の記事として納品する、40倍の錬金術をおこなうような会社がほとんどです。こんなひどい会社は必ず淘汰されていくでしょう。

tsuji

それに、現在は検索キーワードを意図して盛り込まなくても、ニーズがある良いコンテンツであれば多く検索されるようになりました。SEOを意識しなくても多く検索されるコンテンツになることは、この数年でどんどん増えていますし、その動きは加速を続けています。

ですからキーワードの調整などに専念した “いわゆるSEO記事” を作っている方は、SEO目的ではない“価値あるコンテンツ” を作れる人になるか、あるいはテクニカルSEOに進むか、いち早くキャリアチェンジする必要があると思いますよ。

アナグラム

コンテンツSEOがなくなる理由、よくわかりました。……それにしても、テクニカルSEOに強い人ってなかなかいませんよね。

tsuji

はい。テクニカルSEOをサポートできる人は本当に少ないと思います。「コンテンツでなんでも解決しよう」とする人が多すぎますね。

テクニカルSEOは、静的なサイトやWordPressなど一般的なCMSでの運用でしたらほぼ不要ですが、Webサービスや大規模なEC、ある程度の規模で海外向けサイトを作る場合などでは今も欠かせません。

しかし日本でSEOに関わる人の大半は、昔は人工リンク、今はコンテンツSEOに集中していて、テクニカルSEOは需要に供給が追いついていない状態がずっと続いています。

Web技術の進化に検索エンジンが追いつけずうまく検索されない状態は検索エンジン誕生以来ずっと続いていることですし、今後も続くでしょう。テクニカルSEOのニーズはまだまだ減らないはずです。なので本当に検索が好きで覚悟のある方は、テクニカルの道で頑張ってほしいなと思うところです。

アナグラム

なるほど。SEOに携わる人たちがこれからどのようなスキルを磨くべきか、とてもクリアになりました。

「検索ニーズがどうこう」の前に

アナグラム

最後に、SEOに携わるみなさんへぜひメッセージをお願いいたします!

tsuji

10年前からずっと言い続けていることではありますが、「検索ボリュームがどうこうとか検索ニーズがどうこうの前に、まず自社の価値を把握しないとダメですよ」と強く伝えたいですね。

企業のサービスである以上、「提供する価値がゼロ」なんてことはないはずです。SEOのスタートは、その価値を探している人にきちんと情報が届くようにすることですよ。自分たちの価値はどこでどのように探されるか、どうすれば価値が伝わるかを十分に考えることから始めてください。

アナグラム

ハッとするメッセージの数々、ありがとうございます! 誠実にSEOに向き合っていかなければならないな、と改めて感じた時間になりました。

アナグラム編集後記

「世の中には、インターネットの健全性を守ろうと必死に戦っている人たちが存在します。私は、そういう人たちにもっと日が当たるべきだと思います」

取材中こうお話しされていましたが、間違いなく辻さんご自身も必死で戦っているお一人だと感じました。SEOに携わる時間が長くなればなるほど、仲間の声を聞けば聞くほど、その使命感はより強く、ごうごうと燃えているようでした。

仕事である以上、SEOで収益を上げることはもちろん大切です。しかしながら、インフラとも呼べる場所でどう振る舞うべきか、SEO従事者は問われているのではないでしょうか。

当記事が、みなさんにとって一つ考えるきっかけとなっていれば幸いです。

取材:田中広樹/賀来重宏/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