HR×マーケティング思考がこれからの企業に求められる理由とは? | 働くことを自分でデザインできる世の中を目指すHARES代表・複業研究家の西村創一朗さん

  • 関東

株式会社HARESの代表取締役、および複業研究家としてご活躍されている西村創一朗さんは、「二兎を追って二兎を得えられる世の中を創る」をビジョンに掲げ、企業へ向けたHRマーケティングのコンサルティングと個人へ向けた複業解禁の啓蒙に取り組んでおられます。今回は、企業の経営陣や人事へHRマーケティング思考の実装を推進する理由についてお伺いしてきました。

エージェントの経験を通じて「攻め」の採用が求められると実感

アナグラム

西村さんは、株式会社HARES(ヘアーズ)の代表取締役・ランサーズ株式会社のタレント社員を両立されて複業起業家としてご活躍中ですが、会社員時代から人事関連のお仕事に就かれていたんですか?

nishimura

前職はリクルートキャリアで、法人営業として3年間、主にインターネット業界の中途採用支援をしていました。当時と今で世の中のトレンドはだいぶ変わってきているものの、インターネット業界のなかでも広告系はめちゃくちゃ採用が厳しい。広告事業はある程度労働集約モデルだから、営業の数で売上のアップサイドが決まる世界。つまり争奪戦になるわけです。その上、エンジニアやクリエイターの採用も当然厳しい。

ぼくらエージェント側は「営業の人材がほしい」「エンジニアの人材がほしい」この声に対して人材を紹介するビジネスモデル。ただ、人材紹介だけでは付加価値が少ないため、いかにお客さんの採用課題を解決するかが肝でした。人材紹介で手数料をいただきながら人材紹介以外の採用手法を先手先手で提案していくと。

アナグラム

採用課題を解決する、というのは組織の方針だったのでしょうか?

nishimura

はい。もちろん会社としても、顧客の採用課題全体の解決を方針として謳っていました。とはいえ、会社としてのキャッシュポイントは人材紹介が基本なので、いかに良い人材を紹介できるかがすべてです。ただ営業担当としては『採用についてはまず西村さんに相談したい』と言ってもらえる状態を作らないといけないし作るべきだと考えていたので、「リファラル採用という手法をご存知ですか?」「オウンドメディアを活用した採用の事例はこうです」と情報をお伝えしたり、当時まだ一般的ではなかったWantedlyを紹介したりと、つねに色々な採用方法をご提案していましたね。もちろん、それらの提案は売上には全く直結しません。

旧来型の媒体掲載型、あるいは人材紹介会社にお願いする採用手法は、基本待ちで、来た求職者をひたすら捌くやり方。2011~2012年当時、震災の影響でメーカーや製造業は採用が冷え込んでいたものの、インターネット業界だけは活況で、従来のジャッジメント要素が強い採用手法では採用できない時代が到来しつつありました。その後、さらに採用が難しくなってきていて、来た人をいかに捌いて口説くか、という営業・セールスチックな採用ではなく、いかに採用したい人が自然に集まる仕組みをつくるか、というマーケティングチックな採用手法に切り替えていかなくてはならなくなっています。

アナグラム

『待ち』の採用ではなく『攻め』の採用への変化が企業に求められていると。

nishimura

もう一個、これまで採用のゴールは入社までがほとんどでした。しかし、マーケティング思考に基づくと、ユーザーを獲得してそこでおしまいではないですよね?採用して、入社して、その後いかにエンゲージメント高く、長い期間、働いてもらえるかを考えないといけない。そして、自社に魅力を感じてもらい「一緒に働こうよ」と自然に知人を誘いたくなる会社にしていく必要があります。

これはカスタマージャーニーマップならぬ、エンプロイージャーニーマップ。つまり、マーケティングで当たり前にやっていることをHRに実装するだけで、採用はもっともっと楽になるし、もっともっと本質的な採用活動に注力できる。

アナグラム

結果、HRマーケティングゼミをはじめとしたお取り組みに結びついてくるんですね!HARESでは各々がnoteやTwitterで積極的に発信されていますね。HARESとしてオウンドメディアをつくることは?

nishimura

はい、まさにオウンドメディア『HRマーケティングラボ』を立ち上げ準備中です。(2018年11月取材当時)
noteやゼミは、HRマーケティングという概念がどのくらい市場に受け入れられるのか判断するための実験でもあったんですよ。

