インターネット業界に身を置き、株式会社フルスピード→サイジニア株式会社→Fringe81株式会社→株式会社アイ・エム・ジェイを経て二次元コンテンツ総合サービス事業を展開する株式会社エイシスへ。茨城から都内に新幹線通勤&週1~3日は都内ホテル暮らしのバイタリティでマーケティングからコーポレートまで計3事業部の責任者を担う谷島貴弘さん。コアなファンが集まる老舗ECのマーケティング戦略から、コンテンツの重要性についてお話を伺いました。
会社選びはセンスとタイミング。デジタル領域のBtoB畑からBtoCへ転職
今所属されている「DLsite」運営のエイシスに転職するまでの谷島さんは、いわゆる代理店出身のBtoBの畑でやられていましたよね。長年のお付き合いでの私見で恐縮ですが、以前よりもきれいにハマっているというか今が一番楽しそうに見えます。
それは尊敬できる経営者がいて、自分が好きだと思える領域で働けているからなのでしょうか?
そうですね、たしかに今が一番楽しいと感じています。
BtoB特有のあるある「間違いなく売上を伸ばせる自信のある提案をしたが、クライアント側の与件で進行できない問題」があると思います。これまでそういった歯痒さを覚えることがしばしばあって、いつかBtoCに行きたいなとは思っていました。
そんな気持ちがあったところ今の社長に誘われまして。とはいえ「BtoCだ!」と諸手を上げてすぐに転職をしてはいないです。
今の会社で6社目。3社目以降は全て直接お誘いをいただいて転職をしていますが、誘われたタイミングから3~6か月くらい間を置いて入社に至っています。お誘いをいただいてから決めるまでの期間がある理由はもちろん引継ぎの期間もあるのですが、私は転職前に会社の方向性・市場・ポテンシャルを総合的に調べて考えるタイプなんです。そのうえで、求められる役割以外も含めて貢献できるか、全体のバランスを見て転職することを決めています。
年収とか、こうなりたい理想像とかで決めないのは珍しいタイプですよね。
会社選びはセンスとタイミングだと思っていまして、振り返るといずれも恵まれたタイミングで伸び盛りの良い会社に入社できています。
今いるDLsiteの何がスゴイって、毎年「DLsite」というキーワードがTwitter上で右肩上がりに増えているにもかかわらず大きなプロモーションをほぼやっていなかったんです。
どういうことだと調べてみたら、Twitterで発信しているのは運営側ではなくDLsiteで自分の作品を委託販売しているクリエイターさん。「ここで販売しているから買ってね」と告知していたんですよね。なので、Twitter上でどうUGCを創出するか考えるとクリエイターさん、DLsiteユーザーさんが盛り上がって楽しめるコンテンツをどうやって用意するかが肝だなと感じました。
エイシスのスタンスは「すべてのクリエイターさん・ユーザーさんの為に、二次元コンテンツに特化してどう貢献できるか」なので、このスタンスに準じていれば制限なく試行錯誤する文化です。これはマーケターとしては腕が鳴るし、二次元コンテンツの中では老舗のECだから新しいことに取り組んで飽きられないようにしたいじゃないですか。サービスづくり、マーケティング施策、話題となるコンテンツづくりなど、まだまだ伸ばせるポテンシャルを感じ、転職しました。
もちろん社長がクレバーで尊敬できる、かつ施策や意思決定において多くの部分で裁量を委ねてくれて思い切り攻められそう!という気持ちもありました。
マーケターとしては腕が鳴りますねぇ!社長とは以前からお知り合いだったんですか?
