「広報はプレスリリースだけじゃない」ときにはサービスも立ち上げる“経営に近い広報”が大切にしていること

  • 関東

広報界隈で存在感を放つ、下村彩紀子(しもむらさきこ)さん。従業員数が1桁のときに入社したスタートアップでは広報メンバーがひとり、かつ未経験にも関わらず多数のメディア露出を実現。2023年に「株式会社しんめ」を設立し、現在はチームメンバーとともに、多くの企業の広報活動を支援しています。

広報は、社員や顧客、メディアなど、あらゆる関係者を巻き込むことが必要とされる仕事です。

なぜ、下村さんがここまでパワフルに周りを巻き込めるのか。これまで意識して取り組んできたことから、広報という仕事で大切にしていることを伺いました。

「世の中の広報は何をしているの?」解像度を上げるために他社の広報&メディアへの逆取材からスタート

アナグラム

下村さんが書いた「未経験広報が1年で1,900件以上のメディア掲載を実現した裏側」を当時読んで、「このノウハウを未経験かつ、たった1年で築き上げたの……!?」と衝撃を受けました。

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ありがとうございます!がむしゃらに試行錯誤してきた日々に対して、多くの反響をいただいて私もびっくりしました。

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食材やお花のオンライン直売を行うスタートアップに、1人目広報として入社したんですよね。目標も何も決まっていない中で、どうやって仕事をつくり上げていったんですか?

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一応”広報”として入社したものの、当時は社員が10人もいないくらいで、仕事を定義してくれる上司も相談できる先輩もいない状況だったんです。

なので、最初は「世の中の広報は何をしているんだろう?」と知るところから始めました。広報が集まるイベントに片っ端から参加して、他社の広報と情報交換をして……1ヶ月で50人ぐらいですかね。「今日は何してたんですか?」「目標は何ですか?」と初心者目線の質問をたくさんさせてもらいました。

それから、新聞社やテレビ局などメディア関係者が集まるイベントの受付ボランティアもやりましたね。受付で名刺を受け取りながら「この人は〇〇新聞の方」と顔を覚えて、空き時間に会場を探し回って「さっき受付でご挨拶させていただいたんですけど、今度ぜひ弊社の説明をさせてください」とアポを取って。

メディアとの打ち合わせでは自社やサービスの話ももちろんしますが、おもな目的は「メディアの方々がふだん何をしているのか」「何に興味を持って、どうやって情報収集をしてるのか」を知ることでした。

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ふだんは取材をする側のメディアに、逆取材をしたんですね!自社の売り込みをするだけではなく、直接ニーズを拾いにいく行動力がすごいです。

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どうやったらメディアに出られるのかわからなかったので、とにかく必死でした(笑)それに、相手が何を求めているか理解しないまま「この情報をメディアで取り上げてください!」と売り込んでも、成功率は低いだろうなと思ったんです。

広報活動は社員、顧客、メディアなどあらゆるステークホルダーに協力してもらわないと成り立ちません。自社やサービスを主語にして一方的に話すのではなく、「業界にとってどんな良いことがあるか?」「顧客はもちろん、メディアの先の読者・視聴者は今どんな情報を求めているか?」とニーズを汲み取った上でコミュニケーションを行うことを心がけています。

すでに決まった情報でプレスリリースを書くのが広報の仕事ではない

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初歩的な質問で恐縮ですが、そもそも広報とはどのような仕事でしょうか?

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「広報の仕事はプレスリリースを書くこと」というイメージを持っている方もいます。でも、書くこと自体はインターン生に任せたり、生成AIを使うのも全然ありだと思ってます。

それよりも、広報が本当に力を入れるべきなのは「誰にどの情報をどうやって届け、どんな波及効果をもたらすか」を設計することです。もちろん、プレスリリースをたくさん書いた経験はすごく役立っているんですけど、単に「この情報を発信して」と誰かに言われた情報を書くだけでは、広報担当者の戦略的思考やクリエイティブなスキルを発揮できず、非常にもったいないですね。

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新機能リリースやイベント開催など事業側ですでに決まった情報を発信するだけでなく、トレンドに合わせて広報主導で企画をつくることも大切だと考えています。

トレンドに合わせた企画とは、たとえば次のようなものです。

・母の日や父の日、クリスマスなどの行事から逆算して商品自体を新しくつくる
・業界で注目されている事象に対してアンケート調査やインタビューを行ってコンテンツをつくる

一次情報を集めるためにお客様に取材協力してもらったり、ときには「業界の課題を解決するためにこういうサービスをつくろう」と、エンジニアやデザイナーに働きかけてサービスの立ち上げを行うこともありました。

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サービスの立ち上げまでやるんですね!どうやって社内のメンバーを巻き込んでいましたか?

