「ゴーストレストラン」という言葉を聞いたことがありますでしょうか?
座席を設けずにキッチンのみを有し、デリバリーやテイクアウト中心で料理を提供する、新しい飲食店の形として注目を集めている業態です。この業態で売上を大きく伸ばしているのが、2020年6月に中目黒から西麻布へ拠点を移し、キッチンを新設した『ゴーストキッチンズ』。今回は運営元の株式会社ゴーストレストラン研究所代表吉見悠紀さんに、今後食の業界がどのように変わっていくのか、その中でどのような戦略でスケールしていくのか、お話を伺いました。
食産業で働く方たちのために、構造から変えていきたい
吉見さんはいまゴーストレストラン研究所という食のデジタルマーケティング企業を経営されていますが、元々は広告代理店にいらっしゃったとか。
約3年半ほど広告代理店で営業をやっていました。当時は「広告代理店ってなんかカッコいい響きだなぁ…!」というくらい楽観的な考えで、将来まさか食の業界に関わることになるなんて想像もしていませんでした。
代理店に勤めている頃から、日本とアジアをつなぐ何かをしたいという漠然とした野望はありました。そこで何も決まってない状態でとりあえず広告代理店を辞め、まずは現地に行ってみようとマレーシア、シンガポール、インドネシアを回り、そこで始めたのが食材の輸出業だったんですよね。
てっきり食への強いこだわりがあってスタートされたのかと思ってましたが違ったのですね。日本とアジアをつなぐ何かをやりたいと思ったのはなぜなのでしょうか?
大学生時代にバックパッカーで旅をしていて、日本のモノってめちゃくちゃいいのに、まだまだ海外に商圏を広げられてないなと思ったんです。ビジネスを考えるときによくヒト、モノ、カネ、情報の流れを見ますよね。当時はLCCが流行り始めたころでヒトの流れはあり、インターネットで情報の流れもあった。当然モノやカネも流れはじめアジア諸国が商圏になっていると当たり前のように思ってたんですけど、実際はそうなっていなかった。そこに、ビジネスチャンスを感じAKINDO(アキンド)という会社を設立しました。
何も考えてなかったとおっしゃってましたが、めちゃくちゃ考えてるじゃないですか……。
でも、輸出業は3年ほどで辞めてしまいました。その後帰国して農家さんを回ってみたり、あるシェフと一緒に地方創生プロジェクトをやったり、某高級ブランドのイベントに関わったり、ニューヨークやハワイの飲食店の立ち上げも手伝うなど3年くらいは楽しくやってたんです。
でも完全にぼくのマンパワーだったので、このままだと事業としてはスケールしないなぁと。サポート側ではなく、もう一度自分で事業を立ち上げようと思い設立したのが今のゴーストレストラン研究所です。
物流、生産者、飲食店など上流から下流まで、さらに海外含め一通りを見ていく中で、今後日本もデリバリーの需要があるぞ!と気づいたのでしょうか?
もちろんデリバリーの需要が来るとは思ってましたが、どこかで目にした業態をそのまま日本で展開しようとして始めたわけではないです。むしろ知らなかったんですよ。自分の構想している事業イメージをカタチにする過程で色々調べていったら、海外ではゴーストレストランというらしいぞ!みたいな。
そして、食産業に関わる中で明確に解決したい課題も見えてきました。食産業で働いている人の多くはお客様の笑顔を見たいという純粋な気持ちで食事を提供しているんです。一方、経済状況が決して良くはないことにずっと違和感を感じていました。
世界基準でも日本の外食産業って圧倒的にクオリティが高いし、ぼくは世界一だと思っています。今後、日本が観光立国を目指すにあたって『食』はめちゃくちゃ強いコンテンツなのに、そこを支える方々の労働環境がよくないのは構造としておかしいんじゃないかと。
労働環境を改善するには、前提を疑って構造そのものを変えていかなければいけないと思ったのですね。
そうです。食産業だけじゃなく、いろんな産業が DX化で改善していく時代でもあるので、ぼくができることとDX化を掛け合わせた時にこの形だと。従来のビジネスモデルのままでやっても大きく労働環境を改善することは難しいと思ったので、構造そのものを変えることで課題解決に近づいていきたいと思っています。
かといって、ゴーストキッチンズがめちゃくちゃDXされているかと言うとまだまだですが。これからはエンジニアのメンバーも採用して、より『食のデジタルマーケティング』を進めていくつもりです。
日常食をアップデートし、多くの人を豊かに
ゴーストレストラン研究所の掲げる『日常食のアップデート』にはどういう想いが込められているのでしょうか?
