コーヒーの文化や概念を変えていきたい!点と点を線で繋ぐ、すべては「おいしいコーヒーを広める」ために|スペシャルティコーヒー専門店LIGHT UP COFFEE・飲食スタートアップ株式会社WORC 代表取締役 川野優馬さん
大学生時代のロンドン留学でコーヒーに魅了され、株式会社リクルートホールディングスにてUXデザイナーとして勤めた後、独立しスペシャルティコーヒー専門店 LIGHT UP COFFEEを吉祥寺にオープン。その後、下北沢、京都、2019年12月に渋谷PARCOの屋上に4店舗目をオープンさせた傍ら、2019年10月1日コーヒーの日にスタートアップ、株式会社WORCを設立しておいしいコーヒーを広める川野さんにコーヒーの熱いお話と今後の展望を伺いました。
苦いだけだと思っていたコーヒーの概念を変えた、人生を変える衝撃の1杯
川野さんはLIGHT UP COFFEEの経営者でありバリスタという印象が強かったのですが、直近では新会社を設立するなど事業の幅がどんどん広がってきていますよね!まずは、川野さんご自身の今の業務内容をお伺いしたいです。
最初は個人事業主として、LIGHT UP COFFEEを2014年7月から経営、2016年からは法人化して吉祥寺、下北沢、京都とここ渋谷PARCO店を含めて計4店舗を運営しています。
※インタビューはLIGHT UP COFFEE SHIBUYA PARCOで行いました。
そして、2019年の10月に新しい会社「WORC」を創り、オフィス・法人向けのコーヒーデリバリーサービスを事業化し最近、資金調達をしたという状況です。
参照記事:コーヒーのスタートアップが福利厚生に参戦!株式会社WORCが3000万円の資金調達を実施し、オフィス向けコーヒーサービス「WORC」本格スタート
LIGHT UP COFFEE の仕事の範囲ですが、店舗経営から少し外れた部分でいうと、2019年12月に実施したベトナムのコーヒー農園ツアーや、2020年8月にはバリ島の農園ツアーなど世界中のコーヒー農園ツアーなども企画しています。あとは、ツアーでも行くベトナムのコーヒー農園では宿泊できるキャビンをベトナムの山の中に建てる仕事もありますね。
お仕事が多岐に渡りすぎていますね…!私自身、ベトナムのコーヒー農園ツアーに参加させて頂いたのですが、あの急こう配にキャビンを建てているとは…驚きです。
川野さんのもつそれほどのコーヒー愛のルーツはどこからきているのでしょうか。
photo:©川野優馬
FUGLEN TOKYOやONIBUS COFFEEがそれぞれ同じ位のタイミングにオープンした頃、カフェ巡り的なノリでコーヒーを飲みに行ったんです。その時、ONIBUS COFFEEで飲んだカプチーノにすごい衝撃を受けました。
今までただ苦いと思っていたコーヒーがすごくフルーティーでベリー系の味がする…!と感じた時は、かなりの衝撃でした。FUGLEN TOKYOで飲んだブラックコーヒーの味は一般的にイメージされるコーヒーの苦みの逆で、レモンティーっぽいって言うのが1番近い表現というくらい、2、3回飲んでいるうちにとても美味しく感じるようになってきました。
その経験から、自分で焙煎機を買って豆を挽いたり、実際にノルウェーにいって2ヶ月間ずっと現地のカフェを巡りコーヒーを飲みまわりました。
大学生時代に銀行に行き、借金をしてまで焙煎機を買ったお話は別の記事で拝見していて、いつ聞こうかと待ち構えていました。
いくら好きとは言え銀行に借金までして焙煎機を買う人ってどのくらいいるのかなと、すごく衝動的でした。
ノルウェーやロンドンでのカフェ巡りから日本に帰ってきて「おいしいコーヒーをもっと日本人に知ってもらいたい」と真っ先に思いました。
今でこそインフルエンサーのように個人で影響力を持つこともできたかもしれないけど、当時はYouTubeやSNSで発信してる人も多くなかったですし、そんな考えも浮かびませんでした。だからコーヒーの感動的な美味しさを伝えるにはどうしたら良いのかを考えた時に、まずはお店を作って勝負しようと思い、大学3年の時(2014年7月)にお店を始めましたね。
なるほど、「好き」に理由はないですよね。
もちろん、ただコーヒーの美味しさを広めたい願望だけではなくて、ちゃんと計算もしましたよ!
