複数の事業を手掛ける事業家として活躍される田村浩二さんの”経営者”としての素顔に迫った前回の記事。記事のボリュームとしてはかなり読み応えのある量だったにもかかわらず、実は文字数の関係で泣く泣く削らざるを得なかった素敵なお話がたくさんありました。今回は、前回の記事に載せることができなかったスピンオフ版。Mr. CHEESECAKEに隠されている想いから、Mr. CHEESECAKEを支えるチームの作り方まで、田村さんの基盤にある料理人としての経験を踏まえてお話を伺いました。
「折れない心」の根源
キッチンに入って一番に目につく「痩せろ」の張り紙。Mr. CHEESECAKEが掲げるミッションのようなものなのでしょうか?
※このインタビューはMr. CHEESECAKEのキッチンで行われました
ミッションというか…心構えみたいなものですね。
「痩せる」というのは今までの習慣を変えることに近いじゃないですか。そして、習慣を変えることはメンタルを変えることにも繋がり、結果として身の回りの色んなことが変わると思っています。
スタッフみんな食べることが好きなので気を付けようという意味もあるのですが、体的に痩せろというよりは、痩せるためにどうしたら良いか考えることを習慣化してほしいから常に目に入るところに貼っているんですよ。
世間一般的に見ると痩せたいけど運動が嫌いで痩せることができていない人とか、途中でダイエットを挫折してしまう人が多いように、田村さんのような「折れない心」を持っている人はあまり多くはないのではと思っています。
田村さんの物事に向き合う姿勢の根底にある「折れない心」は、どのように形成されたのでしょうか?
なんでですかね…。
高校時代に一度、野球を諦めているのでそれが自分の中での引け目というか…続けておけば良かったなみたいな部分がどこかにあるんだと思います。
高校3年生最後の夏の大会で負ける瞬間に、あの時もっとやっておけばよかったなというのあるじゃないですか。そういう記憶って大人になった今でも結構鮮明に残ってますね。
高校3年生の夏だと取り返しがつかないので、確かに絶望的ですよね。
やろうと思えば出来たのに、自分自身の意識が足りないからやれなかったという感覚って結構しんどいんですよね。自分がやればやった分だけ成果が返ってくるはずなんです。そして事実、やりきって残った人が試合でも勝っているはずなんです。
自分で分かっているのにやらないというのは、ぼくの中では「怠慢」なんです。やるしかないというが明確であればやりきる以外の選択肢はないですね。
もう、高校3年生の夏の時のように「あの時もっとやっておけばよかった」という思いをしたくないというただそれだけです。
なんという、ストイックさ…。
料理以外の道もあるのではないかという考えがよぎる可能性もあった中で、料理の道を突き進み続けられたのは野球で一度諦めたという経験があったからなんですね。
過去に野球を諦めてしまったから料理の道を諦めたくなかったというわけではないです。単純に料理は好きだから続けてきました。
為末大さん著の「諦める力 〈勝てないのは努力が足りないからじゃない〉」に自分に向いていると思ったら続ければいいし、逆に向いてないと思ったら辞めればいいという記述があるんですが、その部分にすごく共感したんです。
ぼくの場合、料理は好きなんですけど食べることが好きというよりは作ることが好きなので、本当に楽しいことをやり続けていた結果として今があるという感じですね。
なるほど、そういうことだったのですね!少しずつ”料理人”としての田村さんを理解できたような気がします。
シェフとしてレストランで自己表現をするというよりは、「食」を通してできる「何か」を考える方がぼくの能力は発揮されると考えていますね。
日々感じる小さな違和感の考えられるチームは強くなる
皆さんが作業されているのを拝見すると、現在の作業工程も当初から少しずつ変化を加えながら今のカタチに行きついているのですか?