以前に所属していた会社のクライアントでした。その後、定期的に食事はしつつ、近況報告するような間柄だったんです。
ある時「MAツールの導入検討をしているのだが、谷島さんアドバイス欲しいので一度うちのマーケティングチームのメンバーと打ち合わせしてくれない?」って連絡をいただきまして。その初回の打ち合わせをした帰りに社長とご飯を食べに行ったのですが、そこで「どう?うちに来ない?」と。
クレバーな方なので、私を誘うということはそれなりな理由があるなと感じたので、なぜ私を誘うのか聞いたところ、「伸びる確信がある。リアルタイムでの施策と意思決定の遂行が必要で、攻め時に攻められない事を避けたい。」といった話をしてくれまして。
私が「なぜそんなに攻める必要があるのか?」と聞いたところ、私が営業としてクライアントである社長と接していた時期、経営していた会社の話をしてくれました。それは日本初のオンラインレンタルDVDサービス(ポストレンタルサービス)の仕組みをTSUTAYAより先にやっていた会社なのですが、当時、認知を広げる為にテレビCMを打とうと話が出ていたのにもかかわらず、まだいいという判断をしてテレビCMという攻めの施策に打って出なかったと。
その後、TSUTAYAが同様のサービスを始め、やがてレンタルDVDサービスはストリーミングサービスへ変遷してったのは皆さんもご存じだと思います。「あの時攻めていれば…という苦い経験がある」と社長は話してくれました。なので、攻め時を逃さないために私へ声掛けてくれたと。
私、攻めは得意なんで(笑)
コアなファンが多いDLsiteだからこそのマーケティング施策とは
実際、エイシスに入社した直後に谷島さん主導でテレビCMを打っていましたよね。
私が入社する前に一度テレビCMを流したのですが、その時は有名コスプレイヤーさんを起用していて。良い・悪いではなくてDLsiteは”二次元”にもっと特化するべきだから、次打つならアニメーションでしっかりやろうよと話していたんです。ただ、入社した直後に社長からいきなり「テレビCMがやりたい」と言われて(笑)。何も準備していなかったので突貫で手配して作りました。アニメーションの制作だけで数千万円は掛かって、やー高かったな。
突貫とはいえ、作画監督によってクオリティが大きく変わるため焦ったのですが、弊社が老舗であることで界隈の方と繋がりがあり、なんとか良い方に担当していただけまして。
結果、クオリティが高い上に「朝からあのDLsiteのCMが流れていて凍った」などSNSで話題になってくれました(笑)
DLsiteといえば二次元コンテンツ、かつアダルトの印象が強いので、本来は深夜帯に流すのでしょうけど、敢えて全時間帯で流してみたんですよね。そしたらネタとして盛り上がったのでラッキーでした。テレビCM自体の直接効果よりもテレビCM化したことをコンテンツ化することの効果を狙っていたので。
私、会社全体の人事責任者も兼務しているのですが、面接に出ると「テレビCM見ました!」と言ってもらえるのも嬉しくて。テレビCMの副次的な効果で、コーポレートブランディングにも繋がったと感じました。
デジタル出身でテレビCMも含めて制作からまるっと見られるのはやっぱり面白いですよね。
25歳からインターネット広告に携わって、今年の4月で40歳になる。ざっと15年「インターネット広告でどう獲得するか」の感覚が強かったのですが、エイシスに来て「どうブランディングする?副次的な面でどう伝わる?」と思考の幅が広がったのはマーケターとして面白いです。見ている部署の子にも「こんなに包括的にマーケティングができる機会は中々無いから楽しもうよ」と話しています。
まずコンテンツが良くて、予算もある程度自由が利いて、なんでも試せる環境はなかなかないしそりゃあ面白いですよね!施策は谷島さんがすべて主導で進めていくんですか?
内容にもよりますね。セールの実施や大型キャンペーンなどの全体戦略は、毎週マーケティング戦略会議を開き、営業など各部署のメンバーに集まってもらい、実施の最終判断を私が行っています。
社内のマーケティング部には、リリースされる機能のA/Bテストを含めてサイト分析やメルマガも担当するマーケティングチーム、代理店さんと連携しながら広告運用・予算管理を行う広告チーム、コーポレートとサービスのブランド価値を高める広報チーム、オウンドメディア「DLチャンネル」を担うメディア企画チームが、目標であるチームのOKRを元にそれぞれで動いています。
また、コンテンツ部にはコミックと音声作品の制作チームがいますので、コンテンツに合わせたプロモーションなども連携しています。各チーム同士の連携施策の実施判断は、大きなものだけ私が行いますが、なんせ見きれない量の企画が立ち上がるのでそれぞれが独自に勝手に動いているものもあります。
社内には二次元コンテンツが大好きな子がいるので、「この作品はここで使いたい」「この漫画がすごく売れたので音声にしてもいいですか?」などそれぞれの部署内で意見が上がってきて、良いなって思ったら任せています。
先ほど「テレビCM自体の直接効果よりもテレビCM化したことをコンテンツ化する」と仰っていましたが、具体的にどんな仕込みをしたんでしょう?