ぼく、3人家族なんですけど、毎日1人2杯のコーヒーを飲むんです。ぼくが1番コーヒーに熱中してる頃は、毎日両親にコーヒーをドリップして作ってたんですけど、合計で1日6杯分のコーヒー豆をコーヒー屋さんから買った時、何年続ければ生豆を買った場合と原価がトントンになるのかを考えました。
計算したら4年半ぐらいこの生活を続けた場合、コーヒー店で焙煎されたコーヒー豆を買うよりも、焙煎機を買って生豆を焙煎した方がお得になる計算だったので、そしたらもう「焙煎機を買うしかない!」って思ってそこからはすぐでしたね。
大学生の時のお話ですよね?まさに、理系の発想な気がします。
銀行にお金を借りに行く時に事業計画書みたいなのを出さないといけないんだよ?と風の噂で聞いたんですが、当時のぼくは「なにそれよくわからん」って思っていて、とりあえず言われるがままに書きました。そしたら、銀行の人も「これでいいよ」って(笑)「いいのかい!」って自分で突っ込んでしまうくらいのやりとりで無事、焙煎機の購入の資金を借りることができましたね。
そこからLIGHT UP COFFEEをオープンされるわけですが1店舗目は吉祥寺ですよね。なぜ、最初の店舗を吉祥寺に?
ぼくが立川出身ということもあり、西東京が純粋に好きなんです。加えて、都会の喧騒の中で飲むコーヒーだと、どこか心落ち着かないというか、せっかくのおいしいコーヒーも味が入ってこないだろうなと思って。どこか落ち着いた場所はないかなと吉祥寺を散歩していたら考えていたら、たまたまいい物件に巡り会えたのでそこに決めました。
photo:©川野優馬
吉祥寺の中でもあんなにいい立地で、お散歩の最中に偶然、物件を見つけて出店までできることってなかなかないと思うのですが…
店舗の空き状況は自分の足で歩いて見つけないと情報が表には出てこないんです。ぼくも最初は何も知らなくて、物件屋さんに行ったらこの辺の仕組みを教えてくれたので、そこから自分で物件屋さんを片っ端から訪ねては自分のメールアドレスとやりたい事を伝えて、条件が合ったら連絡をくれるよう歩き回りました。
でも、当たり前なんですけどいきなり1回、挨拶するぐらいでは連絡はくれるほど甘くはない。だから、2、3回物件のオーナーとところに通い詰めてやっと話を聞いてくれるようになり、物件が空いたら電話をくださいという交渉をするんです。それで、実際に電話をもらって店舗に行ったんですけど、残念ながらもう先約の申し込みが入ってたんです。先約の人が審査で通らなかったら自分に申し込みの機会が回ってくるけど、先に申し込んでた人はすでに6、7店舗展開している人だったので普通に考えて審査の機会は自分に回ってこない。
その話を聞いた時に、正直くじけそうだったんですけどなんとかしたくて「こういう想いで世界を変えるために、コーヒー屋さんをやりたいんです」というぼくの想いをしたためた手紙を書いてオーナーに渡したんです。そしたら、オーナーさんがその手紙を見て応援したいと言ってくれて、ぼくの申し込み以外に入っていた物件の予約申し込みを全部スキップしてぼくに決めてくれました。
そのような方法があるとは…。
吉祥寺以外の店舗は全て正攻法で契約していますよ。吉祥寺の店舗の時はマーガレットハウエルや、はらドーナツなどが入っているとてもいい場所を貸してもらえて嬉しかったんですが、同時に他の人に本当に申し訳ないなと思ったので。
「口コミ」の濃度はサービスの質に比例する
LIGHT UP COFFEEの集客周りのマーケティングはどうされているのですか?
LIGHT UP COFFEEへの販売チャネルは2つで、1つがウェブショップともう1つがリアル店舗への来店です。最初は店舗集客に力を入れてましたが、最近はウェブに力を入れています。創業当時から今までを振り返ると、集客では結局、口コミとお客さんが何を目的に店舗に来てくれているのかを理解するが大事だなと思っています。
LIGHT UP COFFEE の場合、来店の目的はコーヒーを飲みにくるのとコーヒー豆を買うことの2つあります。コーヒー豆は1袋で大体コーヒーカップ10杯分くらい飲めるんですけど、その10杯分がお客さんとの接点にもなるので、1回店舗に来店してもらうのと比較するとお客さんとの接点が明らかに長いし、この体験ってとても濃度が高いのでリピートにも繋がりやすいんです。だから、どうやったらコーヒー豆を買ってくれるようになるのかをずっと考えていますね。
例えば、店舗でラテを頼んだ人にブラックコーヒーの試飲と一緒にレシピカードを渡して、「レシピに書いてあるこの数字通りに入れればこのコーヒーが簡単に作れるんですよ」とコミュニケーションをとるんです。そうすると、今まで家でコーヒー豆からコーヒーを淹れてなかったお客さんも興味をもってコーヒー豆を買ってくれるようになって、コーヒー豆目的で店舗へのリピート来店につながる仕組みができました。
ということは来店するお客さんは、コーヒー豆を買いに来る人が多いんですか?
