事業継承、スーパーからの撤退、三代目が直営店舗とネットショップに振り切った理由とは?|大分県で糖質制限用食肉のネットショップを営む山崎昌彦さん

  • 九州・沖縄

大分でネットショップを営む、有限会社九州食肉学問所の学長・山崎さんは、家業のお肉屋さんを継いだ三代目。

後継者ならではの冷静な視点で、一時は地方の荒波に飲まれかけた事業をV字回復し、いまでは糖質制限食実践者向けのネットショップ九州肉屋.jpを運営しています。地元の商店街のお肉屋さんがどうやってネットショップで生計を立てるに至ったのか、お伺いしてきました!

街のお肉屋さんがスーパーからの撤退を決めた理由は?

アナグラム

山崎さんはどっとこむおおいたの前会長さんですね。その頃から色んな話をお聞きして、是非一度インタビューしたいなと思ってました。二代目と思いきや、三代目だったのですね。東京にいた時期もあったようですが、どうして家業を継ぐことを決めたのか教えてほしいです。

yamazaki

先代の父親が、店を閉じようと考えていたことがきっかけですね。

幼少期のイメージは商店街に活気があり、すごく賑わっている街のお肉屋さんでした。そのイメージのまま上京して商社務めをしていたところに、父親が「売上が落ちてきたからそろそろ店を畳もうかな」と。お肉屋はお肉を並べてれば誰でも儲けられるとばかり思っていたから、記憶とのギャップに驚きましたね。

当時勤めていた会社の業績が下降傾向だったこともあり、再建余裕っしょ!と家業を継ぐため東京から大分へ帰ってきました。

アナグラム

継いですぐの調子は良かったのでしょうか?

yamazaki

ほぼ赤字だけど、なんとか運営できるくらいでした。焼肉屋も経営していたので、そこの売上でどうにかなってた程度ですね。幼少期、あんなに賑わっていた商店街もすっかり見る影さえなくなっていて、正直ショックでした。

当時は、地元スーパーにも出店していました。スーパーの直営店とうちの2店舗があり、創業者の時代は100万円/日の売上を誇っていました。それが、自分が三代目として継いだときには10万円/日以下。愕然としましたよ。

アナグラム

100万円/日の売上は、大規模店舗ではないアパレルだと服を買うための行列ができる規模です。お肉屋だと単価的にもう想像できないレベルで売上げていたんですね。

それが2000年前半ですよね。ちょうど狂牛病とかが話題になって、肉への不安が高まってしまった時期でもあったかと。

yamazaki

そうですね。当時を振り返ると大きな変化が2つあって、1つは大手スーパーの到来やドラッグストアで精肉販売がはじまったこと。地方は年々人口が少なくなるのに、その中で少ないパイの争奪戦。売上はみるみる落ちていきました。

もう1つは、狂牛病をはじめ食の問題が頻発したこと。豚のこうていえきウイルス・鳥インフルエンザが流行したところに、中国の毒餃子事件も起き、なんでも良いから安い肉くれって時代が終わりを告げました。

大量に肉が捨てられ、海外から安い肉が大量に輸入されるので売上は下がるし、大手食品メーカーの原材料調達先が海外から国産へと動きはじめて国産食肉の仕入れ値は上がるしダブルパンチ。安さだと大手スーパーにはかなわないし、付加価値つけて高い商品を売ったところで地方の住民には響かないので、似たような街のお肉屋はけっこう廃業に追い込まれましたね。

単純だけど、自分が売りたいものを売り続けるにはネットに進出していくしか未来が見えなくて、2006年、ネットショップ(楽天)に足を踏み入れました。すると冷凍食肉への抵抗が薄く、価格よりも品質を求めてくれた都心の主婦層に刺さった。旦那さんやお子さん向けなので毎月コンスタントに買ってくれるんですよ。

アナグラム

客層がガラっと変わったんですね。売上はどうでしたか?

yamazaki

当時は競合も少ないし、楽天コンサルタントの言うとおりにやったらそれなりの売上は立ったんだけど、肝心の利益はほとんど残らなかった。

で、楽天を辞めて2010年頃に独自ドメインのネットショップに移しました。当時、楽天のメールマガジンリストが30,000人いたので余裕だな!と思ったんですよね。毎月「美味しい!」とうちのお肉を買ってくれるリピート率の高いお客さんが300~400人いたし、楽天を閉じてもどうにか独自ドメインまで辿り着いてくれるんじゃないか?って。そしたら媒体に払う手数料もかからないしウハウハじゃないですか。