ただテレビCMを流すだけじゃ面白くない。テレビCMで流すアニメのキャラクターはボイスドラマ化もし、会員登録すると無料で聴けるところまでは確実にやろうと決めていました。
無料のボイスドラマでは人気の有名声優さんを起用しましたが、テレビCMでも流れることが声優さんにとっても嬉しいことだそうで。声優さん自身のSNSでもDLsiteの宣伝をしていただけました。「テレビCM化」って大きな話題、まさにコンテンツなんです。
だから「テレビCM化自体をコンテンツ化する」ことでSNSで話題となる仕掛けになり、様々なテレビCMの副次効果が得られると感じました。実際に有名声優さんを起用した無料作品を聞くために会員登録も増え、ユーザーがボイスドラマを体験する機会を増やせました。
無料作品を聞いてもらう数が増えれば、有料作品の購入へと転換に繋がる。会員登録もそうなんですけど、どういう作品に触れてもらえれば有料購入が増えるのかを分析して、良し悪しを判断しています。
アニメーション制作も、テレビCMも高かったですし、有名声優さんを起用しての作品を有料にしないことは勿体ないことですけど、副次効果があることで投資対効果は良かったと、攻めた結果は出たと思っています。
テレビCMだけで成果を追うのではなく、そこから副次効果を狙うというのが如何にも谷島さんらしいです!コンテンツをダウンロードするには無料登録が必須なんですね。
昔はゲスト購入可にしていたんですけど、無料作品を聴いてもらう対価として会員登録の価値はあると私個人は思っています。実際はその他の意見も踏まえてゲスト購入自体は無くしたのですが今後も無料作品は重視していくつもりですし、無料だからこそクオリティが良いものを提供したいと思っています。
前回のテレビCMに合わせたボイスドラマもそういったわけで有名な声優さんを起用しました。ただ女性向けは如何せん詳しくなくて、イラストレーターさんはオタクの妻が昔から好きだったというカズキヨネさんを私が推しましたが、声優さんは分からないから女性社員に任せました(笑)
エイシスはこれまで男性向けが強かったので女性向けをやるとしたら絶対外さない王道をやりたいと思っていたんです。結果的にはこれほどまでに女性に対してブランディング力があるとは思いませんでした。
こういった仕掛けをひっくるめて会員登録増・コーポレートブランディング・社内が元気になると3拍子でポジティブだったんじゃないかなと思います。「カズキヨネさんを起用できる!」訴求は採用でも刺さりましたね。女性ユーザーを増やすためには女性社員の力が必要ですし。
あと、一度作ったコンテンツはずっと残りますよね。面白いのは2018年12月に男性向けの無料音声作品を阿澄佳奈さんという有名声優さんを起用したのですが、16万ダウンロード超えている作品なんですが1年経った2019年11月にTwitterで取り上げてもらい、いつの間にかまた盛り上がっていました。この行動は計測ツールで短期的に見ているだけではわからないんです。
阿澄佳奈さんが声をやってる同人音声作品というとんでもないのがあるんだけど、DLsiteの長文レビューが声オタの極みで面白い pic.twitter.com/N8r39dTqSl
— Fin (@FinKFiction) November 3, 2019
良いものを作っておくと色褪せないし、良いものはユーザーが発見してくれるんだなと実感できたのも良かったですね。
これからを生き抜く為のコアで良質なコンテンツとビジネスモデル
従来のマーケティングだと短期的に判断しすぎるのは危険、とも言えますね。
商材にも依りますけどね。うちの良いところはダウンロード販売で在庫が風化しないから時差で突然第二波・第三波が来ても、いつでも販売ができてありがたいというか。今の時代に合ったマーケティング戦略ができ、製造や在庫に振り回されすぎないことが自分なりにはすごい楽しいです。
もちろん制約がある方が面白いこともあるし、その中で知恵を発揮できるんですけど、私が想定していない制約があると困るので。攻めろって言われたときに攻めきれない不確定要素が少ないところが個人的には好きです。
私は酒屋の息子なんですが、近くにドラックストアやイオンやコンビニができた時のインパクトって半端じゃなかった。ECに置き換えるとAmazonやYahoo!たち。私たちが彼らに飲み込まれずに生き残るためには、コアで質が良いコンテンツをしっかり届けられて、流通・生産・在庫管理リスクが少なく、かつみんなに愛されるコンテンツじゃないと戦いづらいなと思うんです。
特にDLsiteは25年以上の歴史を誇る老舗で作品数も多いし、プラットフォームとしての安定感が強みだから戦っていきやすいですね。
先ほどから気になっていたんですが、販売している作品って自社制作と外部のクリエイターさんでどのくらいの割合なんでしょうか?