『日常食のアップデート』の意味は逆説的です。この業態で事業を始めるにあたり、お客様に一番提供できる価値ってなんだろう考えた時に日常食だったんですよね。
『食』は文化的と動物的の2つに分けられると思っています。例えばレストランでシェフが作ってくれるのが文化的な食事で、料理だけじゃなくてその場の空間や雰囲気も大切ですよね。一方、お昼にお腹が空いたから何か食べなきゃと思って食べるのが動物的な食事。本能に近いです。
デリバリーでは、文化的な食事のように空間を演出することは難しい一方、いつでもどこでも届けられるというメリットがある。つまり、フードデリバリーにおいてお客様に提供できる価値こそが日常食であり、そこをアップデートすることに価値があるよねと。
なるほど。日常食を提供する中で、お客様にどう感じてほしいとか、こうなってほしいという想いはありますか?
お客様がデリバリーを頼むことで楽をできたらいいなと思いますね。料理をしたい方もいれば、料理をしたくないのにしなきゃいけない方もいるわけで。後者の方々を料理から解放してあげたいんです。
任せられるところは任せてもらって、余った時間を自分のやりたいことに使えるほうがみんな幸せじゃないですか。勉強をする時間にあてたり、家族と過ごしたり、ゴロゴロしながら自分の好きなNetflixを観ててもいいと思います。その方がその人の人生は豊かになるし、ストレスが減って結果的に家庭が円満になるかもしれないですよね。
そんな素敵な想いがあったのですね…!
あえてマーケティングはしない。ニッチを狙って日常食をアップデート
店舗運営や従業員に対するマネジメントで意識してることはありますか?
自分でも働きやすい、楽しく働ける環境にしようと思っています。例えば、ゴーストレストランってキッチンさえあれば、窓がない地下だとしてもビジネス上まったく問題はないんです。むしろその方が家賃は安くなる。でも、なんとなく地下って薄暗くて気持ちも落ち込むなと思ったので、うちは窓があって開放的なところを借りようと。
あとは、ぼくが一日の仕事が終わった時に油でベトベトになってるのが嫌だなと思ったので、ゴーストレストランのメニューには揚げ物がありません。ある程度、ぼくが嫌だと思うことは従業員も同じ気持ちだと思うので、それをなくすような環境づくりは意識してますね。
調理をされる方々にとっては、楽しく気持ちよく働ける環境というのはすごく大事ですよね。今は14店舗を運営されていると思うのですが、その開発はどのように行っているのですか?
商品開発はチームで話し合って決めています。食の世界って従来は料理人が1から10まで、まな板の上で決めるような形が主流だったのですが、それはやらないようにしてますね。料理のバラエティが必要なビジネスでもありますし、1人のシェフに開発を任せてしまうと、その人の経験値に依存してしまい、バリエーションが狭まってしまうリスクがある。
だから、ぼくがこんなメニューもいいよねと提案することもありますし、物流業界出身のメンバーが持ってきた食材からアプローチすることもあります。他にもカメラマン、デザイナー、データ分析をするメンバーも入ったので、彼らからの意見をメニューに反映することもありますね。それら1つ1つのピースを組み立ててメニュー開発をしています。
今でこそ少し開発のスピードは落ちましたが、早かった時は2週間に1店舗のペースで出店してました。今はとにかくスピードが大事なフェーズだと思っていて、そのためには1人よりも複数名で行った方がはやいなと。
そこも従来の飲食店のやり方とは異なるのですね!
そうかもしれないです。後は、あんまり細かいマーケティングをしないようにしています。
マーケティングをしないというのは……?