そうです。1番最初にMr. CHEESECAKEをスタートさせた時点のシステムはぼくが考えました。ただ、今はぼく1人でチーズケーキを作っていた時とはまったく違いますね。
今のシステムは、初期スタッフ5人でここはもっとこうしたほうがいいよねと話合い、組み直したものです。システムの仕組み上動かすことの出来ないチーズケーキをオーブンで焼く45分間の時間の中で、どこまで次の準備をするかなどスタッフ自身で考えて動いてもらっています。
何度も試行錯誤して今のカタチに至っているのですね!
それにしてもスタッフの方が主体的に動くチームというか組織が素晴らしいですね。
ありがとうございます!ぼくも毎日キッチンに来れるわけではないですが、来た時には現行の作業の改善や見直しをしています。
人間という生き物の性質なのかもしれないですけど、型にはまると型から抜け出すのが億劫になってしまうんです。日々の作業における時間のロスも1日2分ぐらいであれば、このままでいいやと普通なら思ってしまうじゃないですか。
だから、定期的にぼくがキッチンにきて新陳代謝を促すことが大事で、目をつぶってしまいがちな些細な時間のロスだったりは普段キッチンにいないぼくだからこそわかると思っています。
ちょうどこの前、ぼくが久しぶりに作業に加わってみんなでチーズケーキをクッキングシートで包む作業をやったんですが、その時、クッキングシートの端が指にひっかかる感覚に気づいたんです。
原因はクッキングシートを包むサイズに切り分ける時の切り口だったんですけど、これがあるとチーズケーキを巻く時に切った部分が包む時にたわむんですよ。
指にひっかかかる違和感がなければ、包む一瞬の「ん?」と思う時間が例え0.何秒でも減らせるんです。それくらいと思うかもしれませんが、ぼくたちは1日に数百個とチーズケーキを包む作業があるのでざっと計算しても数分は短縮できる計算になるんです。
日々感じる小さな違和感って大事ですよね。
そうなんです。気づかない人はずっと気づかないし、気づいてもまあいっかと思う人が大多数だと思っています。
その中での小さな違いや、作業をしていて一瞬でも「ん?」と思うことを自分たちで認識し、その違和感が何なのかという原因を考えて欲しいと思っています。そして、その違和感は改善したほうが良いものなのか否かを考える訓練がすごい大事なのかなと。
大事ですね。
小さな違和感を見逃していくとどんどん劣化するというか、状況は悪くなるじゃないですか。組織においても常に小さな違和感をどれだけ拾えるのかということは課題ですよね。
そうですね!だからこそ、違和感を感じてもっとこうしたほうがいんじゃない?というディスカッションができるチームはめちゃくちゃ強いんです。
日々の仕事になった瞬間に違和感があってもまあいっか、と慣れてしまうのが人間の心理なのだとぼくは思っています。だから、ぼくはスタッフのみんなに「仕事をしながらこうした方がいいよなって思っているけど、できてないことってなに?」と意識的に聞くようにしています。
目の前の作業が忙しくて言えなかった事も1つ1つ拾って改善をしていくと、結果的にみんなのためにもなるし、作業も楽になるよねっていう成功体験を与えたいんです。
素敵なチームの裏には、そのような田村さんのマネジメントがあったんですね。
組織作りやチームマネジメントに日々悩まれている方も多いのでとても参考になるヒントではと思いました。
課題は仕組みで解決
1つ1つ改善するとは言っていますが、実はあえて目をつぶらないといけないところもあるんですよ。
詳しくお伺いできますか?
ぼくは常に、どちらを選択すれば効果が最大化出来るかということを考えて選択するようにしています。特段特別なことではないと思っていますし、そう言われてみればそうですよねって皆さん思うと思います。
しかし、人はそういう1つ1つの小さな選択の積み重ねでしか学べないとぼくは思っています。
具体的に普段の業務でのスタッフさんへの声がけで田村さんが意識されていることはありますか?