いや、もう、販売登録いただいている外部のクリエイターさんが99.9%ですよ。自社制作はクリエイターさんの売上を増やす為の呼び水の役割だと割り切っています。クリエイターさんが儲かって、また新しい作品を作っていただき、ユーザーに届けるのが弊社の使命ですから。
ただ、これまでは戦略的に自社制作のコンテンツを無料にし呼び水として用意しましたが、そろそろ次のフェーズへ行こうと思っていて、DLsiteの強いアダルト領域だけでは無く全年齢の人にもっと見てもらう為の仕掛けをしようとしているんですよね。
具体的には?
自社制作の無料作品を、これまでの単発ものではなくシリーズ化して楽しんでもらおうかと。人気が出たら有料化してもいいし、さらに売れるなら今度はメディア展開…、とPDCA回していきたいですね。自社制作作品でもなくても良いので、Fateシリーズみたいな超売れっ子がDLsiteから出たら良いな~と(笑)
あとは海外が好調で全体売上の10%くらいになってきています。北米、中国、あとドイツやフランスなどその他の国でも売れていて、会社としてはもっとグローバルへ二次元コンテンツを橋渡しをしていきたいです。ただ、日本と異なる海外は、今後のプロモーションが課題ですね。
コアな作品ほど人の熱量で繋がっていく文化だし、DLsiteにしかないコンテンツだから買いに来てくれるという購買行動を作っていきたいです。呼び水の呼び水として、中長期的な投資と見ているのでいつか回収できればいいかなと思って取り組んでいます。
尺度というか時間軸がすごい長いですね。それを許容できるのはやはり懐事情に余裕があるのと、上場していないからですかね?
うーん、そうですね。投資対効果の回収という面では大体3年未満でできるかなと考えているんで、裏を返すと3年後でいいならもっとアクセル踏んでもいいですし、そういう意味では資金がある、上場していない、というよりも、いかに踏めるタイミングで踏めるかの決断が出来ることが大事かなと思います。
ネットショップなどとは異なって、流通・生産・在庫管理リスクなどに制約が無いことが活きてきますね!
まさに。昔の作品もコンスタントに売れていくんですよね。
企画の多くが現場から上がってくる!打ち手をいかに多くできるか
この前の創立記念日に、企画で「20年くらい前の当時のサイトを再現」みたいなのをやってTwitterで盛り上がりました。古い作品のリストを掲載したんですけど実際売れました。
右クリック禁止…キリ番…裏ページ……懐かしい……この企画は現場メンバーから?
