東洋経済オンライン編集部長 武政 秀明さん
国産大手自動車系ディーラーのセールスマン、新聞記者を経て、2005年東洋経済新報社に入社。2010年4月から東洋経済オンライン編集部。東洋経済オンライン副編集長を経て、2018年12月から東洋経済オンライン編集長。2020年5月、過去最高となる月間3億0457万PVを記録。2020年10月から東洋経済オンライン編集部長。
ビジネスパーソンなら誰しも一度は見たことがある「東洋経済オンライン」。2022年現在は月間2億PVを超える超巨大メディアですが、2012年の前半までは意外にも月間300〜500万PVだったそう。いったいこの10年の間になにが起こったのでしょうか?
今回はその裏側を探るべく、武政 秀明(たけまさ ひであき)編集部長にお話をうかがいました。メディアに関わるみなさん、編集者のみなさん、ぜひともご覧ください!
億超えメディアの舞台裏
武政さん、本日はお時間いただきありがとうございます!さっそくですがズバリ質問です。東洋経済オンラインが月間数百万から2億PVのメディアへと成長できた最大の要因は、いったいなんでしょうか?
よくご質問いただくんですが、すべての積み重ねでいまのPVがあるので、なかなか説明しづらいんですよね(笑)。
あああ、いきなり答えづらい直球な質問ですみません! (涙)
いえいえ。当たり前のことにはなってしまいますが、いいコンテンツを作る、そしてそのコンテンツをきちんと届ける。この2つを徹底してきた、という回答に尽きると思います。
今は編集長を吉川明日香が務めていますし、私が編集長だったのは2018年12月~2020年9月なので、媒体としての功績は歴代かかわった編集長をはじめ、関係する部署のスタッフ全員の成果だということを最初にお断りさせてください。そのうえで2010年からこの媒体の編集部に在籍している私から眺めたことをまとめると、読者が求めるコンテンツを作り、公開本数を増やし、SNSから外部ニュースサイトまでフル活用してきちんと届ける。メディアを成長させるためにできることはすべてやってきましたね。
裏技も変化球も一切なし、基本を徹底してチャレンジし続けるほか道はない、ということですね……!
ただ私自身、最初から基本を徹底できていたわけではないんですよ。雑誌主体の部署からオンラインの編集部へ異動してきたころは、プレスリリースをもとにざっと書ける速報記事ばかり作っていました。
しかし残念ながらこうしたライトな記事は驚くほど読まれません。一方で、雑誌並みに作り込んだ記事を出してみたら、思いがけずたくさん読まれたんです。……そのときにハッと気づいたんですよね。読者はしっかり情報を見極めているんだなと。
武政さんにもそのような原体験があったんですね。
きっとみなさんもホテルのビュッフェにいったら、あえて白ご飯や副菜ばかり食べることはしないでしょう。メインディッシュのステーキをしっかり食べるはずです。それと同じで、デバイスや通信にかかるお金、そして時間といった費やすコストが同じであれば、読者はいいコンテンツを選ぶ。
ユニクロの服が売れるのもニトリの家具が売れるのも、結局は「安いから」ではなく「安くても品質がいいから」ですよね。安かろう悪かろうでは選ばれない。さらっと書いた記事で100万PVもありえない。これが真理だと思います。
品質が悪ければ安くても買わない、品質が悪ければ無料でも読まない、ですね。肝に銘じます(涙)。
事実だけ告げる記事は不要
それではここからステーキ級の、「いいコンテンツの作り方」についてぜひ教えてください!!!