今の課題に仕組みでどう解決するかということを話しますね。
ミスが起きても「何でミスしてんだよ」と怒るだけではなく「こういう理由でミスが起きているから、こういう改善をしよう」というのを初期メンバー5人の時からずっと言い続けています。だから、初期メンバーみんながそういう意識をもっているんじゃないかなとぼくは思っているんですけどね(笑)
怒鳴ったからといって、だれも幸せにはならないですもんね。
ほんとおっしゃる通りで、課題には仕組みで解決するとかぼくの考えていることをメンバーにどれだけ伝えられるかもすごく大事だと思っているんです。
最近ちょうどツイートしたんですけど、届けるまでの仕組みづくりも美味しさに直結するんですよ。
『おいしい』とは、素材やレシピも大事だけど、実際に作る人の作業のし易さや、製造から配送までのオペレーション、お客様に届くまでのルートの確保、お客様が食べる時の体験、食べた後の変化。までを含めて考える必要があるなぁとしみじみ感じるこの半年。
年々『おいしい』への価値観が変わる。 pic.twitter.com/EJYIGsCoFA
— タムさん🧀(Koji Tamura )Food Expander (@Tam30929) September 5, 2019
製造メンバーは食べた人からのtweetをはじめとするSNSなどへの投稿によるクチコミを代表とするアウトプットで本当に美味しかったのかどうかを判断するんですが、実は「美味しい」とは食べておいしいだけではないんです。
作ってからどのように保管して、どのルートを使って届けて、届いた人がどういういう風に食べて、その時にどういう風に感じるかまでがセットになって初めて「美味しい」が出来上がるとぼくは思っているんです。
商品に付随するストーリー部分ということですか?
ストーリーももちろんなんですが、単純に嫌々作業するよりも健康的に楽しく作業できる方が商品も絶対美味しいものができるんですよ。
つまり、労働環境も美味しさに繋がるからこそ、ぼくだけではなく商品に携わるメンバー皆が自発的にどうしたらより良くなるのかを考えるのがすごく大事なんです。
そうすることで、みんなで考える文化になるので、仮に新しいメンバーが入ったときも自発的に考えてくれるようになるんですよね。業務では誰かが一瞬無理をして頑張ったら出来ちゃうことって多いと思うんですが、一人が一瞬頑張ってもどうにかならないフェーズが絶対にくるのもまた事実だと思っているんです。
ぼくが1人で24時間働いたとしても、5人が8時間働く労働には敵わないし、
1人の無力さを早めに知ることも結構大事なんじゃないかな。
そうですね。
「個」は大事なんですけど、一人の努力だけでやろうと限界値が必ず出てきますよね。
ぼくが今やっていることは全て未体験ゾーンなんです。どうしたらいいですかって言われてもぼくは1日で十数回もチーズケーキを焼いたことがないのでわからない(笑)
むしろ、メンバーの方がわかってるんだから自分たちで考えて仕組みをつくった方が絶対いいんですよね。
現場に「任せる」ってすごく大事なことですよね。ただ、一つ気になるのは今のMr. CHEESECAKEの初期のフェーズで生命線でもある主力商品を現場の方々に任せきるということは、究極的な事じゃないですか。
その生命線ともいえる部分を任せきれた理由って、それまでの経験やシェフをしていた時に個で頑張っていた経験があったからなんですかね?
それもありますけど、自分の作った仕組みがほぼぶれないなという確信があったからですね。
あとは最初のメンバーがある程度の経験値があって、ぼくの直感的に出来そうだなと思ったのでどうせ任せるなら最初から任せて、彼女たちに自分たちがやらないといけないんだと思ってもらったほうが早いなと思ったという背景もあります。
全体感を見て経験をしていないと気づかない部分は、ぼくがたまにアドバイスする場面もありますけど、あまりにも違う場合を除いて、全ての答えを与えないようにしています。
いいですね、とても素敵です!