アナグラム

け、結果は…?

yamazaki

10人(笑)。楽天の頃はレビュー数もたんまりあって、みんな喜んでくれたのに全然ついてきてくれなかった。もちろん楽天からリストをそのまま持ってくることはできないので、リピートしてくれてる方たちが店名で検索して、見つけてくれるはず!と思っていたのですが甘かったですね。

アナグラム

そこからどう売上を伸ばしていきましたか?

yamazaki

2011年3月の震災をきっかけに、九州産の安全な肉の需要が一気に増えたんですよ。その波に乗って、100~200万/月までは売上が伸びました。

こうしてネットショップが成長したおかげで、収益構造の全体で見たときに人件費がかかり売上も少ないスーパーのテナントは撤退してもいいのではないかと思えて、初代から続けてきたテナント事業を撤退する決断をしました。

アナグラム

初代やそれを目の当たりにしている二代目だとメインである収益源のスーパーのテナントを撤退するという決断は難しいと思います。苦心してスーパーを開拓した気持ちもあるだろうし。三代目しかできない判断だなあと感心します。その時二代目のお父さんの反対はありませんでしたか?

yamazaki

基本的にやりたいようにやらせてもらっていたので反対はされなかったですね。うちがいくら品質を推して、こんなに美味しい肉が買えるなんて!と噂になっても、スーパーに買いに来るお客さんの大半はチラシを見てくるんですよ。誰もうちの名前なんて覚えてくれてない。地域住民は安くて、近いから来るんです。

それが分かっていたので、正直怖かったですけど思い切って決断できましたね。実際、撤退した翌年の決算で利益が出て、どんだけ無駄してたんや!と。

もっとうまくスーパーで生き延びる戦略があったかもしれないとは今でも思います。でも、当時のぼくが考えたのはスタッフの給料を据え置いて、より安い肉に切り替えて、設備投資も新しくしないとか、どれもマイナスな施策ばかりでした。どうせなら前向きにチャレンジしたいじゃないですか。その前向きなチャレンジがネットショップだったんです。

今は、ネットショップで当時のスーパーの売上くらいは確保できるようになったので、これで良かったのだと思います。

ターニングポイントは、ある日検索語句に現れた「糖質制限食」

アナグラム

いまではネットショップが売上の多くを占めてると思いますが、インターネット上であまり集客してないですよね。リスティング広告もSEOもやってない。逆にどういうキーワードでネットショップに流入してくるんですか?

yamazaki

「九州 肉」のほか、震災のころは「放射能汚染」「放射能検査」なども主力の検索語句でした。ただ、そこから爆発的に売り上げに繋がったわけではなく。

ある日、検索語句に「糖質制限食」という言葉が増えだしたんですよ。私自身、栄養学の知識も興味なかったし、最初は全然ピンときませんでした。でも、「糖質制限食」で流入したお客さんの中には毎月3~4万円ほど 大量のお肉を買っていく。

とある糖質制限関連グループのリーダーみたいな人が、うちのお店を推してくれたらしく、糖質制限食実践者たちが来てくれたというわけです。

検索語句を見て「糖質制限に何かあるぞ?」と気付いてからは、しっかり栄養学を学びはじめました。Twitter(@298now )の運用の仕方も変えたので、いまのフォロワーは糖質制限に興味がある人たちばっかりです。FacebookやTwitter、ブログをつかって直接売上を伸ばそうとは思っていなくて、栄養学を通して知った「食に関する正しい情報」を発信しています。

アナグラム

そこから「日常的にお肉を求めている顧客層」から「糖質制限をしている人たち」に方向転換していったんですね!糖質制限実践者の間で話題になるのはどういうお肉なんですか?

yamazaki

一般的に言うと、「赤身肉」ですね。牧草しか食べさせず育てた牛、通称・牧草牛は霜降りがほとんど付かず、栄養価が高い。かつ安い(笑)。肉の栄養価の高さとコスパが求められる糖質制限に向いています。

