スタンガンは「戦わない」ための道具。安全な日本だからこそ、護身の普及が必要|エスエスボディーガード奥本一法氏

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身近なようで、身近に感じづらい防犯グッズや護身用品。今回は日本最大級の防犯・護身グッズを取り扱うエスエスボディーガード奥本一法氏に取材しました。

お話を伺うと、イメージとして頭の中でつくられた「護身」は間違いだらけなことに気づきました。たくさんの人がいざという時に自分や大切な人の身を守るためにも、護身への正しい理解と普及が必要だと感じます。

「治安の悪いエリアには近寄らないし、護身用品は必要ないな」「護身用品と言えばスタンガンでしょ!」そう思っているあなた、ぜひ記事をご覧ください。

事業を始めたのは護身が好きだから、それだけ。

アナグラム

護身用品のネットショップを運営されていたり、ここ数年は実店舗も展開されていたりと、いつか奥本さんの話を伺いたいと思っていたので、今日はそれが叶いとても楽しみです!!日本は治安がいいイメージがあるからか、護身についてはあまり一般に認知されていないようにも思います。まずは護身事業を始めた経緯をお伺いしてもいいですか?

okumoto

仰る通り、日本では護身の認知は非常に低いです。だからこそ護身を広げたい、まずはそれが一番。

実際に身の危険を感じた人か、よほど変わり者でない限り「護身」と検索したことすらないでしょう。実際にほとんど検索なんてされませんし、開業当時は「護身」という言葉の認知すらほとんどなかった。

アナグラム

たしかに言われるとこれまで護身を意識したことはほとんどなく、取材にあたって初めて「護身」と検索したかもしれません……。

okumoto

ほとんどの人がそうだと思います。正直、創業期になにか戦略があったとか、事業として明るい未来を描けていたわけではありません。ただ「護身」が好きで、護身グッズや護身術の魅力をもっと多くの人に知ってほしかった、それだけです。昔から正義感が変に強くて、正義の味方とかも大好きでした。

okumoto

そう思って護身用品を売り始めたところ、事業を始めてから購入する方には2パターンのお客さんがいることに気づいたんです。私のようにただ護身用品が好きな人、そして好きかどうかは関係なく必要としている人。

ただ護身を好きになってほしいと始めた事業でしたが、販売を始めると「いまストーカーに遭っているんです」とか、「先週こんな目にあって、怖いから護身用品を持ちたいんです」っていう人がたくさんいることに気が付きました。取り上げられていないだけで、女性を狙った犯罪とか、表に出てきてない事件や事件になる一歩手前の状況ってたくさんあるんだなと。

そういった実情が見えてきたことで、ただ護身グッズを売りたいというところから事業のビジョンも変わっていき、いまは「皆さんの防犯・護身意識の向上」と「防犯・護身グッズの理解と普及」の2つをビジョンとして掲げています。

アナグラム

好きで始めた事業が、進めていく中で目指すべきビジョンが見えてきたのですね。

okumoto

「護身が好き」なんていうのは多分日本で私くらいなので、そうではない方にこそ広めていきたいんです。

防犯や護身の意識を高めるだけでも、事件に遭う確率は大幅に減るはずです。まずは意識の向上で、その次に防犯グッズや護身用品の普及を目指していきたいと思っています。

スタンガンは戦うためのものではない

アナグラム

いま「防犯」と「護身」という言葉が出てきたかと思うのですが、防犯と護身は明確に違うのでしょうか?

okumoto

私は明確に違うと思っています。

防犯は言葉の通り「犯罪」を「予防する」。防犯カメラ、防犯アラーム、防犯ブザーなど、どちらかというと受け身なんです。防犯カメラがあることによって、犯罪抑止効果は確かにありますが、目の前に刃物をもった人が現れても、防犯カメラでは身を守れないですよね。いま現在自分の身が危険である。この状態からいかにして回避するか。そのための道具が護身用品だと私は区別しています。

アナグラム

万が一に備えて戦うために、護身用の備えをしておくことも必要ということですね。

okumoto

はい、確率としては万が一かもしれませんが、その万が一が一生を左右することもあり得ますし、最悪命を落とす可能性もありますからね。ただ、ひとつ間違いがあります。そもそも護身用品は「戦う」ためのものではありません

「護身用品」でイメージされるのはおそらくスタンガン、警棒、防弾チョッキとかじゃないですかね。あるいは金属バットやゴルフクラブとかでしょうか。たとえば、スタンガンって相手に電気ショックを与えて倒すというイメージがありませんか?でも実はスタンガンって持っててもそれを使って戦う必要はありません。むしろスタンガンで戦うには、かなり至近距離に近づく必要があり、めちゃくちゃ危険なんですよ。