ただ、本当はそういう課題は自分たちでやっていく中で気づかないといけないことだと思っています。
今までは、1日に数回チーズケーキが焼ければ万々歳だったんですけど、現在は十数回まで焼けるようになっているんです。なぜ、従来の倍の回数まで焼けるようになったのかというとスタッフの作業効率が上がったことはもちろん、システムが構築できたからなんです。
今の環境の全てがぼくも経験したことのないものなんです。だから、ぼくを含めて製造スタッフたち一人ひとりが考えて動かないといけない。そういう意味では、みんなちゃんと考えてやってくれているから大変助かっています。
ぼくはチーズケーキで人生が変わった
こういった環境下で働くと、仮に現在のメンバーが独立したり、別の仕事をしたとしてもMr. CHEESECAKEのアイデンティティーが残っていきそうですね。
仕組みの作り方が分かれば、商品やサービスをどんな人にむけてどのような商品を作ればいいのかが明確になります。そして、どういうコミニケーションをとればどのような結果になるのかもおのずとわかってくるので、その人の感性で仕組みを回していくことができるようになるんです。つまりその人しかできないものを作ること、それをぼくはブランディングだと思っています。
スタッフたちがMr. CHEESECAKEをきっかけに独立しても嫌だなとか全然思わなくて、むしろ彼女たちなりの新しい人生を歩んでもらって、取材されたりメディアなどで世に出てくる人が出てくることを考えたらめっちゃ楽しいなと思ってます。
ぼく、ひいてはMr. CHEESECAKEに関わってくれたスタッフ一人ひとりが何かを得てそれぞれが活躍している姿が理想だし、それを想像すると今からたくさんの楽しみがあるんです!
イイハナシダナァ。
だからもう彼女たちはMr. CHEESECAKEのスタッフというだけではなくて家族のようなものなんです。結婚式とか呼ばれたらぼくは来賓の誰よりも泣くと思いますね(笑)
そういえば、田村さんご自身も少し前にご結婚されてましたよね。
そうです。そういった面ではぼく自身もMr. CHEESECAKEがきっかけで人生に変化がありましたね。
奥さんに出会ったのが去年(2018年)なんですけど彼女はBASEでMr. CHEESECAKEを始める前、インスタグラムのDMで直接やりとりしていた時のお客さんです。
えー!何ですか、そのドラマのような展開は!
Mr. CHEESECAKEを買ってくれた後に彼女がインスタグラムに投稿してくれたんですけど、インスタグラムって投稿したポストを編集するとメンションがついてる相手に何回も編集したという通知が来るんですよ。それで、何かこの人(現在の奥様)何回も編集してるなという印象が残っていたんです。
その後、ぼくがMr. CHEESECAKEを本格的に事業化したいからフォトグラファーやライターさんを探していますって言うのをストーリーにあげたんです。そしたら、元々PRの仕事をしてた奥さんから何人か紹介のつてがあるので1回相談乗りますよみたいな連絡が来て初めて会ったんです。そしたら、打ち合わせ時にぼくよりもめっちゃすごい熱量で奥さんがMr. CHEESECAKEの話をするんですよ(笑)
その後、話の流れでたまたまお互い6月の後半の同時期にパリに行くのが決まっていたことが判明したんです。お互い別々の仕事の予定はあったんですけど、パリでお茶でもできたらいいですねみたいな話をしてたんです。結婚後にそのころの話をしていたら、お互い結婚するならこの人だなって思ってたらしくて…。
本当にドラマだった…。まさに運命的な出会いですね。
奥さまとは料理の話をされたりするんですか?
そうですね、なんでこの料理がおいしいのかという説明はしたりします。
「美味しい」の説明ですか…?
食べた時に「美味しい!」っていうのあるじゃないですか。その時自分で「なんで美味しいと思ったんだろう」と不思議に思ったりしませんか?
奥さんが食べることが好き、ぼくは料理を作るのが好きなのでよく彼女に料理を振舞うんですが、料理の感想が美味しい、から次第になんで美味しいの?と理由を聞かれるようになったので「この素材とこの素材の相性が良くて、これを噛んでいる時にこの香りが来るからおいしいんだよ」とか「この素材が大きく切ってあるから最後まで口に残って料理がこの素材の印象で終わるから全体がまとまるんだよ」という話をすると合点がいくようです。
奥様の好奇心がすごい…。
言われてみると、なんでこの料理を美味しいと感じるんだろう、と理由を考える時ありますよね。表現が難しくて中々説明できないんですが香りや素材の大きさまで美味しさに関わっているのですね…!