自分の経験をもとにお話ししますね。記事が読まれるかどうかは「内容」「テーマ」「切り口」「タイトル」「タイミング」という5つの要素で決まると思っています。これらが読者の求めているものにハマれば読んでもらえます。
「プレスリリースをもとに書いた記事は読まれなかったけど、雑誌並みに作り込んだ記事は読まれた」という先ほどのエピソードは「内容」による差です。ただ事実を告げるだけの記事なんて他にいくらでも存在するため、事実を取り巻く構造や、事実に至った経緯までしっかり調査して盛り込むことが重要です。
さらにもう一つ、そこに自分なりの解釈も加えるのもポイントです。ここまでやれば情報は分厚く、他の誰にも書けない独自性の高い記事へと仕上がります。つまりいいコンテンツとは、「事実」だけでなく「構造」「経緯」「解釈」が含まれる。この差別化はしっかりとやってきた自負がありますね。
情報を分厚くするのって想像以上に大変で、締切に追われていると詰めが甘くなりがちでした……。もっともっとこだわっていこうと思います!
企業秘密に値するタイトルの威力
また、「タイトル」は非常に重要です。タイトルがいいと多くの人に読んでもらえます。
この10年で7,000記事以上のタイトルを考えてきたので、自分のなかには「読まれるタイトルの型」が30パターンほどあります。すべてここでお話しすると時間が足りず、そして一部企業秘密なところもあるため、今日は2つだけ大事なポイントを紹介しますね。
お、お願いいたします!(ゴクリ……!!!)
一つは、自分ごと化するキーワードを盛り込むこと。たとえば最近「モデルナは製薬業界のアマゾンとも言えるプラットフォーム戦略を展開している」という内容の記事を出したんですが、私はこれに「モデルナを甘く見る人が知らない驚くべき正体」というタイトルをつけました。
モデルナは2010年創業の若い会社なので「本当に信頼できるの?」と思われがちです。私の身の回りには「ファイザーのほうが老舗で安全そうだから」という理由でワクチンを選ぶ人も多くいました。そんな世間の声を反映し、このタイトルにしたんです。結果としては160万PV以上のホームランとなりました。
これがもし「モデルナが製薬業界のアマゾンである理由」というタイトルだったら、おそらくあまり読まれなかったでしょう。この2つの違いは “主語” です。「モデルナを甘く見る人」なのか「モデルナ」なのか、この差で読者との距離が変わるんですよね。
たしかに……!前者だと「 “私が” 知らない正体ってなに!?」とついクリックしそうです。読者との距離はこうやって縮めるんですね。
もう一つのポイントは、わかりやすさです。また、見栄えも重要です。視認性がよく、すっと頭に入ってくる言葉でないと興味は引けません。漢字ばかりではなくひらがなやカタカナ、内容によってはアルファベットを適度に混ぜるなど、タイトルは “デザイン” だと考えています。
東洋経済オンラインのタイトルはどれも端的で、パッと見るだけで意味がわかります。「タイトルをデザインしよう」という言葉、とても腑に落ちました!
もちろんどれだけタイトルがよくても、読者が求めるテーマや内容、タイミングでなければPVは伸びません。しかし見栄えが悪ければそもそも手にとってもらえないんですよね。これはどんな製品・サービスであっても同じだと思います。
興味関心なしにいいテーマは生まれない
それでは、テーマ設定のポイントもぜひ教えていただけますか?
読者が求めているテーマを、適切な切り口・適切なタイミングで届けることだと考えます。そしてこれは自分自身がそのテーマや切り口に対して興味関心がある、あるいは得意だとうまくいきます。
テーマや切り口に興味関心があるとはつまり、一読者に限りなく近いということ。自分自身が心の底から知りたい、問題提起したいと企画した記事、自分がおもしろいと思って調べ上げた記事が結果として多くの人に読まれるのです。
たとえば私はもともと自動車ディーラーに務めていた経験があるので、自分で自動車業界の記事を書いたり、モータージャーナリストと組んで記事を作ったりすると数字が伸びる傾向がありますね。
とてもよくわかります。私も本業に関わるテーマの記事だと「こんな切り口ならクリックするな」とアイデアがどんどん湧いてきますね。
そうですよね。よって編集者は、広く浅くいろんな分野に手をつけるよりも、自分の興味関心がある分野、得意な分野を見つけて深ぼっていくことが大事です。
加えて、自分が得意ではない領域についてはそれを補ってくれる筆者と組んで記事を作るのが良いでしょう。現に私の周りには、テーマを渡すだけで得意な切り口でズバズバ切って記事を仕上げてくれるような強力な筆者が何名もいます。
なるほど。編集者であっても筆者であっても「得意領域を見つけて戦うべし」ですね!