店頭で販売しているスタンガン

okumoto

スタンガンは大きな音と電気でバリバリ!!!と威嚇することに意味があり、普通の人はそれで戦意を失います。そうしてお互いに傷つくことなくその場を納める。そのための道具ですね。

それにスタンガンって実は大したことありません。テレビや映画の世界では、スタンガンを使って気絶させたりしますけど、あれはイメージだけです。威力の大きさ、電極を当てられた部位、放電時間等によっては、小さな火傷や水ぶくれが出来る可能性はゼロではないですが、後遺症の心配は無いため、スタンガンは非常に安全な護身用品と言えますね。

ただ冬の時期の静電気が嫌なように、人間は電気ショックが苦手なんですよ。すごい衝撃を受けたように感じますが、スタンガンを離せば普通に戻ります。私が身をもって試してますので。

アナグラム

いきなり知らないことや、つくられたイメージで勘違いしていることだらけで反省しています…!

okumoto

自分も相手も傷つかず、護身用品すら使わずに話し合いでその場を回避することが理想だと思っています。回避するための1つの方法として「戦う」こともあり得ますが、理想ではないですね。

しかし、必ずしも話し合いができるとは限らない。そういった場面では護身用品を躊躇なく使ってほしい。

専用の護身用品じゃなくても、金属バットやゴルフクラブでいいじゃないと言われることもあるんですが、違うんです。ゴルフクラブで思い切り殴ったら、最悪相手を死なせてしまいますよね。護身用具は人に使っても安全で、自分の身を守りながらも相手に怪我をさせない・死なせないために必要なんです。

アナグラム

正直意識したことはありませんでしたが、「護身用品は戦うためのものではない」というのは新しい気付きでした。たしかに大上段の目的は身の安全であり、相手を罰したり制裁を下すことではないですもんね。

okumoto

それは裁判所の役割ですね(笑)

護身用品は躊躇せずに使ってほしい

アナグラム

護身用品が戦うものではないのは理解できましたが、どうしてもスタンガンなど武器っぽいイメージがあります。一番売れているというか、所持率が高い護身用品はどれですか?

okumoto

催涙スプレーですね。催涙スプレーは個人だけではなく、法人でもかなり普及してきていますよ。

催涙スプレーは天然の唐辛子成分が主な原料なので、人体に害はありません。催涙スプレーは顔に噴射されると激痛が走ってほとんど身動きは取れなくなりますが、死に至ったりそれだけで怪我をすることはまずありません。数時間後には元に戻るので、ある意味安全です。だからこそ、必要な場面では躊躇なく使ってほしい

自社開発の催涙スプレー

アナグラム

身を守るための何かを携帯した方がいいのかなと思っても、なんとなく護身用品ってハードルが高いなと思っていました。それこそスタンガンを持っていたとしても、いくら危険とはいえ生身の人間に向かって使えるかどうかは自信がありません。いまお話を聞いて、催涙スプレーなら使えるかもと思いました!

okumoto

シャッとやるだけなので(笑)でもめちゃくちゃ効きますよ。

スタンガンとかほとんどのものは自分の身で試してますけど、催涙スプレーだけは試せないです。怖すぎて。護身用品の中で一番イヤなのは間違いなく催涙スプレーですね。

アナグラム

他に奥本さんおすすめの護身用品はありますか?

okumoto

フラッシュライトです。

いまはLEDの性能が向上していて、小型のものでも車のヘッドライトかというくらい、すごい光を出せます。若干値段は張りますが、懐中電灯代わりになりますし、何かあったら相手に向ければ視界を遮ることができ、その隙に逃げることができます。これも催涙スプレーと同じで相手を傷つけないんですよね。

アナグラム

護身用品はなんとなく攻撃的なイメージがありましたが、おすすめが催涙スプレーやフラッシュライトと聞くとイメージがガラッと変わりますね。護身用品を必要とするのは相対的に力の劣る女性の方が多いのかなと思うのですが、男性でも購入されますか?

okumoto

実はうちのお客さんは、今も昔も変わらずほとんど男性なんです。

アナグラム

そうなんですね……!催涙スプレーなどは特に女性の方が購入すると思っていました。

okumoto

女性がエンドユーザーになっていることは多いと思いますが、男性が彼女や奥さんにプレゼントしているケースがほとんどだと思います。何かひどい目に遭いかけたから彼氏が彼女にプレゼントするとか。

女性が直接っていうのはすでに被害に遭った経験があるとか、いまストーカー被害にあっているとかですね。逆に言うとそこまでの状況にならなければ購入されていない。護身が必要ない人なんていないし、潜在的な需要は多いはずなんですがね…。

