生産者・流通者・消費者の立場に強弱はない。メッセージと仕組みで、不確かさを楽しめる関係性へ|株式会社坂ノ途中代表 小野邦彦さん

  • 近畿

京都大学総合人間学部卒業後、外資系金融機関を経て、2009年に京都にて株式会社坂ノ途中を設立。「未来からの前借り、やめましょう」というメッセージを掲げ、農業の持続可能化に取り組む小野さんに、事業の根幹にある実現したい未来と会社として伝え続けていく意義についてお話をお伺いしました。

環境負担の少ない農業を広げるために生まれる事業

アナグラム

坂ノ途中の野菜定期宅配は私も個人的に利用させて頂いているので、今日の取材を楽しみにしていました!改めて坂ノ途中がどのような会社なのかをお伺いできますか?

maruyama

坂ノ途中は『環境負荷の小さな農業を広めよう』という考えを持つ会社です。そのために、「100年先もつづく農業」や「未来からの前借りをやめよう」というビジョンを掲げて野菜を中心とした農産物の流通販売をしています。

坂ノ途中が取り扱う農産物には3つの特徴があります。1つ目は農薬や化学肥料不使用で育てられたオーガニック野菜を扱っていること。2つ目は、野菜のバリエーションが多いこと。伝統野菜からハイカラな野菜まで年間450種類ほど扱っています。そして3つ目が最大の特徴で、新規就農者がパートナーということ。関西を中心に約300の農家さんと提携しており、そのうち9割が新規就農、いわゆる新たに農業に挑戦した人たちなんです。

最近は農業に挑戦する人を応援しようという風潮が高まっていて就農までのサポートは手厚くなっています。ただ、就農した後の彼らをメインパートナーとして事業を続けているのは、ぼくたちが日本で最初かつ、唯一の例だと思います。

アナグラム

野菜の宅配以外にもコーポレートサイトを拝見すると様々なプロジェクトがありますよね?

maruyama

そうですね。個人向け宅配が売上の7割を占めています。そして1割が法人向けの卸。東京や京阪神の百貨店さんやアッパーなスーパーさんなどオーガニック野菜の品揃えが豊富な店舗に坂ノ途中のコーナーを作って販売しています。法人向けの卸からもぼくたちが取扱っているお野菜の品質が高いことが証明されてると言ってもいいんじゃないかなと思います。

そして、残り2割がコーヒー事業です。コーヒー豆は国内生産ではないですが、環境負荷の少ない農業を広げようという理念は野菜と同様です。東南アジアの山間地では収入を得るために森林伐採を行うことがあります。そこで山間地の森林を保全しつつコーヒー豆を育てることで、森林伐採を防ぎつつ彼らも収入が得られる仕組みを作っています

この3つの事業は生産者さんに向き合った取り組みですが、それ以外にもお客さんとのタッチポイントを作るために京都の街中で飲食店をやったり八百屋の運営もしています。またぼくたち自身も生産のことを知ることが大切なので自社で畑を持って野菜を育てたり、瀬戸内海でみかんやレモンの栽培をしたり実は色んなことをしている会社です。

アナグラム

想像以上に多岐に渡る事業をされていてびっくりしました。事業は小野さんが旗を振って始めることが多いのか、それとも社内からやりたいという声が上がってくるのでしょうか。

maruyama

ぼく自身あまり強いリーダーシップを持ってるわけではないので、社内から新規事業の案が出てくることも多くあります。コーヒーの事業も実はその1つです。当時うちでバイトをしていた大学生が「俺、東南アジアで何かやりたいんです!」って言ってくれたので、卒業後うちの会社でやったらいいじゃんと新卒入社と同時に新規事業責任者をやってもらいました。

アナグラム

小野さん自身の性格がそうするのか、社内から声が上がりやすい雰囲気なんですね。

小さくて美しいビジネスの葛藤。思わず模倣したくなる仕掛け作りとは

アナグラム

坂ノ途中という会社を地域密着路線でいくのか、規模を拡大していくか迷っていた時期があったという記事を拝見しました。いまはどのように考えていますか?

