お金が無いなら知恵を絞れ!|「調べるおさん」こと大柴貴紀さんが考えるスタートアップのマーケティング

  • 関東

ベンチャーキャピタルとして数々のスタートアップを見てきたイーストベンチャーズ フェロー及び、サムライファクトリー取締役の大柴貴紀さん (別名「調べるおさん」)へ、スタートアップが目指すべきマーケティングについてお話を伺ってきました。

oshiba_ec

アナグラム

大柴さんはベンチャーキャピタルをはじめ、いくつかお仕事をされていますね。それぞれの比率はどのくらいでしょうか。

大柴

現在だと、実務はイーストベンチャーズに割いている時間が一番多いですね。サムライファクトリーでは取締役のポジションです。他には、イーストベンチャーズの出資先で監査役や取締役を務めたり、個人的にSEO寄りのコンサルティングを請け負ったりしています。

27歳でサムライファクトリー(当時:忍者システムズ)へ入社してから10年間、サムライファクトリー一筋で仕事をしていた反動かもしれませんが、最近は多くの会社に関わっています。

アナグラム

サムライファクトリーを一度辞めて、引く手あまたの中、転職先にイーストベンチャーズを選ばれた理由は?

大柴

いくつかオファーをもらったのですが、イーストベンチャーズがどんな業務をするのか一番分からなくて面白そうだったんです。SEOやCGM周りのオファーもいただいたものの「ああ、自分にはこういう役回りを求めているんだな」と業務が分かってしまい何となくワクワクできなかった。

あとは、10年間同じ会社に勤めていたので「本当に隣の芝は青いのだろうか?」と疑問に思う瞬間もあり、たくさん隣の芝を見る手段のひとつとしてベンチャーキャピタルは良い選択肢だなあと感じて決めました。結果、組織のフェーズによってどの会社も同じと気付くに至ったわけですが…。

アナグラム

「面白そう」をフックに転職されたんですね!沢山の企業を見ることができるベンチャーキャピタルの立場は間違いなく面白そうですよね。

大柴

ちなみに、その時のオファーの一つにTHE BRIDGEさんからライター依頼がありまして。

大柴

そちらは副業としてお受けして、現在まで続いています。ライターは本業ではないけれど、UPSTORYという自分のメディアを新しくはじめたのもありますし、文字を書くことについても今後はプロを意識して取り組んではいきたいなあと思っています。

アナグラム

見てます見てます。個人で立ち上げても良かったと思うのですが、個人でもイーストベンチャーズでもなくサムライファクトリーとしてUPSTORYを立ち上げたのには何か理由が?

大柴

はじめは個人でやろうかなと思っていたんです。でも、その頃に健康診断で引っかかり、健康面ですこし自信がなくなってしまった。万が一、突然僕がUPSTORYを切り離すことになっても責任が持てないと悩みました。一方で、サムライファクトリーでメディア事業を展開したいなという気持ちも持っていたので、万が一のことを考えて、他の子たちにも託せるようにサムライファクトリーとして立ち上げることにしました。

アナグラム

となると、大柴さんが監修しつつ記事は違う方が書かれているんですか?

大柴

いえ、ほとんど僕ですね。インターンの子も入れてはいますが手離れしないですね、中々…。スタートアップ系はインターンの子に書いていってもらいたいなと思い、例えばDiverFront代表・髙野さんのインタビュー記事はインターンの子にお願いしました。

そこで学びを得たのは、レコーダーは録らなきゃだめってこと(笑)。一発目のヤナティさんの記事は、前編・後編合わせて18,000文字くらい、取材は二回に渡り合計5時間半。なのに、レコーダー録らなかったんですよ。思い出しながらメモしたものを書き起こして何とか。

「僕はこういう風にやっているから同じようにやってみて」だと、インターンの子は再現が難しくて。今はヒアリングシートを作ってレコーダーも用意してインタビューに挑んでいます。

アナグラム

そんな裏話があったのですね…。UPSTORYはスタートアップに焦点を当てたメディアだと認識していますが、発足した経緯をお聞きしたいです!

大柴

UPSTORYと似た趣旨の大手メディアはいくつかありますが、事業家サイドからみるとまだ足りない部分も多いぞと。特にスタートアップを取り上げているメディアはほんの一握りですよね。殆どが取り上げられる機会に恵まれない。これはしっかり作り込んだメディアを作れたら需要があるし、ヤナティさんのように普段メディアに出ない方も僕ならではの人脈を使い取り上げることが出来るからぜひやろうと。本当はもう少し早い時期に稼働する予定だったのですが、自分の健康面との折り合いもありあの時期まで延びましたね。

アナグラム

「marketeer」をはじめ、最近いくつかのメディアでインタビューを受けられているのもUPSTORYとご関係が?

大柴

UPSTORYというより自分の健康面ですね。ちょっと喋っておこうかなと。ブームかな(笑)

ブログを続けていくコツとは?