まずはnoteマガジンでHRマーケティングについて発信して、ある程度人事界隈の中でマーケティングを学びたい!という熱が高まってきたなと体感できたので、ゼミ形式で人事にマーケティング思考を実装していく学びの場をつくりました。結果、有料にもかかわらず1期・2期ともに受講者が集まり、ニーズがあると判断できた。

となると、次はHRマーケティングという言葉を流通させていきたい。さらに言うと、人事が当たり前にマーケティング思考を使いこなせるようになってほしいと思うようになりました。

アナグラム

なるほど。HRマーケティングという単語のブランディングを獲りに行くんですね。

nishimura

今日時点で『HRマーケティング』と検索すると、ぼくたちの意図と異なる検索結果が表示されるんですよ。これはあかんなと。それなら自分たちでメディアを作って育てようと。

採用して「オワリ」じゃない。HARESが採用から入社後までをサポートする理由

アナグラム

採用界隈でよく聞くキーワードに『採用PR』『HRマーケティング』がありますね。これらの言葉の意味はどう考えていますか?

nishimura

HRマーケティングはかなり広い概念で、採用PRはHRマーケティングの数ある手段のひとつですね。人事の業務範囲は、採用だけではなく入社後の教育や定着、はたまた労務管理まである。採用前の選考だけではなく、入社後、活躍して会社のファンになってもらい、退職後もいい関係を続けていく。自社の課題は各フェーズのどこだろうか?どんな施策を講じていけるだろうか?これらをマーケティング思考でアップデートすることがHRマーケティングです。

HRマーケティングゼミでは、認知から採用、入社後までのフローをまとめた図を見ながら、どこに重きを置くべきか?優先度高くやっていくべきか?というのを整理していきます。

アナグラム

HARESは、これら全フェーズをお手伝いしているように見えますが…

nishimura

拡大思考ではないので、企業の課題に応じて完全オーダーメイドですよ。採用PRをお手伝いすることもあれば、退職者が多くバケツに穴があいている状態の企業に対して内部強化のお手伝いをするケースもある。今いる社員の活躍を高めるために複業解禁のアドバイスすることもありますよ。とはいえ、先ほどのファネルは循環していくものなので企業の課題によってお手伝いさせてもらうフェーズが異なるだけですね。

例えば、バケツに穴が空いている原因がパンドラの箱だったりする。対応策のひとつに、eNPS(「Employee Net Promoter Score」の略称)を取り入れてエンゲージメントを可視化しましょう!と提案したり、必要に応じて現場社員の方向けに講演することも稀にあります。ワークショップの開催もしますよ。

アナグラム

ワークショップの参加対象は人事や経営陣だけですか?

nishimura

全社員巻き込むようにしていますね。現場の社員自身が「どうやったら自分がエンゲージメント高く働けるか?」アイデアを出す。自分が働き方をデザインしている感覚が味わえるので、それ自体が実はeNPSを高めます。叶えられない意見もワークショップの場でマッピングして、実現コストの高い低い・理由を明記するので納得感は得られやすいし、不満を発散することで問題が自分ごと化できて前向きな考えに変わる。

アナグラム

「なんでも言っていいよ」と前提をすり合わせると意見が出やすくなりますしね。うわあ、これは価値があることだ。うちでもやります(笑)

nishimura

ワークショップの目的が「もっとみんなが働きやすくするため」「働きがいを持てるようにするため」なので、発端は不満だとしても「こうしたらもっと良くなる」とポジティブな意見に変わり、ネガティブな愚痴の言い合いになりにくい点が良いですね。

エンドユーザーにアンバサダーとなってもらい、企業の言葉ではなく消費者の言葉で商品を広めてもらうアンバサダーマーケティングと同じ分類だと思っていて、人事主導で社員をお客様側としてやらせるのではなく、一蓮托生で一緒に企画するところから巻き込むべきです。盛り上げてくれるガヤをどう作るか、これが肝ですね。弱みを自然に見せられて、他人の手を借りられる人事は強いと思います。