maruyama

今は規模を拡大しようと考えています。ただ、どんな時でも答えはAとBの2択ではないと思うんです。

坂ノ途中創業の時は美しいビジネスを地方で小さくやることに意義があると思っていました。そのために、東京から京都に戻ってきて坂ノ途中を創業しました。地方で農家さんを支える形を作り、その類似例が他の地域に派生し、世の中に環境負荷の小さい農業が広がっていく構図を夢見ていたんです。しかし、ぼくの思っていた通りにはならなかった。

アナグラム

なるほど……何が足りなかったのでしょうか。

maruyama

ぼくらがやっていたことは「汗だくになって泥臭くやったら、何となく成り立つ良いこと」だった。一方で、世の中で多くの人が求めてるのは、「楽しくて、かつ良いこと」だったりする。それだったら、誰かに真似してもらうのを待つより、自分たち自身が社会的なインパクトを持てるような会社になろうと思い始めました。

今は取引農家さんも増えています。お取引している農家さんの中には規模拡大を進めている方もいます。なのでぼくらも事業成長していかないと「すみませんがちょっと生産量を減らしてください」という変な感じになる(笑)良いことをやっている人たちのためにも、ぼくたち自身が成長しないといけないんです。

アナグラム

農家さんと一緒に成長しているような関係性が素敵ですね。その関係性が良いプレッシャーになってるのかなと思いました。

maruyama

切実ですよ。今はぼくらが農家さんの良い販路になれていると思いますが、仮にぼくらがつまずいたら色んな人に迷惑が及ぶので。正直、コケられないなぁみたいなプレッシャーは感じますね。

更に、ほぼ毎日農家さんから提携のお問合せをいただいているので、やはりビジネス拡大のスピード感は常に意識しています。

アナグラム

すべての農家さんとお取引するのは難しいと思うのですが、提携農家さんを決める基準はありますか。

maruyama

「プロ路線」かどうかですね。農業といっても、自給自足に近いものや、趣味の延長線などいろいろあります。

色んなカタチがあっていいとは思いますが、本気で農業で生計を立てていこう!と考えている人を取引先としてます。

ぼくらは、少量不安定だけど高品質な農産物がまっとうな値段で流通していく形を作ろうとしています。少量不安定の弱点はこちらで工夫して乗り越えるのですが、品質を上げるのは農家さんにお願いしなきゃいけない。品質向上に熱心な方じゃないと、お互いの方向性があわないと考えています。カッコつけて言うなら、お互いプロとして対等な立場でやり取りをしましょう、みたいな感じでしょうか。ぼくらは結構細かく「こっちのほうがいいんじゃないですか?」とか言うので、品質向上に熱心な方じゃないと面倒に感じられてしまうと思うんですよね。本気で農業に取り組んでいるからこそ成り立つコミュニケーションだと思っています。

アナグラム

業界によってはどちらか一方の立場が弱くなってしまう構造はよくあると思うのですが、そうではない関係を築かれているのですね。

maruyama

就農者さんの立場が弱くなってしまうのは、生産量が少なく、不安定なことで一般的な流通の仕組から零れ落ちてしまうからなんです。だから、その既存の仕組みを変えていきたい。売るための工夫をぼくらがする代わりに、生産者にはお野菜の品質向上に集中してもらえると互いの強みを生かした関係になれるのかなと。

ブレや不確かさを楽しむ豊かさを発信し続ける

アナグラム

坂ノ途中が目指しているブランドのカタチや小野さん自身の目指している理想はなんでしょう。

maruyama

不確かさを楽しむ考え方が浸透するといいなと思います。同じ人間が1人としていないように、同じ野菜だってないんですよ。しかし現状は、品質の安定性、見た目の「揃いの良さ」がとにかく大事にされ、規格外のものははじかれている。「坂ノ途中」というブランドを通じてもっとブレや不確かさを楽しもうよというメッセージを届けるのが、この会社で果たすべきことかなぁと。

極論「食」の目的が栄養摂取だけであればサプリメントを摂れば良い。しかし、現代での「食」は決して栄養摂取だけが目的ではなく、もっと面白く、楽しいことだと思うんです。

