目の前の商品がPMFしていないとき、マーケターはどう立ち向かうべきか|才流代表 栗原氏

  • 関東

「BtoBマーケティング」といえば第一想起する方も多いであろう、コンサルティング会社・株式会社才流。今回は「新規事業を成功させるPMF(プロダクトマーケットフィット)の教科書」を出版されたばかりの代表取締役社長 栗原康太さん(@kotakurihara)にお話をうかがいました。

「PMF」というと “スタートアップ経営者が取り組むべきもの” だとつい思われがちですが、既存事業に臨む現場のマーケターであっても、いまから取り組めることは十分にあります。顧客に向き合い売上を伸ばしたいとお考えのみなさん、ぜひご覧ください!

既存事業にもPMFの余地はあるのか?

アナグラム

「PMFの教科書」、とても楽しく拝読しました! 個人的には、PMF “していない” 事業の代表例として紹介されている「社長の知人にだけ売れている事業」にも「顧客のニーズを検証せず既存のアセットをもとに作っちゃった事業」にも非常に心当たりがあり、読み進めるたびにお腹が痛くなりました(涙)。

kurihara

どちらも本当によくある話ですよね。弊社にご相談いただく新規事業関連のお悩みも、「社長の知人からは受注できているが、現場の営業メンバーがまったく売れていない」「アセットをもとに新規事業を立ち上げたが、ニーズも競合優位性もなく200商談中1件しか受注できていない」といったものが多いですよ。

アナグラム

ふ、震えるエピソードですね(涙)。「うちの事業、全然PMFしてないじゃん」と今になって気づいてしまった現場のマーケターは、いったいこれからどうすればよいのでしょうか……?

kurihara

解決策は1つしかないと思います。通常リリース後はみな売上を伸ばそうとセールスやマーケティングに投資しますが、そうではなく、すっ飛ばしてしまった前工程、すなわちユーザーインタビューや競合調査、バリュープロポジション(※)の策定に戻るんです。

※自社が提供できて競合他社が提供できない、顧客が求める独自の価値


▲グロースまでの道のりを示した「フィットジャーニー」

kurihara

前提として、グロースまでの道のりは順番どおりに右へ進むだけではなく、グルグルとフェーズをいったりきたりするものです。次のフェーズに進めなくなった途端に「もう無理だ」と諦めてしまうケースが世の中には多いように感じますが、PMFしていないのなら、前のフェーズに戻ってやり直せばいいだけです。

現にリリースしたあとにプロダクトをピボットしてPMFを達成した事例は多々あるので、これからでも十分軌道修正できると思いますよ。

アナグラム

「いまからでも間に合う」というメッセージ、とても励まされます(涙)。

ぜひとも前工程にグイっと戻ろうと思うのですが、一つ悩みがあります。書籍にて「PMFにはバリュープロポジションを見つけることが超重要だ」と語られていましたが、「競合他社に負けないポイントを見いだす」って、正直なところものすごーーーく難しくありませんか!?

kurihara

たしかに、いまこの瞬間の戦力で差別化要素を見いだすのは難しいケースもあるでしょうね。その場合は、2〜3年かけて差別化要素を “作りにいく” ことが重要です。たった数ヶ月で差別化されたブランドが確立するなんてことはまずないので、意識的に時間軸を長く捉える必要があると思いますね。

アナグラム

「差別化要素がない」とサジを投げるのではなく、「差別化要素は作りにいけ」ですね……! ハッとしました。貴重なアドバイスをありがとうございます!!!