もちろんカフェなのでコーヒーだけ飲むだけの人もたくさんいますよ。その中でも、うちの店舗はコーヒー豆を買う方が多いお店だと思います。
LIGHT UP COFFEEをきっかけに家でもコーヒーをドリップで淹れてみようと思ってくれた人も多いと思います。そういうきっかけ作りを店舗では工夫していて、1番良かったのが飲み比べのセットの販売を始めたことです。3種類のブラックコーヒーを合わせて1杯分ぐらいの量で用意してそれぞれのカップに豆カードを添えて、価格もお手頃な680円に設定をしました。
飲み比べセットの何が良かったのかというと、コーヒーの味が豆によって全然違うことに気づいてもらえるのと、お客さんの好きな味が見つかるんです。そして、好きなものが見つかると人って、行動したくなるんですよね。それが家でコーヒーを淹れてみようという行動変容に繋がっているんです。
photo:©川野優馬
店舗を4店舗も経営されているのは本当にすごいことですよね。店舗数を増やしている理由も伺いたいです^^
未だに店舗経営は大変ですよ。固定費の鬼なんで(笑)当時、店舗を増やしていたのは純粋に「おいしいコーヒーを日本の人に知ってもらう」という気持ちだけで、そのための手段の1つとして3店舗目までは考えていました。
2店舗目を吉祥寺以外の地方にも展開しようとしていたら、知り合いの経営者の人にはドミナント戦略で出店地域を絞ったほうがいいよって散々言われていたんですけど、若気の至りなのかそのアドバイスを無視して京都に出店しました。
その経営者のおっしゃる通り、飲食店舗の展開はデリバリー、マネジメントの観点からある程度地域を集中して出すのが定石な気がしますね。
そうなんです、やはり正解はドミナントでした(笑)京都への出店時は本当に苦労したので。でも、結果的には京都の店舗は出店して良かったと思っています。京都に出店したことで関西地方の方からのウェブ経由の売り上げが明らかに増えました。
京都観光で店舗を起点にLIGHT UP COFFEEを知ってもらうきっかけになっていて、京都から帰った後に気に入ったコーヒー豆をウェブで買ってみようという人が増えた結果だと思っています。だから京都店は他の店舗と違って、試飲して気に入ってくれたらウェブでの購入に繋がる仕組みになっているので、コーヒー豆を売る場所というよりは、試飲の場所なんです。
同じ店舗経営でも各店舗における役割が異なるのは面白いですね!
価値に対して正当な対価を支払うサスティナブルな仕組みづくりを
川野さんは「おいしいコーヒーを日本の人に知ってもらう」というビジョンに向けて様々な方向性からアプローチされていますね!