例えば、甘いトマトが流行っていますが、トマトには甘み以外にも酸味と旨味のバランスがあるし、香りも複雑、皮の厚さも違うし食感も違う。それを流通側やメディアが「甘いトマトです!」と甘さばかり言及しちゃうと、お客さんは甘い以外の評価軸を持たなくなってしまう。それだけ流通やメディアには大きな力があるんです。だから、ぼくらはできるだけ色々な角度で表現することでお客さんにもっと食を楽しんでほしいと思っています。

アナグラム

なるほど。坂ノ途中では社員さんはもちろん、小野さん自らお客様の声に目を通される文化がありますよね。そういう文化には流通側の情報発信の考え方が根底にあったのかなと想像して聞いていました。

maruyama

トマトの話はどちらかと言うと、畑側の声や生産のリアルをお客さんにちゃんと伝えようとして実施していることですね。一方で、ぼくらがやってることが思想の押し付けになってしまうと途端に面白くないんですよ。

「環境を守ろう」や「農薬を減らそう」とかまるで教科書っぽい言い方をした途端に聞いている方は冷めてしまうじゃないですか。そこのバランス感覚が重要で、お客さんがどのようにぼくらのメッセージを受け取ってくれてるのかはめちゃくちゃ気にしています。

アナグラム

新しい解釈や価値観を伝えていくとなると、丁寧にコミュニケーションを図らないと「伝えたいことが伝わる」のは難しそうですね。

maruyama

そうですね、だから社内にはぼくらは淡水と海水が混在した「汽水域」だと伝えています。

オーガニック・有機農業の黎明期は、公害問題などを背景に一部の「健康や食へのこだわりがとても強い人が買う商品」という側面がありました。そういうセグメントされた層向けに商売するのは比較的わかりやすい。「オーガニックだからまぁ虫が入ることもあるわよね」と理解もある。しかし、ごく一部の人だけを対象に商売をしても世の中は大きく変わらないですよね。だから、元々応援してくれて、理解のある一部の人たちだけを相手にするのは自分たちのスタイルではないと思っています。

ぼくたちの役割は、もっと多くの人にぼくたちの方を向いてもらうこと。マニアックな人たちとそうでない方の汽水域をつくろうと。だから、元々オーガニックに興味のなかった人が坂ノ途中を通じて野菜の楽しみを知ってくれるのが1番嬉しいし、その位置づけを狙ってサービス設計をしています。

春を待つ大根と冬野菜の菜の花たち

アナグラム

具体的に、汽水域を意識したサービス設計や、コミュニケーションで意識してされていることはありますか。

maruyama

野菜にブレがあるとは言いつつ、低品質な野菜を送って「これはブレです。」って言われても納得できないですよね。お客さんにどこまで許容いただき、発生するブレをどのようにネガティブサプライズにしないかは常に意識しています

例えば、冬の終わりには大根に鬆(ス)という空洞が入りやすくなります。いきなりですが、大根の「根」と「茎」がそれぞれどの部分かわかります?

アナグラム

え…?普段食べているところが「根」、葉のところが「茎」ではないのですか?

maruyama

ぼくたちが普段食べている大根の白い部分は、実は茎と根がつながっているんです。食べている部分の下7割くらいが「根」、上3割くらいが「茎」です。

大根に限らず、根菜類は虫に花粉を運んでもらい遺伝子を残します。でも冬は虫がいないですよね。だから春に花を咲かせるために、冬の時期から根に栄養を貯めます。いわば、ぼくたちが食べている部分は貯金箱です。

そして春になると貯蓄した栄養を活用して花を咲かせ始めるので、貯金箱がスカスカになっていきます。それが鬆です。2月後半~3月ごろの大根に鬆が入っているのを見つけたら、「春がきたんだ」と思いを馳せてみてくださいというのがぼくらが伝えたいメッセージ。