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もともと従業員数が10人弱のときからいたのと、経営陣が広報の重要性をわかっていたのでやりやすかったというのはあります。

ただ、会社の規模が大きくなってからも、「基本的にSlackのチャンネルにはすべて参加する」「他部署のミーティングに参加する」「広報のネタを考える勉強会を実施する」など、社員から情報が上がってくる仕組みを構築することは意識していました。「イベント開催や新機能リリースが決まってからじゃなく、案が出た時点で広報に声をかけてください」と言い続けたんです。

そうすると「下村さんが言ってるなら協力するよ」「まだ決定じゃないけど、この情報は早めに下村さんに共有しておこう」と言ってくれるメンバーが増えて、本当に助かりました。

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部署が違うと「これ言ったら迷惑かな……」と共有をためらってしまうこともありますが、深く入り込むことで自然と情報が集まる関係性になったんですね。顧客にはどのように協力してもらっていたんでしょうか?

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オンライン直売は生産者さんなしでは成り立たないサービスなので、農地や海、養殖場などに足を運び生産者さんと直接お話することを大切にしていました。

たとえばお話する中で、高齢の生産者さんがインターネットに不慣れでECに出品できない……という状況を知ったんです。その問題を解決するために、近所の若い生産者さんとグループで出品できるサービスを立ち上げました。

リリース前には90歳の生産者さんに実際にサービスを試してもらって、コメントをいただいて。おかげで「共同出品できるサービスを開始」という情報だけではなく「90歳の方もネット販売が可能になりました」という、具体的でインパクトのあるプレスリリースを出すことができたんです。

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他にも、生産者さんや一次産業に興味のある人たちが交流できるよう、コミュニティの立ち上げや運営も行いました。情報感度が高い生産者さんはSNSで横の繋がりがあったけど、当然そうじゃない方もたくさんいるので、全国の頑張っている生産者さんが交流できる場をつくりたいと思ったんです。

コミュニティには生産者さんだけではなくシェフや消費者も参加して、みんなで18種類のトマトを食べ比べながら「来年はどの品種を多めに作ろうか」とワイワイ話し合ったり。もはや趣味のように楽しんでいましたね。

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はじめに下村さんが話していた「自社やサービスを主語にするのではなく、ニーズを汲み取った上でコミュニケーションを行う」というのは、こういうことなんですね……!

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おっしゃるとおりです。お客様も社内のメンバーもそうですが、プロジェクトやメディア取材のときだけ一方的に協力を求めるのではなく、常日頃からこまめに交流することを心がけています。

広報って外に発信するだけが仕事じゃなくて、社内や顧客のことをどれだけ解像度高く知っているかが重要だと思うんです。

だからこそ職種にとらわれず、採用に携わったり生産者さんのイベントに参加したりして、インサイトの理解やペルソナの解像度アップにつなげる工夫をしました。日常の雑談からキャッチアップした一次情報を世の中に届けて、企業成長を促したり業界を良くする働きかけをするのが私たち広報の役目だと思っています。

広報をやる上で1番役立った経験は、2000人以上の学生との面談

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下村さんは広報をやる前、人材会社で新卒採用をやっていたんですよね。お話を伺っていると行動力や相手の気持ちを汲み取る力がすごいなと思ったんですが、採用時代の経験が活きているのでしょうか?