世界中のコーヒー生産者を救いたいんです。その為に、「世界中のすべてのコーヒー豆の流通をIT化する」ことがぼくの目標です。
コーヒーで有名なケニアでもここ10年でコーヒー農家の数が半分になって、ぼくが毎年行くインドネシアでもコーヒー農家がみかん農園などの果樹園や他の作物の生産に変わっています。
何故かというとコーヒー豆って作るのがめちゃくちゃ大変なんです。収穫した後に精製という皮をむいて種を取り出してから、洗って乾かす作業があり、その精製された豆は次に発酵させるんですけど、プロセスが多くて時間もかかるので本当に大変なんですよ。
1つ1つの作業をおろそかにするとおいしい豆は出来ないし、美味しくならないと価値が上がらず負のサイクルに陥りやすい。それにもかかわらず、これらの作業期間は2ヶ月以上もかかるんです。
私も数日のファームステイで体験しただけですが、それでもかなりの重労働でした。コーヒー豆の品質を落としたらそれまでの数か月が無駄になってしまうとなると、1つ1つの作業にもかなり神経を使わなければいけない繊細な仕事ですよね。
おっしゃる通り。コーヒー豆という1つのプロダクトに1年単位で時間をかけないといけないので農家としては割に合わないんですよ。そんな大変なことをする位であれば、売るまでの工程がコーヒー豆より少ない、摘んで出荷するだけのみかん農園とかに変わっていく理屈も理解できるんです。
ただ、せっかく素晴らしい体験を生む位おいしいコーヒー豆を作っているにもかかわらず、それに見合った賃金がもらえないという理由でコーヒー農園を辞めてしまうがすごく悲しくて。その状況を打破するためには、単純にコーヒー豆を高い値段で買うことなんですけど、ただなんでも高く買えば良いわけではない。
フェアトレードとして売られている商品も、「ただ頑張ってるから」「ただ貧しいから」と高い値段で買うだけになってしまうと市場経済的に破綻してまうんです。「価値があるから」高い値段で買う、という市場原理にそぐわないと今度は買った側が辛くなって継続が難しい。
つまり、フェアトレードの認証マークをつけること自体を価値として売るのではなく、「おいしいから」という価値提供を基にした最高の体験に対してきちんと対価を払う仕組みでなければならないんですよ。
ぼくが今やってるシングルオリジンがまさにその思想からきたものです。通常であれば農協のような機関にコーヒー豆がまとめられて各農家で収穫したコーヒー豆が全部混ぜられて売られるのが基本的なコーヒーの流通なんです。
そうなると、農家の気持ちとしてはどれだけ労力を注ぎ込んで美味しく作ったコーヒー豆でも他の豆を混ぜられてしまうと味が分からなくなるし、品質も落ちるので手を抜き始めてしまうんです。その結果、クオリティーが下がった豆は安く買い叩かれるので、農家へ入る収入も減ってしまう負の仕組みなんです。いわゆる負の連鎖ですね。
ぼくはそれをどうにか打破したくて、収穫するコーヒー豆の量は限られてしまうのですが他の豆とは混ぜずに、スモールロットで農協を挟まずに直接農家から買っています。それだけでも農家としては「シングルオリジンで売れるのだったら!」と言ってすごい頑張って作ってくれるんです。買う側のぼくらも、おいしいコーヒー豆を直接農家さんから高い値段で買うことができるので、農家さんも労力に見合った収入を得ることが出来ます。そして、そのコーヒー豆にファンがついてどんどん売れれば三方よしですよね。
ただ高い値段で買うのではなく、いいものにちゃんとした価値を付け、その結果しっかりとファンが増えていけば需要と供給の原理だと価格を更に上げていくことができますよね。まさにサスティナブルな仕組みの1つですね!
はい!ただ、今の仕組みをもっと農家さん主体で動けるようになると世界がより良くなるのではないかと考えています。農家さん自身でしっかり自分の作ったコーヒー豆に価値をつけて売ることができないと、結局は農協頼りになってしまい、本質的な解決には繋がらないんですよね。
どうしても物理的に閉鎖された山奥でコーヒー豆を収穫している農家の人たちは、例えばこだわりの強いブルーボトルコーヒーに自らで作ったコーヒー豆を売っていく、という発想にたどり着かないんです。市場で何が求められているのかという基準を知らずに、ただ言われたまま支給された苗を育てて収穫した豆を近くの農協に売るだけでは結局、負の連鎖からは逃れられないんです。
だから、最終的に目指すところとしてBtoC、BtoB、どちらでも買い手と作り手が直接つながるオープンなプラットフォームを作りたいと思っています。そうすることで、価値もクリアにつくし、流通も目に見えるようになります。その中でも、課題はリテール側の価値の工夫というか、ストーリーはあるけどストーリーを価値としてどのように伝えるのかまでできているところが少ないので、そこを今どういう仕組みにすればよいのか模索してる状況です。
お話の中で”貴重”とか”レア”ということへの付加価値があまり好きではないとおっしゃってましたが、Mr. CHEESECAKE 田村さんもインタビュー時に同じような文脈を話されていたのがとても印象に残っています。
ぼくの場合は、”貴重”とか”レア”って本質的な価値ではないと思ってるんですよ。「いいものだからすごく少ないんです」というロジックなら価値があると思うんですけど、ただ少ないから価値があるっていうのは何でいいのかがよくわからない。
コーヒー豆って何年か前からバブルでどんどん価格って上がってきてるじゃないですか?知り合いのコーヒーショップでもいい豆が高すぎるっていうのをぼやいていたのですが、今も続いてるんですか?