はい、デザイナーの子が張り切りまくってましたね。これで売上につなげようとは思っていなくて、過去の作品へのリスペクト精神がクリエイターさんやユーザーさんに伝わったら良いなあと。
他に現場から上がった企画だと女性向けのイベント(AGF)の為に巨大缶バッジとか作りました。60cmの缶バッジ背負ったスタッフが池袋に立ってるみたいな。もともとコミケの企業ブースで無料配布はしていたんですけど、現場メンバーから「どうせなら配っていると分かるキャッチーなものがほしい」と声が上がりまして。断る理由もないので許可しました。池袋署に問い合わせたら、体の範囲にしないと通行人の邪魔なので1mは駄目だけど60cmなら大丈夫みたいで、60cm。
そういう奇抜な企画というのが現場から上がる要因はなんでしょう?
会社って現場でアイデアが浮かんでも声を上げないとか良くあると思うんですよ。ところが今日お話聞いているととにかく現場から声が上がっている気がします。
一つの方法としては、会議で挙げてもらって私が大喜利みたいにアリ・ナシを捌いていくようにはしていますね。うちは7時間勤務で1時間少ないから、余計なことで時間を食うとあっという間に終業時間が来てしまう。だから私がすぐ決断しますし、その代わり任せるからやりきってねという関係性です。
私が知らないけれど良いものは絶対にあるし、個人には限界値があるので、みんなでアイデア出さないと組織として最大化していかないですよね。
アイデアを出してくれるメンバーは二次元コンテンツ好きな人がもちろん多いですけど、好きだけでいくと盲目的になっちゃうので、いわゆるオタクじゃないメンバーが客観的に実現可能かどうか見る、そういうバランスは必要だなと思っています。
私がいつも言うのは賛否両論あったほうが良いよねということ。コアな層にウケるのは良いのだけど、こだわりすぎたもの・突き詰めたものはもう趣味の世界で、それはマーケティングの施策ではなくなってしまう。なので挙がってきたアイデアに対して「よくできたと思うものの半分が丁度いい。シンプルでユーザーに伝わりやすいもの、初心者にも優しいものにしよう」と伝えていますね。
あとマーケティングの施策って基本的にこれって正解が無いから常にA/Bテストですよね。いかに打ち手を多くできるかが勝負でもあるのでアイデアは大歓迎です。
そのリターゲティングは本当に必要?
これは谷島さんのツイートからですが、「リターゲティングに掛けていた予算を新規に回して売上が伸びた」事例についてお聞きしたいです。
実際に地域別に分けてTVCMをしてもその対象地域のアクセス数は伸びなくて直接的に認知にはならず、TVCM化したことがSNSで話題になって認知され、リターゲティングはせずに会員登録数が2倍になって売上も伸びたので。
— Takahiro Yajima(谷島 貴弘) (@yajima_dual) May 24, 2019
私が携わって最初に指摘したのが「なんでフルスロットルでリターゲティングやっているの?」でした。月に数千万円使っていたんですが、DLsiteにはコアなファンがしっかりいて良質なコンテンツがあるので、既存ユーザーさんは広告が無くても大丈夫だからと。非既存ユーザーのみをターゲットにし、初回購入目標のリターゲティング配信に切り替えました。
その結果、リターゲティング広告予算は月に500万円ほどまで減らし、浮いた分の予算は新規向けの広告配信予算に回しました。結果、会員登録が昨対比で3倍以上まで伸びましたし、特に売上も減らずに伸びました。
今までやっていたのなんだったんだろうと思うかもしれないですけど、これは単純に視点の話だったのかなと思っていて。ずっと会社の中にいると盲目的になってしまうから、如何に外の視点と切り替えられるかですね。ここ1年で会員登録も売上も増加しましたが、一番インパクトがあったんじゃないですかね。
今のDLsiteを分析したら、会員登録から30日以内の初回購入率が35%、2回目が22%、3回目が11%でその後購入率が11%前後を保っていることが分かりました。また現状だと、継続するほど少しずつ売上単価が上がっていくんです。古参ユーザーのみなさんに、ずっとコンスタントに買っていただける。売上の比率は新規が増えていきますが、既存の売上が変わらず伸びているんですよね。ユーザーのみなさんに恵まれています。本当にありがたいです。