才流の新規事業の勝率は・・・

アナグラム

ちなみに才流さんでは続々と新規事業を立ち上げていらっしゃいますが、PMFを探求した結果、やはり成功確率は上がっていらっしゃるのでしょうか?

kurihara

そうですね、新しいコンサルメニュー作りの再現性は確実に高まっていると感じます。「フィットジャーニー」のような型を持っているか否かで全然違いますよ。型がなければ、いま自分たちがどのフェーズにいるのかも、次になにをすべきかも把握できませんから。

アナグラム

いまのお話を踏まえると、現場のマーケターができることの一つはきっと型=「PMFの教科書」を周囲に布教することですね!

kurihara

ありがとうございます(笑)。書籍には書ききれなかったんですが、実は自社の新規事業立ち上げを通じて「型があってもうまくいかないケース」があると痛感しています。それは “人材の向き不向き” です。

弊社では一部コンサルタントが兼任で新規事業を立ち上げているんですが、優秀なコンサルタントは多くの場合「攻撃」「守備」で言うと明らかに守備寄りの人材なんですよ。守備寄りの人材だけで推進すると、PMFの達成に数年かかるんじゃないか、というスピード感になってしまいます。

一方で新規事業に特化したメンバーは攻撃寄りで、多少精度が粗くともフィットジャーニーを突き進んでいけるような推進力の持ち主です。こうしたメンバーがプロジェクトに入っているほうが、新規事業は間違いなく前進しますね。

kurihara

あと人材面でもう一つ。お客様の新規事業立ち上げをサポートしていると、やはり事業責任者の社内調整力が高いと成功確率が上がると感じています。新規事業なんてどうしたって計画どおりに進まないので、都度予算の追加が必要だったり計画を下方修正したりしなきゃいけません。調整力が欠けていると、こうした話を社内に通せずプロジェクトが頓挫してしまうことが多いですね。

アナグラム

フィットジャーニーを堂々といったりきたりできる推進力・調整力の持ち主を巻き込むことが、PMFには欠かせないんですね。

ぶっちゃけPMFしてなくてもなんとかなる?

アナグラム

……世の中にはPMFしていなくても一定成り立ってしまっている既存事業がたくさんあるなかで、愚問かもしれませんが、栗原さんはやはり「どんな事業であってもPMFが必要」だと思われますか?

kurihara

どんな事業であっても絶対にPMFは目指したほうがいいと思いますね。というのも、PMFしていないとマーケティング予算がかかる、営業しても売れない、お客様が満足してくれずリピートされない、キャッシュフローが悪化する、従業員の労働条件を改善できない、と負のスパイラルに陥るだけなんですよ。

PMF “しない” メリットを強いて挙げるとすれば、「働き手になんとかする力が身につく」ことくらいじゃないでしょうか。私自身、前職で扱っていたプロダクトが全然PMFしていなかったおかげで、提案資料作成スキルが飛躍的に向上しました(笑)。でも結局売上にはつながりませんでしたし、会社が提供すべき環境では一切ありませんね。

アナグラム

なるほど。働き手のなんとかする力が高まれば高まるほど、うっかり一定の売上が立ってしまい、PMFに向き合うのが遅れてしまう……といったジレンマすらありますよね(涙)。

kurihara

おっしゃるとおりです。事業がうまくいっているように見えるうちは、なかなかPMFは進みません。「顧客に向き合ったほうがいい」なんてみな頭では理解しているはずなのに結局できていないわけですから、PMFに本気で向き合うには、「このままじゃマズい」という危機的な状況に一度陥るしかないと思います。

現にPMF達成企業に取材してみると、どこも「リリースしたけど全然売れない」「鬼のように解約が相次ぐ」といった危機がPMFに向かうきっかけとなっていましたね。

kurihara

危機感は、意図して醸成することもできます。たとえば弊社ではよくお客様に対して「ユーザー10人のうち3人しか御社の名前を導入候補として挙げませんでした」というアンケート結果を報告したり、ユーザー調査の様子を録画して共有したりしています。ユーザーが「このWebサイトなにいってるのかわかんないっすね!」と無邪気に発言しているのを見ると、ようやく経営者も「このままじゃマズい」と気づいてくれるんですよ。

失注理由を報告するくらいじゃ、人間は動きません。みな「営業がダメだ」と思うだけです。“ユーザーの直の声” を届けることがなによりのポイントです。これは現場のマーケターのみなさんでもすぐに取りかかれる、再現性の高いアクションではないでしょうか。