続いてますね。コーヒーの生産者にとってはいいことだと思ってて、高すぎるというのを悲鳴として捉えずにむしろ経済が循環してると捉えて、今後はどのように価値上げていくのかを工夫しないといけないフェーズなのかなと思っています。
そもそも、なんで価格が上がっているかというと需要と供給の単純なバランスの問題なんです。今まで話してきた通り、コーヒーの農園が減少しているので供給側が減ってる一方で、需要側は増えてるんです。だから、この流れは当然だし、10~20年後にはすごいおいしいコーヒーはヴィンテージワインみたいに1杯数千円で販売されていても不思議ではないですね。
それくらい生産者が少なくなっているということなんですね。
悲しいですが、事実ですね。
その中でも、パナマのエスメラルダ農園というブランド農園みたいなのが出てきていて、通常のコーヒーの生豆は1キロ10,000円位なんですけど、エスメラルダ農園の生豆はオークションにかけて価格を決めるんです。オークションロットのトップだと1キロ50,000円で落札されているんですね。通常の5倍ですよ!だから、農園もめっちゃリッチなんです(笑)みんなイケてるバイクに乗ってたりします。
そういう農園があることで、他の農園の憧れにもなるし、今後も第二、第三のエスメラルダ農園が出てくる可能性があるってことですよね。
良いモデルではありますね。これ以上農園を減らさないためにはコーヒー農家が儲かるというイメージが必要だと思います。
コーヒーのマーケットも海外のワインと同じような流れで今、すごい高くなってきてますよね。しかもマーケットがグローバルなので日本語圏と比較すると、英語圏であればマーケットも一気に10倍の人口になるのはやっぱり強いですよね。
コーヒーのマーケットもグローバルなので価格も変わりやすいんです。ただ、難しいところがワインや日本酒にも共通しているのですが、結局はコーヒーも嗜好品なんです。「わかる人にはわかる」という雰囲気がマーケットが広がらない要因にもなっている。
最近のワイン業界だと、「ナチュラルワイン」という動きがあって全てぶどう由来の素材の自然のつくり方で作っていて、作ったワインはヴィンテージで寝かせずにすぐに出荷するので生産側は在庫を抱えないで済む。一方で消費者側も「なんか美味しい」と気軽にワインが飲めるので両者にとってWin-winな関係を作れているんです。
「なんかよくわかんないけど気軽にワインが飲めるようになった」のがある意味ナチュラルワインが作った文化だと思っていて、コーヒーもそういう文化にしたいんですよね。こだわっているけど、こだわりを押し付けない間で頑張るのがマーケティングなのかなとぼくは考えています。
こだわりを押し付けないって素敵な表現ですね。カフェなど実店舗を含めBtoC側と流通などのBtoB側、それぞれの問題意識は持ちつつも、その境界線を跨いで一気通貫で行動されている人は少ないのかなという印象を受けます。
ぼくの場合も最初は店舗から始まっています。ただ、1週間の時間軸で考えたときにカフェに人が来るのはだいたい土日の2日だけなんですよね。それ以外の5日間は働いていてカフェにはなかなか来れません。
例えば、ぼくが勤めていたリクルートは40階の大きなビルに会社が入っていたので、ちょっと外に出ようと思っても往復15分はかかっていて正直、外に出るのもめんどくさい。そうなると、実店舗のカフェという形態だけでは、平日働いてる人にはコーヒーを届けられないんです。
しかし、日本においてはその人たちが1番のボリューム層なんですよね。だから、週の5日間は逆に、こちらからにコーヒーを持って行けばいいんだ、という発想になってそれが今やってるWORCという次のステップに繋がっています。
わかります。弊社のオフィスは2階なんですけどそれでもわざわざコーヒーを買いに行くのが億劫なので結局、缶コーヒーを飲んでしまいますもん。
やっぱりそういう方が多いと思うんです。土日のカフェと平日のオフィス内のコーヒーの消費を網羅することができれば、ぼくたちの中である程度コーヒーの流通網を作ったと言えると思っているので、生産側へのアプローチはその後のステップとして考えています。どうやっていくかはまだ構想中の段階ですけど。
コーヒーの文化や概念を変えていきたい
WORCのお話が出てきたので、コーヒーデリバリー事業についてもお伺いしたいです。
最初はマシンをオフィスにレンタルしていただいて、コーヒー豆を定期的にお送りし、ご自身でコーヒーを淹れてもらうやり方で試していたんですけど、その方法だと結局コーヒーがよほど好きな人じゃないとマシンを触らないということがわかりました。
そういうことなら、他の会社が真似もしたくないような方法なんですけど、最善の方法で我々がドリップしたコーヒーをポットに入れて持っていく今のカタチに変えました。ポットのコーヒーでも、お店で飲むような1番おいしい状態が1日続くように工夫して届けています。
よく投資家さんに「競合にサービスを真似されたときにどうするんですか」と聞かれるんですけどそこは冷静に「本当にこれ真似したいですか?」って反論すると投資家さんも「確かになあ」と納得してくれるやり取りが何回かありました(笑)
コーヒーを淹れるところから配送まで全てWORCでやられているんですか?