牛は反芻動物(一度飲み込んだ食べ物を胃の中で発酵させて口に戻し、再び咀嚼する動物)といって、本来は牧草しか食べられない。でも、世の中の畜産の多くが霜降りをつけさせて早く成長してほしいから無理に穀物を食べさせている。それって何かおかしいですよね。

うちの会社は「有限会社九州食肉学問所」と九州全開だけど、放牧で理想の飼育をしているニュージーランド産のお肉は昔から扱っていました。糖質制限が流行る前の牧草牛といえば、「かたい・くさい・おいしくない」の三拍子だし、実際、お客さんもそういうレビューを寄せます。

しかし、糖質制限を推進しているドクターたちが理論的に宣伝しだしたこともあり、どうやら人間の健康には良さそうだぞと分かったとき、当時からニュージーランド産のお肉を取り扱っていたうちのお店が注目されたということです。今はうちのお店独自ブランドの九州・牧草牛も取り扱いだしています。

牛の育て方について、詳しくはこの記事を読んでみて下さい。

2歳くらいまでは稲わら+穀物である程度体格づくりを行い、出荷前6か月は完全にマメ科・イネ科の牧草のみで育てています。牧草を給餌しだすと、牛が痩せて(健康的に!)、枝重量が減ってしまうという、まことにもったいないことをしています(笑)
脂身は牧草の影響で黄色くなっています。脂身だけではありません。内臓類もとてもきれいなんです。
とくにセンマイ、ハチノスというのはきれいな黄色になっています。
また小腸・大腸をとりまく脂も少なく、腸が強く弾力があります。
このため、牧草牛はほとんどといっていいくらい病気をしません。

これは穀物で育った牛ではありえないといっていいでしょう。
黒毛和牛の小腸などは脂がとりまき、小腸は軽くひっぱっただけでブツブツと切れます。
赤身肉とはなんぞや | 糖質制限食とMEC食 お肉でダイエット

アナグラム

山崎さんから見た「霜降り」牛ってどうなんでしょう。霜降り=高くて美味しい、のイメージがある昨今、ちょっと気になります。

yamazaki

2000年前半の霜降りは、脂が本当に美味しかった。3~4年かけてゆっくり育てていたからです。ところが餌の値段が高騰し、やがて仔牛の値段も高騰すると、できるだけ早く太らせないと儲けを得づらい。

もちろん、今でも伝統を重んじてゆっくりと育てている方々もいますが、ここ最近の一般的な「霜降り」牛は、さまざまな飼料添加物や抗生物質などの薬剤の力を借りて、いかに早く、見た目の美しい霜降りにするかということが優先されているようです。見た目の霜降りは見事だけど、味に深みがない「霜降り」牛が増えてしまってるのが現実です。

アナグラム

とはいえ、まだまだ「霜降り」牛も需要がありますよね。「霜降り」牛も「牧草」牛もマーケットとしてはあると。

yamazaki

後者は糖質制限ブームによって新しく誕生したマーケットと呼べますね。もともと牧草牛は見向きもされていなかったので。

牧草牛の元々のユーザーって、地元のスーパーで100g/100円の牛肉切り落としを買う、質より量な人たち向けだったんですよ。ところが、健康効果があるぞ!と分かってから市場の価格も一気に上がり、今じゃ地元のスーパーで売れないくらい高くなりましたね。代わりに、そういうスーパーにはアメリカ産が卸されてます。

アナグラム

前に山崎さんから教えてもらってなるほどと思ったんですが、肉の加工技術の質も上がっているそうで。

yamazaki

はい。サイコロステーキは色んな何かの寄せ集めで作ってるものもあるので気をつけてくださいね。近頃は、肉の原材料をちゃんとみないと接着した肉かどうかわからなくなってきました。昔は筋が残ったりなんとなく違和感があったんですけど、最近のはソースをかけて出されてしまうと僕も気付けないくらいクオリティーが高い。

ミンチ肉も、なんとでもできますよ。脂70%でもミンチにすればきれいなピンクになる。(悪質な業者だとそこに血を混ぜて赤くしたりもしますが。)一時期、某ハンバーガーチェーンのピンクスライムなんてのも話題になりましたね。

アナグラム

ステーキは高いのにハンバーグが安いロジックが何となくわかったような気がします。

yamazaki

はい。ハンバーグも基本は切れ端です。ステーキよりハンバーグは量が多く見えますよね?あれは脂だったりミンチ材を使ってます。からだに悪いものではないですけどね。

消費者はどんな肉を選べば良いのか?