例えばこういう人がこのエリアには住んでいるから、こういうものを食べてもらおうみたいなペルソナ像から入っていくやり方はしていないですね。ぼくらはスクラップ&ビルドをし易い業態なんです。だから、男性30代・都内在住・独身など凝り固まったペルソナに当てに行くというよりは、少しくらい外してもいいけど、「それを求めてました!」というコアなお客様にもアプローチしていきたいなと 。
最近だと『二日酔い食堂』という二日酔いの人向けのお茶漬け専門店を作ったのですが、ターゲットになるお客様、めちゃくちゃ狭いじゃないですか(笑)そういうニッチなお店にチャレンジできるのは強みだと思います。本当にダメだったらすぐにたたむこともできますし。
『二日酔い食堂』はどういう流れで立ち上がったんですか?
ぼくがよくお酒を飲むので、あったらいいなぁと思ったお店を商品化しました。おもしろいのが、このお店が売れるのって土曜日の午前中なんですよね。金曜日の夜遅くまで飲んだ次の日って消化にいいの食べたくなるじゃないですか(笑)
なるほど(笑)そうするとお店のネーミングもすごく大事ですよね。ただの『お茶漬け専門店』で出しちゃうとふわっとしちゃいますけど、『二日酔い食堂』というお店の名前にすることで、ターゲットは絞ってしまうかもしれないけど、ファンやリピーターはつきやすくなりそうな気がします。
そうなんです。そして、こういうニッチなお店は実店舗だと絶対できないですよね。他にもニッチだけど必要とされるお店って世の中にたくさんあると思うんです。
例えば妊婦さんのための飲食店。これって価値あるものだとは思っても実店舗だとなかなかやりづらいですよね。ゴーストレストランなら15店舗あるうちの1つを妊婦さんだけをターゲットにしたお店にしてもいいわけですよ。数は少ないですが、必要としてる人は必ずいますし、そういう店舗の1つ1つが『日常食のアップデート』でもあると思ってます。
なるほど。ニッチに非常に強い形でもあるんですね。
地域の需要に合わせてお店を最適化し、地域の人と一緒に変わっていきたい
先ほどデータ分析をやってらっしゃる方がいるとおっしゃってましたが、具体的にどういったデータを見ているのですか?
一番はリピーターの数ですね。メディアにもたくさん取り上げていただいていますが、それが直接売上につながるわけではありません。なぜなら、インスタ映えなどで全国から人が集まる店舗とは異なり、ぼくらが提供しているのはあくまで日常食なので、全国から食べに来てもらえるわけではないんです。現状の配達商圏が約3km以内と限られているので、リピートをしてもらわないとどんどんビジネスとして先細りになっていくんですよね。
リピーターになっていただくために取り組んでいることはありますか?
何度も食べて頂けるような食事を提供することを商品設計の段階から非常に大事にしていて、そのために、『地域の台所』というのをコンセプトにしています。
例えばある場所に空いた土地があって、そこにイタリアンレストランができましたと。しかし、それはお店側の意思であり、地域の人がイタリアンレストランを出店してほしいと頼んだわけではないですよね。つまり、どんなお店を出すかはお店のオーナー次第だったわけです。
でもぼくらの場合、仮にゴーストキッチンでイタリアンを出したとして、この地域に必要とされなければすぐに消えていくんです。先程の話と同様、スクラップ&ビルドで多くの業態を出して、必要のないものを削っていくと、結果として地域に必要なお店に最適化されていきますよね。
だから新店舗の開始直後は、一気にドーンと売上を立てることにはあまり興味がなくて、じっくりと半年ぐらいかけて地域にフィットしていくことを常に考えています。
お店が地域の人の需要によってスピード感を持ち最適化されるわけですね…!それはまさに普通の店舗にはできない、ゴーストレストランとしての強みですね。実際に地域の人たちの声を聞くような取り組みも行ってるのですか?