アナグラム

やってみます! すぐにでも!! やっていきます!!!(涙)

支援会社は「顧客のPMF」にどう立ち向かうか

アナグラム

ここから少し角度を変えまして、広告代理店など “マーケティング支援会社で働くマーケター” として質問します。お客様の商品がPMFしていないとき、「お客様!PMFしていませんよ!」なんて立場的に言いづらいように感じますが、栗原さんならどのように振る舞いますか……?

kurihara

「まだマーケティングに投資するフェーズではないですね」と受注前にお断りするのもありだと思いますし、一回ベストを尽くしたあとに「商品を見直さないとこれ以上は厳しいですね」と正直に話すのもありだと思います。

才流の場合は、PMFしていないとわかった時点で伝えることが多いですね。「10万円の商材を売るのに9万円かかっているので、単価を上げないといけないし、その単価でも売れるセグメントを見つけないといけません」みたいな感じで。「PMFしていませんね」とただ伝えるのではなく、「こうするとPMFに近づけると思います」という提案をセットにすれば、お客様もきちんと受け入れてくださるように思います。

アナグラム

なるほど、ネクストアクションとセットにすることがポイントですね。しかしその提案をいざ実現するには、当然ながらマーケター側に幅広い知見が求められると思います。才流さんではどのようにしてコンサルタントの提案レベルを引き上げているのでしょうか?

kurihara

プロジェクトの進め方を型化してドキュメントを統一する、毎週勉強会を開く、ある案件に対してコンサルタント全員で議論する場を設ける、案件は2人1組でアサインしてつねに相談できる状態を作るなど、ありとあらゆることをやっていますね。

私自身も日頃から意図的に事業戦略やビジネスモデルに関する情報発信を社内でおこなっています。私が社内でWebサイト改善の話しかしなかったら、きっとメンバーがマーケティング戦略を提案するってできないと思うんですよ。何年もそうやってインプットを続けた先に、ようやくメンバーの提案レベルが一段上がる。

……「戦略を提案できる人がいない」っておそらく100社中99社が言っていると思いますが、本気でその課題を解消しようと取り組んでいる会社に、正直私はあまり出会ったことがありません。「戦略がわかる人を採用しよう」とみな短期的な解決策を考えがちですが、本当に戦略から提案できる会社にしたいんだったら、何年もかけて組織としてインプットを続けるしかありませんよね。

本気でやれば絶対できますよ。同じ人間、似たようなスペックですから。

アナグラム

ぐ……! ぐうの音もでないメッセージ、ありがとうございます!!!(涙)

多様なニーズに応えるメソッドを

アナグラム

最後に、PMFの知見を活かしながら今後才流でチャレンジしていきたいことをぜひ教えていただけますか?

kurihara

PMFに向き合うようになってから、つまりお客様のニーズに改めてしっかりと向き合うようになってから、「お客様のニーズって本当に多種多様だな」と感じています。

いままで弊社には「BtoBマーケティングの戦略立案支援」「伴走支援」といったざっくりとしたコンサルメニューしかなかったんですが、「伴走支援」と一口に言っても「社内のメンバーを教育してほしい」というニーズもあれば「PDCAがうまく回っていないのでボトルネックを見つけてほしい」というニーズもあります。マーケティングの相談と言いながらインサイドセールスやフィールドセールスに課題が眠っていることだってあります。

そのため今後は、1つひとつのニーズにきちんと応えれるようなコンサルメニューを充実させていきたいですね。

アナグラム

メソッドカンパニーを掲げる才流さんならではのチャレンジですね! 今後のコンサルティングメニューの拡充も楽しみです。栗原さん、本日はありがとうございました!

アナグラム編集後記

「PMFはどの企業も達成すべきもの」

という前提に立つと、「マーケターがとれる働き方の選択肢は2つ」と栗原さんが教えてくださいました。

PMFをすでに達成している会社で働くのか。あるいはPMFを達成していない会社で、なんとかしてPMF達成を目指すのか。

さて、あなたはどちらを選びますか?

取材:賀来重宏/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