アナグラム

お肉のプロフェッショナルとして、我々一般消費者がどうお肉を選ぶべきか教えてほしいです。

yamazaki

そうですね、肉は「どんな餌を食べたか」「どのくらいの日数かけたか」によって基本的な味が決まるので、自分の好きな肉のタイプを把握して、その条件に当てはまるお肉を地道に探すしか無いですね。あとは、行きつけのお肉屋さんは大体おなじ肉を取り扱うので聞く。ある程度、こちらが知識をもって臨むことが必要です。

アナグラム

スーパーではちょっと聞けないですね…。

yamazaki

スーパーもそうですし、お肉屋さんでさえもお肉のこと知らない人が多いんですよ。昔はお肉のことを知らなくても商売ができたから知る必要なんてなかった。だからこそ、屋号を「山崎商事」から「九州食肉学問所」に変えました。 これには、「お肉屋さん自身がお肉のことをきちんと学ぶ」という思いが込められています。 そして少しずつですが、正しいお肉の知識の普及に努めています。

アナグラム

そういった背景を踏まえて、今後挑戦したいことはありますか。

yamazaki

ネットショップで糖質制限・初心者向けのスターターキットを始めます。店舗の拡大とかはあんまり考えてはいないです。食品業界や飲食業界もそうですが、店舗数や規模を拡大していくと必然的に妥協しないといけない部分も出てきてしまいます。

無添加が健康にいいのはわかりつつ価格で9割のお客さんが引く。添加物たっぷりだけど安い肉たちが売れるのが食品業界の現実です。長期保存したり味を調えるには仕方がないですけどね。

あとは、定期便も始めようと準備を進めています。どうやって糖質制限をはじめたらいいのか分からない人に間口を広げていきたいですね。

アナグラム

今だから楽天をもう一度試そう、とかはありますか?

yamazaki

売れるだろうなと思いつつも予定はないですね。うちはオリジナルの突出した商品を売っているわけでもないし、父の日ギフトとかイベント・催事で瞬間的に忙しいスケジュールになると今あるオペレーションが煩雑になってしまう。もちろん、売上が立ち利益は増えると思いますが、家族を養えて、毎日楽しくお肉を食べて、映画を楽しめれば幸せです

商材が生モノなので大変ですけど、自分がやりたいと思ったことやっていきたい。売上をあげるにはいくらでも方法があるけど、今の選択肢の中ではそれって楽しくないなあと。牧草牛でマーケット支配できるだなんて思ってない。でも一部の糖質制限している人が喜んでくれるなら、それで今は良いです。

アナグラム

マーケティングって生きるための手段の一つですからね。楽しく家族円満で暮らせるのが幸せの一つなのは間違いないですからね。

yamazaki

サラリーマン家庭だと、親が何やってるか分からなくてとりあえず敷かれたレールに沿って大学行って…ということが多い傾向がある。けど、地方だと家が商売やっていることが多くて、モノを売ることになじみ深い人が多い。これから先の未来、大学が学生に何を教えられるかってそんなに多くはないと思うんですよ。親が感じ取らせてあげないといけない。学歴と稼ぐ能力、幸福度はそれぞれ全く違いますよね

アナグラム

創業者が開拓したスーパーの撤退を決断したのは、後継者ならではの経営判断。冷静に事業を評価しつつ、糖質制限実践者への開拓まで一気に事業のかじ取りを変更する手腕はさすがの一言です。

今回、取材先としてランチにお伺いしたステーキカフェ小邦寡民は、元々山崎さんが経営されていた肉カフェ。なんと経営権をシェフへ譲渡し、肉の仕入れは優先的にお願いね!とは言っているものの、他はノータッチとのこと。山崎さんの経営手腕には改めて目を見張るものがあります。来訪した平日12時時点でほぼ満席!驚くべきは女性の比率の多さでした。いただいた料理の数々も見事な写真映え^^

山崎さんご自身が糖質制限に出会って-30kgを果たしたこともあり、お話の節々から糖質制限への愛をひしひしと感じた取材。サイコロステーキやハンバーグの中身にはちょっと衝撃も受けましたが、食の安全についても今一度考え直すきっかけになりました。

文:高梨和歌子
編集:阿部圭司/賀来重宏
写真:賀来重宏