近しいところで言うと、防災グッズは万が一に備えて用意しておこうと考える人が増えています。でも、防犯や護身はまだまだなんですよね。

アナグラム

「自分が悪いことをするわけではないのに、お金を支払うことに納得できない」という心理はありそうですね。防災は「悪い人」がいないので、自分でお金を支払うというのも納得できる気がします。

そう考えると、男性から女性へのプレゼント需要が多いのも自然だと思いました。催涙スプレーのような手軽に携帯できるものであれば貰って嫌な方はいないはずなので、護身用品をプレゼントすることがもっと当たり前になるといいですね。

多くの人の目に触れるために実店舗を展開

アナグラム

お話を伺っていると、自分に護身用品は必要ないと思っている方に買って貰うには、不安を煽るようなメッセージやコミュニケーションになってしまいそうな気もしますが、そのあたり気を付けている点はありますか?

okumoto

正直、商品を売るための広告はほとんどやっていないですね。なぜなら、短期の売上を追っていないからです。

不安を煽る広告ってどちらかというと短期視点で、今商品を売りたいとか、今売上をあげたいっていうような気持ちが強いとそういうコミュニケーションになってしまうと思います。ただ、ぼくがやりたいこと、やるべきことの大上段は「防犯・護身意識を高めること」なんです

okumoto

実店舗を展開しているのもそれが一番の理由で、正直効率よく利益を出すだけであれば、人件費などの固定費も比較的かからないネットショップだけで十分です。

ただもっと護身用品を身近に感じてもらい、普及させるためには、人が集まるところにお店を構えることに意味がある。「あそこに護身用品のお店があるよね」と多くの人の目に触れる機会があることが普及に繋がるはずです。だからこそ護身用品の専門店を全国展開していきたいっていうのは夢ではありますね。

アナグラム

出店場所に秋葉原を選んだ理由はなぜですか?

※エスエスボディーガードさんは本社のある大分県のほか、東京秋葉原と大阪なんばに実店舗を展開中

okumoto

まず、店舗を出して多くの人の目に触れること自体に意味があります。一方で、店舗を継続するためには当然売上も必要。今の市場規模的には護身用品一本で店舗を運営するには相当厳しいのが現実で、いわゆる「趣味として護身用品を買う人」も想定して品ぞろえのポートフォリオを組んでいく必要があります。そこで売れ筋商品になるのが、ミリタリー用品なんですね。

もともとミリタリーグッズが売っている街としては上野が本拠地でしたが、それが今では秋葉原の方に移ってきています。店舗を継続していくことと、護身用品の認知を広げることの最大公約数を取れるのが秋葉原なんです。

事件をきっかけに法人需要が拡大

アナグラム

これまでどちらかというと個人への販売のお話を伺ってきましたが、法人の需要もあるのでしょうか。

okumoto

創業後しばらくは100%個人のお客さんでしたが、ここ数年はtoBの売上も増えてきて、今では30%ほどを占めています。

アナグラム

それは何かきっかけがあったのですか?

okumoto

まず、数年前に東海道新幹線で刃物を持った男が暴れる悲惨な事件があり、その直後に催涙スプレーが新幹線に導入されました。

参考:新幹線におけるさらなるセキュリティ向上の取組みについて-JR東日本

okumoto

そこから在来線への導入、その他公共交通機関、公的施設、保育園、病院、法律事務所などにも催涙スプレーやフラッシュライトが設置されるようになってきました。

元々そういった施設には、さすまたが護身用として設置されていることが多かったんですよね。でもこれも多くの方が勘違いしているのですが、さすまたで人を押さえるのは相当難しいです。めちゃくちゃ訓練をした人でない限りまず出来ないですね。

さすまたって持つ側は1本の棒で、相手側が2本に分かれているじゃないですか。普通に考えて2本持つことができる相手の方が力を込めやすくて有利なんですよ。1対1だとまず負けますし、女性だとなおさら。

アナグラム

なんと……、さすまたは犯人を抑えるための道具としててっきり優秀だと思っていました……。

okumoto

さすまたで訓練をしている様子などがたまにテレビで流れたりしますが、さすまたで安心していると逆に危険ですね。

アナグラム

聞いておいて良かったです。やっぱりニュースや事件が売上にも影響してきますか?

okumoto

そうですね、かなり影響します。保育園に不審者が現れたというニュースが流れると、周辺の保育園が対策をしておかなきゃと思うし、法律事務所なども同じです。そもそも私が創業したのも秋葉原の通り魔事件がきっかけです。