今はまだその段階ではないと思っています。それよりも、まずは事業拡大の方が優先度は高いかなと。ただ、将来的には地域の人にも商品作りに参加してもらう構想は持っていて、お客様とともに変わっていくキッチンにしていきたいです。
その地域で提供する料理を、地域の人たちでプロデュースできるようになるのですね。その考え方が、長期的にデリバリー業界での他社との差別化にもつながってくるかもしれないですね。
もちろん全部の声を拾って1つ1つ商品化するのは難しいと思います。しかし、「地域の方々と一緒に変わっていくぞ!」という意思は大事だと思います。
今後もお店はどんどん増やしていく予定ですか?
はい、そのつもりです。ニッチなお店まで含めると100あっても1000あってもいいと思うんですよね。なにも1つの場所で全部やりましょうというわけではなく、この建物の隣にもう1つキッチンを作って、そこに別の20店舗を作ってもいいんですよ。地域に需要があるのであれば。
この場所(※)はそれほど広くはないですが、将来的には100坪ぐらいのところを借りて1000ブランドぐらい作るというのもあり得る未来だと考えています。
食業界のビジネスモデルが、今後大きく変わっていくのをひしひしと感じますね。
ゴーストレストランって今はまだ人が調理や配達をしてますけど、そこに自動運転と調理ロボの技術が広がれば調理からお客様の手に商品が届くまで、一切ヒトが介在しないということが割と近い未来実現するんじゃないですかね。
食産業はこれから戦国時代に
『食のデジタルマーケティング』企業として、今後どのような方向に進んでいきたいと考えていますか?
よりクリエイティブな会社になっていきたいと思っています。さきほど話した通り、多くの作業がロボットに置き換えられる未来を前提としていますが、商品開発や商品をお勧めするところは、好みが人それぞれなのでロボットでは代替できない曖昧さがありますよね。
その点、食全体がよりクリエイティブ産業になっていくと思うんです。だからぼくらはデジタル×フードのキーワードにおいて、クリエイティブならあそこだよねというポジションを目指しています。
なるほど、WEB業界と非常に近しいものを感じます。どの産業も今後よりクリエイティビティが求められてくるのですね。
10年後は料理が今でいう音楽に近いものになっていくんじゃないですかね。
一般の人が「本当はギターなんてやりたくないのに、体が音楽を求めてるので弾かないと……。」ということってまずないですよね。料理も一緒で、シェフではない一般の人がお腹を満たすためだけに料理をすることはなくなると思います。
一方で食事は人の生きる根幹なので、そこで自己表現をしたり趣味にする人は増えてくる。そうなると食という産業自体よりクリエイティブなものになっていく。
外食産業は25~26兆円ぐらいあるマーケットなんですけど、トップが6000億ほどで、全体のわずか2%。これって他の産業と比較するとトップが占める割合がめちゃくちゃ低いんです。さらに今後外食、内食の境目がどんどんとなくなると市場規模は70兆円を超えます。その中で残る企業、残れない企業の二極化がさらに進んでいく。食産業全体がこれからガラッと変わるので、そこにはめちゃくちゃチャンスがあるとともに、もう戦国時代ですよ。
いやぁ楽しみですね!
「広告代理店にいた時なんてゆるゆるでしたよ~。」という言葉から始まった今回の取材。私が鈍感なのか、終始吉見さんからゆるゆるさは微塵も感じられず、お話を聞きながらワクワクしっぱなしの取材でした。そのワクワク感が記事から伝わっていると非常にうれしいです。
今回は6月に移転された新しいキッチン内のスペースで、お昼時に取材をさせていただきました。取材中常に鳴り響く注文の音からも、ゴーストキッチンズさんが地域から必要とされていることをひしひしと感じました。しかしそれ以上に印象的だったのが、取材時キッチン内で働かれていた従業員の方々がとてもイキイキと働いている姿で、おもわず「従業員の方めちゃくちゃ楽しそうですね!!」と言ってしまうほどでした。
15~16世紀の日本の戦国時代では、実力と才覚で多くの無名だった武将が名をあげました。21世紀の食の戦国時代、『食』という誰にとっても身近な産業だけに、どのように変わっていくのか非常に楽しみですね!
文:賀来重宏
編集:杉山美和・齋藤彩可
写真:齋藤彩可