アナグラム

エンゲージメントを可視化して、ワークショップで現場の声を拾い、打ち手を試行錯誤していくと。かなり企業の根幹に関わっていきますよね。「組織のDNA、アイデンティティにも関わるからそこまでしてやってほしくない」と受け入れられない企業も出てきそうだなと思いました。

nishimura

おっしゃる通り、一定数はいらっしゃいますね。なんとなくうちの会社のエンゲージメント低いなと分かっているけれど、数字を突きつけられたくない。体重計に乗りたくない気持ちと近いですね。そういう場合は、お引き受けしないケースもあります。

戦略部分から入らせていただいて施策の一環でライティングまでお手伝いするのは問題ありませんが、リソースが足りないから手足としてライティングだけお願い!みたいなご依頼もお断りしています。とりあえず記事だ!Wantedlyだ!と視野が狭まって手段だけアウトソーシングしてしまうのはマーケティング思考からはかけ離れていますよね。俯瞰的に自社の採用戦略と照らし合わせていき、自社に必要だから〇〇をやる。この考え方を実装できてこそのHRマーケティングで、HARESはこの戦略部分をお手伝いしたいと考えています。

アナグラム

ちなみに、クライアントは大手からスタートアップまで幅広くお手伝いされていますか?

nishimura

従業員数10人~20人のシードやアーリーよりは、50人以上の企業が多いです。顧客のポートフォリオはけっこう幅広く、社長自ら採用を見ていて採用の重要性はわかるが手も頭も回らない企業へブレーンとして戦略からがっつり入り込むこともあれば、大手メーカーさん・不動産ディベロッパーのお手伝いまでさせていただいています。昔ながらの企業さまでも、代表が即断即決タイプであればうまくはまることが多いですね!

アナグラム

ある程度利益が上がっている状況でないと社長がHRへの投資判断が難しい。利益体質になっている会社やシードの時期を超えている、とかでないと中々難しいのかもしれないですね。

nishimura

そうですね、億単位の資金調達を経てある程度描けている拡大フェーズのスタートアップにもお声掛けはいただきます。野武士的にやってきた「みんな紹介して!声かけて!」採用に限界が訪れてブランド作りをしないといけないタイミングですね。HARESはセミナー登壇の名刺交換のタイミングやフォーム経由でお問い合わせをいただきますが、うれしいことに基本はご紹介が圧倒的に多いです。

HRマーケティング思考の先にある未来とは

アナグラム

冒頭のリクルートキャリア時代に話が戻りますが、企業が採用できなくなってきた原因ははなんでしょうか?

nishimura

非常にシンプルで市場原理ですね。IT人材を例に挙げると、そもそも採用ターゲットの母数が圧倒的に足りていないというファクトがあり、インターネット業界という狭い業界でも採用したい企業がたくさんいるのに加えて、インターネット業界以外でもIT人材のニーズが増えてきている。有効求人倍率は一時より落ち着いたものの高止まりしているため、自然と奪い合いにならざるを得ない。

もっと言うと、既になんらかの転職媒体やエージェントに登録して転職活動している『転職顕在層』を狙いにいくと、もう戦争で、ひどい話「めっちゃコミットするんで」とエージェントに強気の手数料を吹っかけられることも。

そうではなくて、まだ転職活動はしていないけれど今よりいい会社があれば転職するのはやぶさかじゃない、いわゆる『転職潜在層』に対してしっかりアプローチをして関係性を築いていく考え方が採用PRだし、転職潜在層の転職スイッチが入ったタイミングで第一想起してもらえるかどうかを狙うのがHRマーケティングの考え方ですよね。

さらに、優秀な人材は勉強会やSNS経由でトントン拍子に転職していってしまう。結果、待ちの採用だけしている企業は、採用の難易度が非常に高くなる。

アナグラム

無料勉強会やセミナーが実は採用目的・営業目的だとみんな暗黙の了解で気付いているからこそばゆさもありますが、アナグラムもセミナー経由で入社してくれた子が沢山います。自社に応募してくれる人の8~9割は日頃からブログを読んでくれていて、うれしいことに、転職したいなと思ったタイミングに第一想起してくれるみたいです。

nishimura

ブログを通じてナーチャリングされているんですね。オウンドメディアの発信は、記事1本あたりのバズよりも「会社のことをよく知れる」「役立つ」コンテンツの充実度を目指したほうがよい。結局は、採用ターゲットに対して価値ある、役に立つコンテンツをどれだけ実直に提供できるかが一番の近道ですよね。