ということであれば、広告ではなく骨太なメールマガジンを打つとか違う施策に工数を講じるべきと判断できました。
それなら、DLsiteを利用し続けている古参ユーザーさんには「なんで自分たちに広告を回しているんだろう?」と思われていそうですよね。
そうそう、だから広告の投資配分を変えた次はメールマガジンに着手しました。「クーポンの割引率を変えても変化が少ない」と相談を受けたんですけど、何%割り引くかは本質的な課題ではなくて。これもひとつのコンテンツとしてどうやったら伝わるか・開封率上げるかだけなのではないかと。
だから「メールのタイトルにこだわってる?」と聞いたところ、答えがNoだったんですね。じゃあまずはそこからはじめてみよう、という話をしました。ただメールマガジンはタイトルだけで開封率が爆発的に上がるわけじゃなくて、その後Twitterで盛り上がったりすると「自分のところにもメルマガ来てたっけな」と開封してもらう行動変化が実は起こるんです。
具体例をいくつか挙げると、父の日クーポンを送るとき「パパ」だから1作品だけ88%オフで買えるクーポンにしようと思いついて。ただし、全員に88%オフを配ってしまうと大赤字なので、新規ユーザー(会員登録のみで買ったことない人)に88%オフを送り、既存ユーザーには100%-88%=12%オフと出し分けてみました。ドキドキしながら(苦笑)
単なるダジャレみたいだけど、結果としてTwitter上で「88%オフきた!!」「わたしは12%、残念!」と、こちらとしては想定外に自然発生的な盛り上がりが。その期間中にメルマガクーポン施策における過去最高の売上を更新しました。
8月にはお盆ではおなじみ茄子と胡瓜に、攻めてみようと裸のおじさん乗せてみたんですよ。そうしたら受け取ったユーザーから「最近のDLsiteのキレが増している」とまた話題になって。
つまりメールマガジンはオワコンとよく言われるが全くそんなことはなくて、開いてもらうための施策次第でいかようにも活用できるんですよね。ただメールマガジンの中身を改善するのではなくメールマガジン自体をコンテンツとしてどうやって気づいてもらう・見てもらうかってことが大事です。そのきっかけがリマーケティングでもいいわけで。
ふだんは結構おふざけテイストですが、とある理由で長時間のサーバーダウンが生じまして、ご迷惑をおかけしたときは誠意を持ってきちんと謝りました。お詫びクーポン配布もすぐに決断して実行しました。このときも「DLsiteだけのせいじゃないのに。悪くないよ!だけどクーポンはありがたく使います!」と、ユーザーのみなさんからは温かい反応をいただきました。
この緩急こそマーケティングというか、何か起こったときにどうやって活かすか。ただし負の感情を燃料として使うのは、マーケティングの施策として悪手だと思っているので、「どうやったらクリエイターさんやユーザーさんが楽しんで盛り上がってくれるかな?」を起点に色々仕込んで都度対応しています。
40歳手前の今が一番楽しい。これから仕込んでいきたいこと
冒頭でも話したとおりなんですけど、谷島さんがやりたいこと、過去から積んだ経験とかぜんぶひっくるめて今いる会社が驚くほどぴったりハマっていますね。
まだまだだとは思いますが、最近ようやく同い年の凄い人たちを意識するようになったんですよ。プロ野球の松坂大輔とか、日本人初のNBA選手の田臥勇太とか、星野源とかサカナクションの山口一郎とか(笑)。同い年の私もビジネスで成果を出しているぞって言いたいと。
人から見えない部分でもとことんこだわっている人たちが花開く時代が到来したと感じるからこそ、いま自分も思い切りやってみたい、いつか誇れることをやり遂げたいと思えるようになりました。
人によって芽が出るタイミングは完全に違うじゃないですか。同い年と無意識に比較して、自分は何をやっているんだろうと圧倒的な差を感じてしまう人も多いですが、ただ単純に今、刹那的に比較してしまうことが多いからですよね。ただ40歳が近くなるといろんな視座が持てるようになって、昔と比べて考える時間軸が広がったのかもしれないですね。ぼくも歳が近いので、なんとなくわかる気がします。