ただ、言い逃げになるのも無責任なので、多少の鬆ならそのまま食べていただいても問題ないですし、あまりにも鬆が入りすぎているようであれば交換しますという姿勢です。

アナグラム

春を待つ大根なんですね…とても素敵な表現です。確かに、鬆の説明をちゃんとしてもらえるのと、何もなく鬆が入った商品が送られてくるのとでは印象が全く違いますね。

maruyama

こういう1つひとつのコミュニケーションがすごく大事だと思っています。大根の鬆についてなんの説明もなかったらただの不良品だと思われて即返品対応ですよ。

一方で、多くの流通会社は不良品という評価を恐れて廃棄します。あるいは鬆が入ってないかを確認するためにハーフ2本で1本分として販売するんですね。大根1本をお客さんに届けるためにわざわざ工場で半分に切って、検品して袋に詰めるんです。切ることで日持ちも悪くなるし、コストは上がるし、大根を切る人だって何のために切ってるんだろうって思ってるかもしれない。

だから、ぼくらは多少のコミュニケーションコストがかかろうがちゃんと説明しようと取り組んでいます。そのために野菜のブレを知ってねという気持ちで「やさいのきもちかるた」も作りました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

アナグラム

ここまで積極的に消費者とコミュニケーションをとる企業は他にはあまりない気がしますね。なぜ、他の企業さんは消費者への説明やコミニケーションを積極的に行ってこなかったのでしょうか。

maruyama

今までは説明をしなくても良かったんです。なぜなら、お客様は神様であり、神様が不良品といえば不良品。流通会社は生産者に対して「鬆の入った大根を作るな」と言えばいいだけだったので。

アナグラム

しわ寄せが全部、生産側に行ってしまっていたのですね。

maruyama

ぼくはずっと「お客様は神様」という構造に疑問を持っていて、生産側と消費者側、どちらが偉いとかではなく、良い塩梅で折り合いをつけるのが大事だと思っています。どの業界でもそうですよね。基本的にビジネスは等価交換なのでどちらが弱い強いではないはず

アナグラム

生産者と消費者の構造の問題が原因として大きそうですね。

maruyama

生産側でも野菜の収益性までを考えた流通の仕組みを十分につくれていないことが分断を加速させていた要因の1つかなと思います。

例えば、夏野菜は通常7月~8月にかけて出荷し、その生産コストは3月頃の種まきの頃からかかってきます。栽培の仕方によっては9月~11月上旬まで出荷可能なんですが、一般的には8月の終わりごろにもう片付けてしまう。固定費は同様に掛かっているので、長い期間出荷できたほうがその分儲けがでるんです。なのでぼくらは「夏の終わりの味」と呼んで、お客様に品質の変わった夏野菜を違う角度から楽しんでもらう工夫をしています。そうすることで、生産者さんの収益性は大きく変わります。

アナグラム

人類と農業は長い歴史だと思っていたのですが現代まで生産者と消費者が分断されていた理由はなぜなのでしょうか。

maruyama

そもそも野菜がお金になることが、都市化の中で出てきた概念なのかなと。田舎だと今でも野菜はお金を出して買うものではなく、ご近所で交換し合うという考えがあります。江戸~明治時代の農村の流通をみても野菜よりも圧倒的に米ですよね。野菜は家の裏や田んぼにできない農地で”ついで”に作るもので、商品ではなかった。どういう風に野菜を流通させたらいいのかと考え始めたのがここ100年ぐらいじゃないですかね。

アナグラム

なるほど…農業と野菜流通の歴史は別で、野菜の歴史はこれからなのかもしれませんね。

maruyama

そうですね。あとは都市に農村の2代目、3代目が増えたことも背景としてあるかもしれません。昔の都市生活者の多くは田舎から出てきた人なので、農村のことを知っている人が多かった。しかし、時代が巡る中で、現代では都市に住まう農村出身の2代目、3代目に代替わりしているので生産側のことが分からなくなってきているのではないでしょうか。

アナグラム

いやぁ、お恥ずかしい話……今日のお野菜の話は私も全く知らないことばかりです。

maruyama

そうですよね。ぼくらは3月になるといろんな菜の花を届けます。カブの菜の花、大根の菜の花や水菜の菜の花など…

アナグラム

菜の花っていくつもあるんですか?お野菜の種類の1つだと思っていました。

maruyama

色んなところで同じリアクションをされます(笑)