大きな犠牲をきっかけに初めて護身の意識が芽生えるのは本意ではないですが、そういった「あ、もしかしたら自分にも必要かもしれない」と感じたタイミングで思い出してもらえるように、情報発信は常にしておかないといけないなと思いますね。

そのための施策の1つが地元で流しているテレビCMでもあります。

アナグラム

みました!初めて見たときは正直何のCMかわからず、気づけばエスエスボディガードだ!!と。

okumoto

なんでこんなCMを流しているのかというと、調べてもらって、「あ、こんな会社があるんだ」って頭の片隅においてもらう。世の中に護身用品を専門に扱っている会社があるのを知ってもらうことに意味があるんです。

身を守るためだからこそ、ちゃんとした商品を買ってほしい

アナグラム

首都圏ではなく、地方でやることのメリット・デメリットはありますか?

okumoto

基本的にはこれまでネットショップでやってきて、護身用品は今日注文頂いて「じゃあ3日後に発送しますね」が許される商品ではないと私は思っています。

趣味で買う人は良いかもしれませんが、本当に身を守るために護身用品を必要としている人にとって、その3日間ってめちゃくちゃ怖いですよね。1秒でも早く商品を受け取って安心してほしい、そのためには注文後、可能な限り即日発送をしたいんです。

だからこそ自社で在庫を持つ倉庫や出荷の体制が必要。加えて固定費を考えると、地方じゃないと難しいんです。

ただ地方からの発送となると、場所によっては中1日かかってしまうことがあるのも事実。経営と理想とのバランスで葛藤することもあります。

本社倉庫の在庫

アナグラム

Amazonなどのモールには出店していないのですか?

okumoto

一応出してはいます。全くそこの情報を知らないとマズイなと思うので。でも、護身用品をモールで買えるのは理想ではないですね。

例えば催涙スプレーで検索すると色んな商品が出てきます。でもどこの国でつくられて、どんな成分が入っていて、どんな飛び方をするのかとか一切説明のない商品も多い。

アナグラム

確かにそれは少し不安ですね…。

okumoto

ちなみに先日モールで購入した催涙スプレー、試したら香水でしたからね。薔薇の香りで、これはさすがにひどいなと。

護身用品はいざ使おうと思った時に壊れていた、全然効かなかった、使い方が分からなかったでは済みません。専門店であればきちんと知識を持った店員から説明を受けることができる、あるいはきちんと商品説明が記載されている。どういう使い方をしてどのくらい飛ぶとか、ただ仕入れて売っているだけだと知らないし説明できないと思うんです。

その辺の説明ができない状態で何が入ってるかわからないものを売るっていうのはあまりに無責任です。身を守るための商品だからこそ、誰が売っているかも、何が入っているかも分からない商品ではなく、専門店で正しい知識を持った人から買ってほしいなと思います。

目指すはコンビニで護身用品が手に入る世の中

アナグラム

他の取材で奥本さんが「コンビニで護身用品が手に入る世の中にしたい」と話されているのを拝見して、すごく素敵だなと思いました。

okumoto

はい、それは創業初期の頃からずっと言っていますね。もっと普及させて、もっと身近なものになってほしいなと。護身ってもっと当たり前になっていいはずなんです。

でも、間違いなくその意識が広まってきてはいます。元々の護身用品は個人商店レベルの市場規模しかありませんでしたが、ちゃんと法人として人を雇って、店舗を出店してもやっていけるレベルまで広がってきています。自分の身を自分で守る市場と考えるとまだ氷山の一角で、潜在的な需要は全然掘り起こせていません。

諸外国と比較しても日本の意識はまだまだ足りない一方で、「護身は相手を傷つけてしまうからダメだ」という間違った理解もあるせいで、護身という行為そのものがダメなことのように言われるケースもあります。

護身用品をコンビニで売りたいっていうのはかなり前から言っていて、正直かなり難しいですし、現時点だとほぼ不可能に近い。でもビジョンとして、理想として掲げてやっていくことが大事だと思います。

アナグラム編集後記

「護身のことをこんなに話せるなんて楽しいですね!!」

取材中奥本さんは何度かそう仰いながら、終始熱く「護身」についてお話しいただきました。

護身はもっと身近になるべきというのを取材を通してひしひしと感じた一方で、護身のことに関して何も知らない自分にも気づかされました。この記事が少しでも多くの方の、護身への意識を変えるきっかけになれば嬉しく思います。

自分自身に、あるいは大切な人に、まずは催涙スプレーをプレゼントしてみませんか?

執筆:賀来重宏
取材:賀来重宏/池田華子 編集:池田華子
写真:賀来重宏