私、新卒では金融会社に入社しそこそこ実入りが良くて。だから埼玉の寮から日本橋のオフィスまで毎日タクシー7,000円以上払って通勤したこともあり(笑)
今思うとばかだなあと思うんですけど、そういう体験全部ひっくるめての今なんですよ。
昔と比べてマネジメントへの向き合い方も変わってきて「どうやって育てよう」から「育てるだなんておこがましい。環境さえ整えてあげたら人は育つ。あとは伸びる人は伸びていくだろう」と。その代わり現場の子たちがのびのび動けるよう責任はぜんぶ持とうと考えるようになりました。
世の中のマネージャーは他の部署ではチームビルディングをちゃんとやったりランチに行ったりしているんですよね。それはそれでスタイルの問題なので良いと思います。昔は私もそのようにやっていました。
ただ、今の私は、今日何やったとかも特に問わないし日報も求めない。自分にとってしっくりこないことを部下に無理強いするのも微妙だなと思っています。マネジメントはチーム全体が円滑に周り、全体がボトムアップしていけば良い。個人それぞれにこのペースで成長させなければいけないって自分で責任を背負いすぎるのも、メンバーに強いるのも違うと思うので。どうやらこのマネジメントが私には向いているんだなとか、ようやく気付くことができたし、40歳って節目の年はスゴイ楽しいですね。
40歳はまだ「もがけ」、と一節では言うそうで。
20代30代で修羅場を乗り越えてきたときより、今が一番頭使っているんですよね。夕方の時点で頭がフルマックスになっていてクタクタな日々です。だから今が、過去の経験もフルに使えていることも含めて一番面白いんでしょうね。
実直にやってきたことが活かせるタイミング来ると、成果もついてくるんだなと思い始めているんで、肩肘張らずにやっていけるようになったのが今なのかなあと穏やかな気持ちですね。切り替えができるようになった。
マーケターは本当にいろんな経験や体験を積んだほうが良いし、必要なら転職もしたら良い。あとは自分で身を持って失敗したほうが良い。失敗や試行錯誤が多ければ多いほど、判断や意思決定のスピードが上がります。
とは言え、逆に過去最高の売上が出ると不安でストレスなんです。日次売上の平均は伸びているけれど、最高の売上をベースにするところまでは到達できていない。
最高収益が出るって、過去にずっとコツコツ仕込んできたことがようやく実を結んでいるわけで、トップラインが出たってことはそれはいつか必ず下がりますよね。
取ってしまったトップラインをいち早く超えたいし、過去最高の売上が1日の平均になる未来に早くなって欲しいです。
マーケティングやコンテンツ制作だけでなく、人事や組織周りもやらなきゃいけなくて大変なんですけど、これはこれで軍師的なポジションを楽しめるから面白い。売上をちゃんと作ったあとは、クリエイターさんの作品が1,000万部を突破できるようなシンデレラストーリーも作っていきたい。そういう夢の実現に向けて会員を実直に増やすのが私たちにできることですよね。
2019年11月末に移転されたばかりのオフィスで取材をさせていただきました。立地は秋葉原のヨドバシカメラ横、秋葉原の昭和通り周辺が一望できる広々としたラウンジではランチタイムに社員の方がSwitchのゲームで対戦を繰り広げていて、二次元コンテンツを広めたいというエイシスさんの思想が体現されているなあとほっこりしました。
Twitterでお見かけしていた印象と重なり気さくで快活な方、という印象でしたが、なによりマーケティングの話になったときの谷島さんの嬉しそうな面持ちがインパクト強く、心からビジネスを大きく育てていくことを楽しんでいるのだなと伝わってきました。(売上を着実に積みつつ攻めのマーケターとして活き活きと事例や展望をお話しいただき、おもわず聞き手の筆者も前のめりになってしまい。)
「DLsiteのコアなコンテンツは狭めれば狭めるほど熱狂していくし、うちはコアなコンテンツなので盛り上がりやすいから、どう活かすかをただただ考え続けていく」とクリエイターさんとユーザーさん起点の思想がくり返し伝わる取材でした!
文:高梨和歌子
編集:阿部圭司/齋藤彩可
写真:齋藤彩可