そもそも日本人は、アブラナ科をひろく「菜」と呼んできました。大根、白菜はもちろん、キャベツやブロッコリーなどの冬野菜の多くがアブラナ科なんですが、昔は現代のように小松菜やら青梗菜(チンゲンサイ)やら細かく固有名詞をつけずに「菜っぱ」とか「ツケナ」という一般名詞でよんできました。アブラナ科の種だから「菜種」。で、アブラナ科の野菜は春になると花を咲かし、それを「菜の花」と呼んできました。

本来は花を咲かす一瞬しか食べれない菜の花を品種改良して、秋や冬でも食べられるようにしたのが、多くの人が認識している茎の太い”菜の花”ですね。

実はカブの菜の花や白菜の菜の花は美味しいのですが、茎がとても細く一度に実る量も少ないので生産量が少ない。品種改良が行われた今の菜の花も美味しいのですが、やっぱりぼくはカブの菜の花や白菜の菜の花のほうがおいしいなぁと思うんです。

利己的な消費者と「安心安全」プロモーションの弊害

アナグラム

インタビューを通して少し賢くなった気がします。そして、農村と都市の距離がここまで開いていたことに初めて気づくことができました。

maruyama

農村は都会のためだけに在るわけではないし、農業者はもちろん都市生活者の奴隷ではない。本来の農村には多面的な価値があるにもかかわらず、「お客様のために」とか「安心安全」といった常套句を使い続けることが結果的に農村自体の価値を貶めているのではないかという疑問を持っていました。食べてくれるお客さんが大事なのはその通りなんですが、もっと「楽しい」や「美味しい」があってもいいのではないかと。

昔の有機農産物の流通会社さんは「美容や健康」はもちろん「安心安全プロモーション」の色が強かった気がしています。極端な話「農薬を使った野菜を食べたらガンになるよ」みたいな。効率良く売れたのかもしれないですが、流通側の伝え方がより都市と農村の分断を生んでいたようにも感じます。

アナグラム

伝えれば伝えるほど、安心安全な野菜を作らないといけない雰囲気になってしまったのですね。

maruyama

そうですね。そして、消費者の方も自分が安心安全であればいいと利己的になってしまったのだと思います。

ヨーロッパではどうすれば農業がサステナブルになるかという問題意識をもっている流通会社が多いんです。その結果、消費者側も自分だけが良ければいいではなく、買う側の責任の範囲が外に広がっていく風土があります。

一方で日本の場合は、目の前のお客さんの財布の紐をどうやって開かせるかというプロモーションに集中しすぎたのではないかなと。その結果、周りは危険だけどこれは安心だよと他社を蹴落とす伝え方も少なくはなかった。その中で、流通会社の1つであるぼくらは絶対にそういうやり方はしないぞと決めています。

アナグラム

メッセージが与えるインパクトは強いですよね。小野さんの想いや伝える側の責任は私たち広告代理店にも共通する部分がとても多かったです。本日はお話、ありがとうございました!

アナグラム編集後記

最近の女性誌でも「SDGs」や「サステナブル」という言葉をよく目にするようになった。多くの人がエシカルや持続可能な社会への関心を持ち始めている一方で、言葉だけが先行している印象を持っている人も少なからずいるのではないだろうか。なぜなら「結局、自分は何をしたらいいのか」SDGsの規模が大きすぎて私生活の中に置き換えるには少々、小難しいことが多すぎた…実際わたしもその一人だ。

そんな時、坂ノ途中からお野菜を買うことも持続可能な農業を実現する一翼を担うことになる。その時から、今までは漠然としていた「サステナブル」が少し身近に感じた。そして、人間面白いことに、一度身近に感じると普段の生活の中でも「サステナブル」や「持続可能な社会」へのアンテナが敏感になるのだ。そんな日々の生活の新たな切り口、考えるきっかけを与えてくれた坂ノ途中へ感謝を。

文:杉山美和
編集:賀来重宏/齋藤彩可
写真:坂ノ途中さま提供