田村さんが出版されたチーズケーキの著書の中でも、ちょっと意外な組み合わせで香りが引き立つとか、異なった素材の組み合わせを提案されていましたね。
「美味しい」は説明できる
ぼくは、素材ごとの香り成分をよく調べるんですよ。
例えば、三つ葉。お吸い物だと昔から三つ葉と柚子ってセットじゃないですか。なんでかと言うと、三つ葉はハーブっぽい青香とリモネンって言う柑橘系の香りが入っているので柚子と絶対的に相性が良いという理由がしっかりあるんです。
しかし、昔の人は感覚的にそれを理解していました。そして、その組み合わせが現代まで伝わってきているのでなんとなく一緒にするものとなっていますが、素材の成分を調べると近しい成分があるからこそ相性が良いという理論があるのがわかるんです。
なるほど!言われてみたら、そういう昔からの素材の組み合わせというのはたくさんありますね!
春菊の例も上げてみましょうか。
春菊は、春菊という香りで出来ているのではなく、ウイキョウという野菜や柚子、大葉とかセリみたいな香りが近かったり、印象が異なるものだとアーモンドにも近い香り成分が入ってるんです。
つまり、今あげた食材全てが春菊と合うんですよ。別々の調理をして春菊と一緒に口に入れて整えてあげると春菊の香りがより強くなる組み合わせができるんです。
このように、食材の成分が理解できていればそれぞれの食材に合わせた調理法から、一緒に食べた時に違和感のないような料理を意図的に作ることができます。最後に、温度と濃度はもちろん、素材を切るときのサイズ感や食感を整えます。
すると口に入れた瞬間に素材の味を感じ、次に濃度の濃いソースでその味を感じ、メインの素材を咀嚼してでその味を感じている間に少しづつ中に入っているハーブの香りが広がるから料理の全体がまとまるんです。そして、最後に飲み込んで戻ってくる香りとワインを合わせると…みたいな世界になってくるんですよ。
春菊と相性の良い香り。
ウイキョウ、柚子、大葉、セリ、ディル、アーモンドなどなど。
この組み合わせで昔作ってた料理はこんな感じ。
懐かしい… pic.twitter.com/nOyqhQLTkg
— タムさん🧀(Koji Tamura )Food Expander (@Tam30929) March 27, 2019
これがミシュランですか…。
すみません…あまりにも圧巻すぎて聞き入ってしまい言葉が出ませんでした。
自分の作った商品の価値を最大化するために
個人的にはシェフの方には科学から入るタイプのシェフと、感覚でわかって後で論理建てていくシェフと2通りあると思ってるんですが田村さんはどちらなのでしょうか。
ぼくはどちらかと言うと後者ですね。
ぼく自身は自分のことを感覚派だと思っているのですが、感覚派だとしても感性でやっているから言語化できないというのは違うと思っています。自分がやっていることを説明できないって言うのがぼくはすごい悔しかったんです。
だから、組み合わせて美味しいなと思ったらなんでおいしいのかを徹底的に調べるんです。そうすると、大体答えは出てくるんですよね。
それがフレンチになってくるとただ美味しい理由を調べるだけではなくて、次はその組み合わせをどういう順番で口に入るように配置するかも大事になってくるわけです。
基本的に、右利きの人は右手にナイフ、左手にフォークを持ちますよね。つまり、左から右に食べるので、左から右にかけて味が変わるように盛り付けをするのが理想なんです。
魚料理なら、お皿の左から、魚、ソース、付け合わせを盛り付けるとほとんどの人が一番左に盛り付けている魚から食べるんです。すると、最初は魚の素材を味わって、次に魚とソースで食べ、その次に魚と付け合わせで食べます。そして最後に魚と付け合わせとソースで食べるという流れになると計4回味が変わることになります。