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そうですね。候補者の学生をサポートする「リクルーター」として毎日10人くらいの学生と面談していましたが、広報をやる上でこのときの経験が1番役に立っています。

リクルーターの目標は内定に繋げることですが、必ずしも自社に入ってもらうことがベストとは限らないし、数万人エントリーする中で実際入社する方は数パーセントです。それでも、内定辞退した方が将来お客さんになったり中途社員としてまた仲間になるかもしれないので、とにかく会社のファンになってもらうことを心がけました。

彼ら彼女らが何に悩んで、何が意思決定のポイントになるのかを赤裸々に話していただける関係性を築き、言葉の奥の本音と向き合いながら「こういう情報を提供すれば悩みに寄り添えるかも」「興味がある部署の先輩社員と繋げよう」と奔走していましたね。面談以外の時間は、自社の解像度を上げるために各部署のキーパーソンと交流したり、面接に同席したりもしました。多くのステークホルダーを巻き込み、関係を構築しながら目的を果たしていくという採用担当時代の経験が、コミュニケーションの基盤になっています。

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相手の気持ちを汲み取る力や、必要であれば周囲を巻き込んで課題解決をしようという行動力など、すべて今に繋がっているんですね。

独立しても変わらず、チームの一員としてクライアントと対等な関係性を

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ここまでスタートアップでの広報経験、人材会社でのリクルーター経験について伺ってきましたが、どちらも「内側から自社のことを伝える」という共通点がありました。現在はパートナーとして企業の広報活動を支援しているとのことですが、事業会社時代とどんな違いがありますか?

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事業会社時代も今も、広報のプロとしてどうすれば会社を前に進めていくかという観点で経営陣や各事業部とディスカッションしているので、本質的な部分は変わっていません。

1番違うのは自分が持っている情報量です。事業会社にいたときは「生産者さんは今こういうことに困ってる」「営業部はこのKPIを追っている」といった情報が集まりやすい状態で「じゃあ何を発信しようか」と選べたんですけど、今はクライアントの方が絶対に業界や自社の事情に精通しています。

クライアントから業界や社内のことを教えてもらいながら、私たちからは目標設計やコミュニケーションパターン、どういう情報・データがあると良いかをお伝えして、対等にディスカッションできる関係性を心がけています。

課題に応じて「今は広報をがっつりやるよりマーケティングに力を入れた方が良さそうです」とか、「この事業モデルでこのネタの場合、短期で大きなメディア露出を狙うのは難しいので地道な仕込みが必要です」とか、自分が社内の広報チームの一員だという気持ちでストレートにお伝えしていますね。

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ありがとうございます!最後に、広報担当者が意識すべきことを教えてください。

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いきなりテレビ番組やニュースに大々的に取り上げられて認知度アップを狙う企業も少なくありませんが、まさに「ローマは一日にして成らず」です。

トレンドを先読みした企画を何か月もかけて仕込んだり、メディア関係者が検索したときにきちんと情報が出てくるようにSNSやnoteで日々発信したり……。メディア露出の裏にはそういった地道な取り組みが必ずあります。

そのうえ、メディア露出をしたからといって企業のブランド価値や評価が確実に上がるとは限りません。意図的に露出しない、という意思決定や戦略も含めて、広報担当者として手法を持ち合わせておく必要があります。

そして、広報活動には社内のメンバーやお客様の協力が欠かせません。周囲の人との関係性を構築することを意識した、より経営に近い広報が増えることを願っています!

アナグラム編集後記

「未経験広報が1年で1,900件以上のメディア掲載を実現」と聞くと「誰か教えてくれる人がいたのでは?」「たまたま注目度の高いネタがあったのかも」とつい憶測してしまいますが、華やかな実績の裏側には圧倒的な行動量と、丁寧に積み重ねたコミュニケーションがあることがわかりました。

実は下村さんのファーストキャリアは営業で、当時同じ部署で働いていたのですが、始めはなかなか成果が出ず悩んでいました。しかし、そこで立ち止まるのではなく「わからないことはわかる人に聞こう!」と先輩や上司に何度も話しかけて仕事のやり方を見直しており、職種を問わず成果を出せる秘訣はこういった姿勢にこそあるのだと感じます。

今回の取材は”広報”がベースではあるものの、周囲を巻き込む関係性のつくり方や、仕事の解像度を上げるためのアクションなど、どんな職種でも活かせる大切なことを教えていただきました!

文 :砂川恵里佳
編集:藤澤亮太
写真:齋藤彩可