配送はすべて外注してます。配送したポットの回収は基本的には前日の空きのポットと新しいポットを1日1回入れ替えています。1つのポットで2.4リットル入るので15杯分ぐらい入るのが1番ミニマムのプランです。多くご契約いただいているプランだと30杯入るポットや2つポットを用意したりしています。
WORC公式サイト:https://lightupcoffee.com/worc/
弊社でも最近WORCコーヒーを福利厚生として導入させて頂いたのですが、コーヒーマシンを触らないメンバーがこぞってWORCコーヒーを飲むようになり、毎朝配達していただいたコーヒーを昼過ぎには飲み切ってしまうくらいの大繫盛です。
ありがとうございます!そう言ってくれると嬉しいです!
最近WORCのマーケティングも考えていて、WORCのコーヒーカップを持ってIT企業で仕事しているのが「イケている働き方」みたいなイメージ作りができると面白いなと思っています。例えるならエンジニアにとってのアーロンチェアのような。
WORCのコーヒーデリバリーサービスは「おいしいコーヒーがあるからオフィスで働く」を実現できると思っていて、ある意味企業の採用予算に近いのかなと思っています。WORCを導入することで、その企業のブランドづくりの一貫としてアプローチしていきたいと思っていて、今はそのためのWORCのブランドイメージを磨いている最中です。
文化というか、自然にそうなってしまっている習慣を覆すってことですかね。
そうなんです。ぼくたちは三段目理論と呼んでいるんですけど、ぼくがいまコーヒーに熱中しているのも、最初はONIBUS COFFEEのラテに衝撃を受けてフルーティーなコーヒーに興味をもった階段の一段目があって、そこから自分でドリップするようになって二段目に登り、シングルオリジンの味が分かるようになって三段目に上ってきているんです。
だから、三段目の目線からコーヒーを広めようとすると、ほとんどの人がまだ一段目にいるので全然伝わらない。だから、階段を降りて「これ甘い香りがしますよ」とか「いつもとなんか違う」というように雰囲気で伝えていけないのかなと思っていて、どうにかして自分が階段を降りようと頑張っているところです。
コーヒーの文化や概念を創っているわけですね。なんだかスタートアップっぽくっていいですね!
こだわりを押し付けるのではなく、あくまでも選択の1つとして
日本人はどちらかというと職人気質で、お店によってはおいしい1杯のコーヒーを作ることをミッションに掲げているお店も多く、そういう事は餅は餅屋ではないですがお任せして、ぼくらはあえてやらなくてもいいことだと思うんです。
どちらかというとぼくらは、こだわりを押し付けるわけではなく、あくまでも選択肢の1つとしてコンビニのコーヒーの日もあれば、缶コーヒーを飲む日があってもいいんです。日々の選択肢の中にWORCのコーヒーが入ってくると嬉しいなと思っています。
なるほど。国内外問わず様々な場所でコーヒーの飲み比べをされている川野さんが、印象に残っているコーヒーショップはありますか?
海外だとメルボルンに「Patricia Coffee Brewers(パトリシア・コーヒー・ブリュワーズ)」というコーヒーショップがあります。ここが凄いんですよ。
前提条件として、メルボルンは食文化が発達していて外食文化なんです。だから、どこのお店がおいしいのかも地元の人はすごく気にしていて、グルメな人が多い地域なんです。
食文化に加えて、働き方が日本と比べるとカジュアルでフレックスなのもメルボルンの特徴で、出社前に友達と1杯飲んで、オフィス行く前に2杯目のコーヒーを持っていく光景を朝・昼・夕方のどの時間も見かけるんです。だから平日でもビジネスマンがコーヒーショップにいるのが日本との違いの1つでした。
コーヒースタンドでは1日100杯売れたらすごいって言われている中、Patricia Coffee Brewersのスタンドでは毎日1000杯のコーヒーが売れるんです!!