それを知らずに、左側にソースから盛り付けてしまうと最初にソースと魚で食べてしまうので最後に魚だけ食べた時に淡白な味の印象になってしまいます。
料理は科学と言わしめる所以はまさにそういうことなんですね…。
どちらかというと、人間工学ですかね。人間工学を分からずに料理を作ると、料理をどこから食べていいかが分からなくなってしまうだけではなく、ゲストに食べ方を委ねてしまうことになってしまいます。
その結果、本来一緒に食べたらおいしいはずの素材や味が伝わらないだけではなく、意図した味が伝わらないということはシェフとゲストとのコミニケーションが成立していないんです。
ぼくがシェフをしていた時は、コースの15皿の全体のバランスを旬の素材とか甘みとか苦味、酸味などの五味を考慮しながら盛り付けの色まで構成を組んだりしていました。
例えば、ケーキって同じ層が縦に積み重なっているじゃないですか。層の厚さも素材ごとに変えているのは、一口で口に入ったときのバランスが全部同じになるように設計されているからです。縦に重ねることで一緒に口に入る味の設計も必要だし、横に食べ進めていく中で味が変わる設計も必要なんですよ。
Mr. CHEESECAKEが占有する時間と生まれるコミュニケーション
田村さんのこれまでお話いただいた考え方はシェフ時代にどなたから教えていただいたのでしょうか?
教えてもらってないんです。ぼくは自分でやってきた経験や感覚で学んでいました。
例えば、食べている中で変化があった方が食べ手も絶対楽しいじゃないですか。こうしたことも食べ手がどう思うかを軸に考えると、盛り付けとか料理の組み合わせのバランスとかおのずと考える方向に行き着いた感じですね。
シェフの経験から、自分が作りたいものを作るだけじゃ食べ手は満足はしないというのはわかっていました。そのため、Mr. CHEESECAKEを作る時にも皿ごとに変化のない普遍的なチーズケーキでどのように変化を作るかを考えたときに、冷凍→半解凍→全解凍で味が変わるとか、香りを組み合わせて新しいフレーバーを作るとか、シェフ当時の経験が活かされていますね。
制限がある中でも食べ手に楽しみ方の提案や料理の美味しさをひきだすことを考えるってことですね。
そうですね。そもそも、冷たいものは甘みよりも、酸味を感じやすいんです。だから、甘みが苦手な人は冷凍近くで食べたほうが美味しいと感じる。
一方で、甘味が好きな人はなるべく全解凍に近い状態で食べると甘みを感じやすくなり、Mr. CHEESECAKEという1つの商品なんですが食べ手側で好みを決めることができるんです。
何回も楽しめるわけですね!食べ方で味が変わるのを知ったら全パターン試してみたくなりますもんね。
1つの商品にもかかわらず「私は半解凍が良い」とか「私は冷凍に近いほうが良い」などのコミニケーションが生まれてくるのも面白いですよね。
仮に、制作者側から「解凍して食べてください」と言ってしまうと甘さが苦手な人はMr. CHEESECAKEを好きじゃなくなっちゃうんですよ。そういうバッファを商品の中に含んでいるいうのが”実は”Mr. CHEESECAKEの特徴なんですよ。
すごい!すご過ぎて久々に変な汗かきました。
「余白」ってこの世の中でめちゃくちゃ大事だと思ってるんですよ。あえてツッコミどころを残してコミニケーションを生むというのも余白ですよね。
めちゃくちゃ大事ですね。
「私はこれがいい」というように、自分の意見を言えるってとても大事だなと思ってます。だから、「これが最高です」と作った側が言ってしまうと最高に対しての好きか嫌いかの話になってしまうんですよね。
ぼくは、0か100かにしない状態っていうのがすごく大事だなと思っていてMr. CHEESECAKEはそれがたまたまはまったんだと思います。
それって、ご自身が食べて気づいたんですかそれともSNSの口コミで気づかれたんですか?