アナグラム

HRマーケティングゼミに参加されるのは人事の方?人事以外の職種の方?

nishimura

ほとんど人事の方ですよ。熱量が高いメンバーが揃っていて、学んだことをどんどん実践していってくれています。ただ、人事の人たちだけが頑張っていてもだめで、経営陣も巻き込まなければいけない。経営陣向けのゼミやセミナーのような取り組みも同時並行で進めていきたいですね。経営陣も人事を理解しなければいけないし、人事も経営陣に寄り添わなければいけない。事業を経験・理解しないまま人事になるよりも、事業目線・経営目線両方がわかって対等に話せる人事は強いですよね。

現場から言われるがまま採用を行うのではなく、事業計画をもとに人員計画を考えていけるとさらに良いです。ファイナンス思考・マーケティング思考・テクノロジー思考、この3つが揃い、この組織にどう投資したらどこの数字がどう伸びていくのかBS・PLを見ながら議論できる人材が世の中に増えていくことがHARESの目標のひとつです。いい人事が増えれば会社もよくなるし、候補者さんも選択肢が広がって社員もエンゲージメントが上がり三方良し。みんな幸せになっていくとおもいます。

アナグラム

西村さんが掲げておられる『2030年までには、日本のエンゲージメントを世界ワースト10から世界ベスト10まで引き上げること』の一手ということですね。

nishimura

2030年は、ぼくの息子が22歳になって就職する年なんです。シンプルに言うと、今みたいな、100人に6人しか働くことを楽しめていない、過労死してしまうリスクがある世の中に送り出せないなと思っていて。息子が社会に出ていく年までに、日本のエンゲージメントを世界ワースト10から世界ベスト10まで引き上げて、楽しく働けることがしやすい環境にしていきたい思いが原動力ですね。

アナグラム

企業がよくなれば、働くことの選択肢がもっと広がりますよね。複業研究家としての活動も、2030年に向けたものですか?

nishimura

はい。自分自身を会社に見立てるアイカンパニーという考え方で、就業先の会社に自分を預けるのではなく、会社員として会社の言われるままに働くのではなく、働くことを自分でデザインしていく切っ掛けのひとつが複業だと考えています。

全員が複業をやるべきだとは思いませんが、誰に言われるのでもなく自分の意思でできるのが複業なので、やりたいこと見つかったとき当たり前に複業ができる世の中をつくっていくことが、結果的に自分の人生を自分でドライブしていく状態を作っていくことにつながっていく。

アナグラム

とはいえ個人が変わるだけでは限界がありますよね。

nishimura

会社という概念はどんどん溶けて、もっと出入りがしやすくなると思うものの、会社という仕組みは無くならなそうなので、社員のやりがいや働きがいと利益の追求は相反するものではなく車の両輪なんだという考え方を広めていきたいです。

人を駒として無機質に経営するのではなく、個の可能性を最大限引き出してエンパワーメントしていくことが企業にとって利益につながると経営陣や人事へ考え方を伝えること。これこそが、いきいき働ける人を増やすことにつながっていく。

複業解禁は目的じゃなくて手段のひとつに過ぎず、①複業解禁を通じて個を変えていく、②企業で自由度高く働けることで従業員の体験価値を高めていくこと、この2つを追求して2030年の目標につながるよう事業に取り組んでいきます。

アナグラム編集後記

働きやすい世の中を目指して、HRマーケティングの啓蒙とお金稼ぎ目的の『副業』ではない『複業』を提唱し続けている西村さん。

働き方改革が声高く叫ばれ、ここ数年で可処分時間が増え「この可処分時間をどう使うか?」と考えることができるフェーズになった今、自分の市場価値を高めて本業でもっとパフォーマンスを上げる『複業』の浸透によって、やりたいことをもっと自由にやれる環境が育つ。

今回はHRマーケティング思考の重要性と採用活動が今後どうあるべきか、企業寄りにフォーカスを当ててお話を伺いましたが、西村さんが掲げておられる『複業』解禁による個の考え方も非常に熱量高いものでした。

そんな西村さんは12月に書籍『複業の教科書』も出版され、noteTwitterでも活発に発信もしているため、ぜひご一読をお勧めします!

文:高梨和歌子
編集:阿部圭司/賀来重宏
写真:賀来重宏