世界中のバリスタがメルボルンのコーヒー屋さんに感銘を受けることも多くて、メルボルンのようなコーヒースタンドを作る!と志す方が多いんですが、そもそもこの数字が達成されている背景には、メルボルンの働き方の柔軟性や発達した食文化があってこそなんですよね。仮に、日本でメルボルンのようなコーヒースタンドを作るとしても、日本ではそもそもの文化、特に働き方やライフスタイルが違うのが変数としてはとても大きいのでメルボルンと同じようにはいかないことが多いんです。
スターバックスもイタリアやオーストラリアでは店舗展開が難しいと言われており、既に撤退してしまっている国も多いのですが、やはり食文化の違いが大きそうですね。
おっしゃる通りで、それで言うと、北欧も難しいと思いますね。なぜなら、「コーヒーとはこういうものである」という概念ができてしまっていて、それが強すぎるんですよね。文化というか、もはや歴史と言っても過言ではないと思います。
先ほどのメルボルンのコーヒースタンドの例のように、コーヒーもその国の文化に合わせた形態をとらないと広まらないということかと思いますが、川野さんの中で日本でコーヒーを広める場合は、WORCのようなオフィスへのコーヒーデリバリーというカタチになったということですね。
そうです。ぼくも最初はメルボルンのコーヒースタンドに憧れて日本のビジネス街にコーヒースタンドを作ろうと思いました。でも、「なぜ、メルボルンのコーヒーショップは1日に1,000杯のコーヒーが売れるのか」を要素分解した時に、ビジネス街にあるからでもなく、気軽に入りやすいスタンドだからというわけでもなく、味がおいしいからでもなく、働く人が飲むからだという答えに気づいたんです。
だから、日本で働く人に飲んでもらうにはどうしたらいいかと考えて、オフィスの中に持ってくしかないと思ってこの事業を作りました。
これが、コーヒースタンドを作るという結果になっていたら多分、今のようにうまく事業としては回ってなかったんじゃないかなと思います。だから、日本風にアレンジしてWORCというコーヒーデリバリーのサービスにしたというよりは、その事象のコアな部分はなんなのかを考えて今に至っているんです。
この考えに至るまで、正直な話3年間ぐらい悶々と一人で考えていて。その間に何度かPatricia Coffee Brewersに通ったんですが、行く度に毎回感動するんですよ。SNSもしないし、HPもただのロゴだけのページしかないのに、ずっとコーヒーは売れ続けていてお店に人もたくさんいる。営業時間も午後4時頃には閉まってしまうし、土日は休業という超健康的でえげつないコーヒースタンドなんです。
そのカフェで働いてる人たちも健康そうですよね。
はい!Patricia Coffee Brewersのすごいところは他にもあって、1日1,000杯売るための工夫として内部ではオートメーション化してるところが多いんです。
例えば、ミルクが出てくるジャグとか、エスプレッソを作るときにコーヒーの粉を固めるタンピングって言う作業があるんですけど、それはすべて機械で自動化されているんです。杯数を出すには当たり前のオートメーション化なんですけど、普通の発想だとオートメーション化の次は人件費削減になりませんか?でも、Patricia Coffee Brewersは逆に人を増やすんです。
抽出がオートメーション化することで余った人手は、サービスの方に配置されるのでその結果、店内の体験がめちゃくちゃ良くなるんです。アメリカとかだと1人とか無人店舗とかになるお店が多いんですが、そうなるとシンプルに店舗での体験の質が落ちてしまい、リピートに繋がりにくくなり、人が来なくなってしまうこともあります。
Patricia Coffee Brewersはメルボルンに1店舗しかないのですか?こんなに人気のお店なら多店舗展開をしていると思ったんですが。
そもそも、広げようとしていないんです。
本当にPatricia Coffee Brewersのコーヒーはめちゃめちゃおいしくて、メルボルンでも色んなカフェを巡ったんですが、注文して3秒で出てくるPatricia Coffee Brewersのポットから出てくるコーヒーが1番おいしかった。
加えて、お客さんの回転率が高い分、店舗側でトライアンドエラーできる数も多くなる、つまり試行錯誤できる回数が圧倒的に違うから、おいしいコーヒーを入れるアプローチの技術が他のカフェと比べてもまるで違うんです。
ポットから出てきたコーヒーがおいしいというイメージが湧かないですけどね。