自分で気づきましたね。そもそも、ぼくがMr. CHEESECAKEは半解凍が好きだなと思ったんです。
先ほども話した通り、冷凍・半解凍・全解凍のどの状態でも好きになってもらえるのがMr. CHEESECAKEの強みなんです。冷凍か全解凍に至る間でにコミニケーションが生まれると同時に「食べる時間」を確保できるんですよ。
時間の確保とは…?
現代において最も無いものは「時間」だとぼくは思っているんですね。誤解を恐れずに言うのであれば冷凍されたケーキのために、全解凍するまでの約1時間の時間を確保するって結構なことだと思うんです。
その1時間をMr. CHEESECAKEが占有し、意識を向けていてくれているという状態がすごく大事であり、大切にしたい時間だと思っているんです。
そして、この大切な時間はMr. CHEESECAKEが届いた瞬間から始まっているので、パッケージはわくわくする、良いものにしようと考えました。だから正直な話、お金はかかるけどしっかりした箱で包装するようにしているのもそのためです。
なんと…!チーズケーキだけではなく、箱にまでこだわって設計されていたのは衝撃です。
初めてMr. CHEESECAKEを購入してこのパッケージが届いた際は、横にスライドさせればいいのか、蓋がついているのかなど正直どこから開けていいかわからなかったです(笑)
そういう遊びもありつつ、一人ひとりの好みにも合い尚且つ、SNSで発信することに価値を見出してくれるようなところがそれぞれガチっとはまったんだと思います。
食べた時にどう感じるのかや、食べた後どう行動するかを含めて商品はデザインをしないといけないなとMr. CHEESECAKEから学びましたね。
一般的なチーズケーキが円形の中で、Mr. CHEESECAKEの形が長方形の理由もそういうところからきてるんですね!
実はMr. CHEESECAKEの場合は、最初からすべてをデザインしていたというわけではないんです。
商品デザインというよりは、単純に食品ロスが出ないためには冷凍しなきゃいけないし、冷凍するのであれば冷凍庫での保存スペースの無駄がないように円形よりも長方形のほうがよいのではないかというところが起点でした。
そこから、冷凍から解凍しても味がブレないように意識しないといけないと思い、試作品で作って食べてみたら半解凍でも美味しいことに気づいたんです。
料理の知識を元々持っていたこともあり、冷たさによって味が変わることも知っていたのでどのように言語化しようかという繰り返しで今のMr. CHEESECAKEのデザインができています。
お話を伺えば伺うほど感心しかないのですが、その設計を作るのってすごく大変ですよね。
大変です(笑)
最初から全ての設計を意図して組むことができていたらそれこそ超天才なんですけど、ぼくの場合は結果そうなっただけなんです。だからこそ、後付けでしっかりと意味づけをする必要があるんですけどそれが結構大変なんですよね。
色んなフレーバーを出すのも、結局ノーマルのMr. CHEESECAKEが1番いいよねって言ってもらうための商品としての位置づけやPRとしての意味合いもあったりするので、色々考えてこれからも様々なことに挑戦していきたいですね。それこそ、今はすべてが未体験ゾーンなので。
社内にもファンが多いMr. CHEESECAKEの裏側に、まさかここまで計算されたデザインがあったとは…取材メンバーは感嘆を通り越し鳥肌が立つぐらい取材中は「すごい」の連発でした。
チーズケーキで人生が変わったとご自身でおっしゃっていた通り、私たち自身もMr. CHEESECAKEから色々なことが学べると感じ、今回マーケティア初の別ルートでの2部構成でお送りしました。
1つ1つの点を線でつなぎ、ストーリーとして成立させてしまう田村さんの徹底した探求心や折れない心のストイックさの土台にある愛に溢れたお人柄が今のMr. CHEESECAKEの魅力の1つと言っても過言ではないのではないのでしょうか。
そんなMr. CHEESECAKEでは現在「おいしい」のその先まで届けたいインターン/アルバイト募集中とのことです!
文:杉山美和
編集:阿部圭司/齋藤彩可
写真:齋藤彩可