成果を出す編集者の習慣
ここからは武政さんが成果を出すためにふだんから心がけていることをお聞きします。
今回の取材は「読者が求めるもの」が頻出ワードですが、自分の得意領域で記事を作ること以外に、読者が求めているものをキャッチすべく取り組んでいることはありますか?
読者と同じ行動をとること、ですね。東洋経済オンラインは経済を中心に幅広いテーマを扱うメディアなので、世の中の一般的なトレンドに周波数を合わせて情報をキャッチしています。朝の情報番組は見ますし、Yahoo!ニュースもチェックします。電車に乗ったら交通広告を見ますし、流行っている場所には足を運びます。能動的に情報収集するというよりは、日々の暮らしのなかで目に飛び込んでくる情報を意識的に見るようにしていますね。
“行動” を変えるのって大事ですね。武政さんのような編集者に近づくためには、まだまだ行動が足りていない!と痛感しています(涙)。
「行動量」は自分としても意識している部分です。Webメディアは反響がすぐに見えるので、どんどん記事を公開して過去のデータに学び、成功パターンを横展開していくことで成果が伸びると感じています。
なるほど、私はつい失敗した記事のほうに目がいきがちでした。成功パターンの展開をもっと貪欲にやっていこうと思います!
あとは、こうしたプロセスを楽しむ気持ちも大事にしています。私はもともとデータを見るのが結構好きで、東洋経済オンラインが2012年11月に大幅リニューアルした当初は1年ぐらい「今日の振り返りレポート」を勝手に作って社内関係部署の人たちに毎日メールを送って共有していたんですよ。どこから流入があってなにが読まれて……と数字を見ていると、「あぁだからこれは読まれているのか」と腑に落ちることが増えましたね。
毎日の勝手なレポート!武政さんの強さの根源が垣間見れるエピソードですね。
縁と恩が、運をたぐり寄せる
さいごに、武政さんがビジネスパーソンとして大事にしている座右の銘をぜひ教えてください!
運と縁と恩、です。成果って結局運に左右されることが多いんですが、縁と恩を大事にしないと、運はなかなか回ってきません。
だから仕事でご縁をいただいたら最大限の恩を返すようにしています。たとえば筆者に原稿もらったらなるべく早く最大のパフォーマンスで仕上げて、もっともインパクトがあるタイミングで出す。そんなことを積み重ねています。そうすると運⇒縁⇒恩⇒運・・・とサイクルが回っていくことを人生で実感しています。一方で、恩を仇(あだ)で返したらそこでサイクルは途切れると思います。
積極的に人に会っているのも縁を大事にしているからです。この取材を通じてもらった縁もまた別の縁につなげていこう……なんて思っていますよ。
武政さんと出会って約1年経ちますが、縁を大事にされていること、ひしひしと感じております。本日の取材もまたなにかの縁になりますように!貴重なお話をありがとうございました!
媒体として世に送り出した記事は数万本、得られた読者のリアクションは数十億PV。その媒体を長く見てきた武政さんはベテラン編集者のなかでも別格な経験値を持っていらっしゃる大先輩です。
「月並みな回答ですみません」なんて取材中に何度かおっしゃっていましたが、
「いいコンテンツを作ることが大事です」
この言葉を、これほど説得力をもって語れる方はいないのではないかと思います。それはもう “重み” が違います。
本日教えていただいたことをしっかり実践し、「あぁあのとき武政さんがおっしゃっていたことはやっぱりその通りだったなぁ」と噛み締めながら、知識ではなく知恵に昇華していきたいと思います。
そして私自身も、「いいコンテンツを作りましょう」とズシリと語れる人間に近づけますように。まだまだ、精進あるのみです!
取材:賀来重宏/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