でも事実、溜めて置いてあるポットに入っているコーヒーが1番おいしかった。しかも、いつ行ってもおいしいんです。
本気で世界のコーヒーの流通を変えるために
WORCの経営面ではどなたか外部でアドバイザーの方が入っていたりするのでしょうか。
今までは、1人で悶々と考えていたこともあり、もう1つ法人を作るときには、絶対エクイティファイナンスしようと考えていました。そのため、今回投資家さんを入れた意図は、資金面と言うよりは外に向いたオープンな経営をしたかったからです。
もう1つの理由は、利益が出てお金をいただけるということ自体、社会に「なにかしらの価値」を提供できているという現れだと思っていて、今の売り上げから倍々で爆発的に伸びていかないとぼくが死ぬまでに世界の流通は変えられないと本気で思っています。
カフェをやってるだけでは毎回10%~30%売上を伸ばす目標でじわじわ伸ばしていくビジネスモデルなので「このままでは、一生ぼくのビジョンは叶えることはできない」と気づき、別のビジネスモデルを作らないといけないと思ってWORCを始めました。
大体のカフェでコーヒーを頼む場合、1杯500円前後で売られてますがコーヒーの人件費を考えると、あの価格の内訳は豆の原価が約20~30円くらいで、ほとんどが人件費なんです。コーヒー1杯のオーダーもらって豆挽いて、測ってお湯かけてドリップする5~10分の間に1番お金がかかっていて、そのコストを削ることができれば良い豆のおいしいコーヒーでも安く提供できるようになる。そこから、導入社数を掛け算で増やしていければ、一気にスケールするなぁと思っているのですが、そもそも飲食でスタートアップをしたモデルケースもほとんどなければ、スケールした事例もないので、飲食でスタートアップをすること自体難しいんですけどね。
実際に投資家さんと出会い、外から意見を取り入れられるようになってから何か大きく変化はありましたか。
良かったことばかりですね。今までの自分の経営スタイルとも全然違いますし、何より気持ちが安定する。困った時には一緒に手を動かして動いてくれる投資家さんなので、営業も一緒にやってくれてとても良いです!
カフェだけを経営している時に1人でどうやったらコーヒーの良さを伝えられるかなぁと一人でモヤモヤ考えていた時期に、キャッシュフローも厳しくなる1番苦しい時期があったんですがその当時は、おいしさを伝えるにしても伝えるところが増えないしと悶々と一人で考えていたので、今やっとそこを打破できそうな光が見えてきてるような感じです。
オフィスにコーヒーを届けるというのも、今ぼくの中ではすべての点と点がつながるイメージがあるのでそこから景色がガラッと変わる気しますね。悩んだりいっぱい色々な経験が積み重なった結果かと。
資金調達をして、これからやるぞ!となっている今の感じがなんというか…これからの道筋が見えている感じがして羨ましいです。
今、完全に見えてますね。スーパークリアに見えてます!
これからも毎日のコーヒーしかり、事業展開を楽しみにしています!
毎日コーヒーを3杯以上は飲むほど私自身コーヒー好きだったものの、こだわろうと思うとどこまでもこだわることができるコーヒー。それゆえ、上には上がいると思うと気軽に「コーヒー好き」と名乗るのがおこがましいと感じていた中、「なんとなく、美味しいで楽しむのでいいんです」とおっしゃてくれた川野さんとの最初の会話がとても印象的でした。
学生時代は金属の素材や日本刀の波紋を見るのが好きで、鉄などのザラザラしている手触りが好きな変態だったとご自身を称されていたり、LIGHT UP COFFEEのフェニックスのロゴはもしかしたら“チョウチンアンコウ”のモチーフになっていたかもしれなかったなど記事には書ききれなかった小ネタもありつつ、川野さんご自身の「好き」への半端ない探求心は実際にお話を伺う側が圧倒されるほどの熱量と輝きを感じました。
川野さん自身、コーヒーの深い知識を持っているのは明々白々にもかかわらず、それを決してひけらかすことはせず、取材時に作って頂いたラテアートや企画されたコーヒー農園ツアーの1つ1つを通じて川野さんご自身のコーヒーへの愛とシンプルに良いと思うものを世の中に広めたいと信じて進む真っ直ぐさ。そして、コーヒーのお話をわくわくしながら通常の会話の1.5倍速で話される川野さんの取材時の臨場感を余すことなく伝えることができていると嬉しいです。
文:杉山美和
編集:阿部圭司/齋藤彩可
写真:齋藤彩可/川野優馬さん