アナグラム

大柴さんは別名「調べるおさん」とニックネームがつくほどの著名ブログ、インターネット界隈の事を調べるおをはじめ、数多くのブログをお持ちですよね。

大柴

全部で100個くらい持っていますね。昔で言う外部リンク目的もありましたし、あとは興味が湧くとすぐ開設してしまうので収集がつかなくなっていく…。定期的に選択と集中はするんですが、ビッグバンみたいに無限に増えていきますね……。

アナグラム

100個はすごい!毎日どれかしらのブログは更新しているんでしょうか?

大柴

いえ、毎日書くぞと決めて書けるかというとそうではなくて、書ける時に書くようにしています。毎日書くことを目標にしていないので続けられるのかもしれないですね。元々インターネットが普及する前の時代、それこそ高校の頃から紙で日記を書いていたので、何かしらを記す作業をずっと続けているんですよ。あと、様々なジャンルのブログを書いているので好奇心旺盛と思われがちなのですが、好奇心が薄いと自分では思っているんですよね。その時に気になったことをさっと書いてる感じで。ですので、、記事にはそんなに時間をかけていません。

アナグラム

SNSでよく見かけるネット系ベンチャー地図は相当時間かかっていそうですね…

大柴

記事そのものは時間あまりかけていないですね。むしろ横幅579pixel(使用しているブログのテンプレートの関係で)に納めないといけないところが難しいというか、ハマるとどこまでも載せられるのでどこまで載せるかの線引きに悩むことはあります。アップしたあとにDMやメッセージで「弊社も載せて欲しい」「この会社が無いぞ」とご意見いただくこともあります (笑)

あと、ブログを続けていくにはコツがありまして、よくないことは書かない。PVを稼ぐために敢えて炎上させる方法ありますよね。手段の一つとして否定しているわけではないですが、経験則からすると書かない方がいいと僕は思っています。

アナグラム

恐れ入ります。やはり、数あるお仕事の中でメディア運営が一番楽しいですか?

大柴

そうですね、もっと時間を充ててメディア運営をやってみたい気持ちはあります。あとは、アフィリエイト。無課金でポケモンGOレベル37までやり込むような人はアフィリエイトの素質があると周囲にも言われますし、僕もやりたいと思い続けてまだ行動に移れていないので今後どこかのタイミングで取り組みたいです。

ベンチャーキャピタル視点のスタートアップについて

アナグラム

イーストベンチャーズに入り、色々な会社を見るようになりましたよね。その中で、成功までたどり着くのが難しい会社も多いと思います。割合で言うとどの程度になりますか?

大柴

「成功」の定義をどう置くかによるけど、上場やM&Aされるような会社はそんなに多くないんですよね。多くの会社は悪戦苦闘しながらもがいています。

黒字経営のサムライファクトリーからイーストベンチャーズへ転職して、スタートアップの貸借対照表(BS)や損益計算書(PL) に驚愕したのはいい思い出ですね。何から見たら良いのか、どこを投資の判断材料にしたらいいのかと…。戦い方の違いは実感しました。

僕、なんとなくベテラン起業家担当のポジションでして、30代の起業家さんを担当することが多いんですけど、彼らテクニックがあるので数字を作る力はあるんですよ。

でも、最初の理想があってその夢に対して資金調達をしているはずなのに、いつの間にか運転資金に扱いが変わっていて、目先の売上はすごく伸びている。これ自体は会社経営として間違っていないけれど、出資した資金は事業の成長に使って欲しいわけで、銀行に置いておいてもしょうがない。

アナグラム

そのあたり、軌道修正が難しいですよね。正直に助言されるんでしょうか。

大柴

「そう言えば確認ですけど、こういうのがやりたかったんでしたっけ…?」とオブラートに包んでやんわり言うこともありますね。

一方、若手のスタートアップでは、一時期メディア事業をやるとこがすごく増えました。メディアは初期投資があまり必要じゃなかったりするので、若手がやりやすい領域ではありましたね。

MERYというスターもいたのでよりいっそう盛り上がっていました。今は、すこし波が落ち着きましたが、まだまだメディアは終わってないしむしろチャンスくらいの気持ちでいます。

アナグラム

チャンスというのは皆がメディアをやらなくなって競合が少なくなったと。

大柴

主戦場はアプリだとしても、アプリをダウンロードさせる手段は少ないし、コストもかかる。Web上のメディアで認知と集客をするやり方はコスト面以外でも効率的だと思うんですよね。そのために、インターネット上で最初に接触できるメディアの存在は今も昔も変わらず大きいですし取り組むべきです。

本題:スタートアップにマーケティングは必要なのか?

アナグラム

ベンチャーキャピタル視点から見たマーケティングについて教えてください。ずばり、スタートアップにマーケティングは必要でしょうか?

大柴

必要かどうかで応えると、間違いなく必要です。ただ、スタートアップは予算の関係上、はじめから広告に予算がかけられないケースが多い。だから、お金がある前提で考えず知恵を使ってマーケティングをやるべきです。知恵をどう絞るかが、スタートアップの醍醐味とも言えますよね。昔だったら自己演出で5ちゃんねるに書き込むとか(笑)

そういえば『忍者ツールズ』も初期は大手掲示板に「良い感じのアクセス解析がリリースされたっぽいよ」みたいなのを書き込んだらしいですよ。僕は直接やってないけど(笑)。何年か経った時、「すごい小細工してたよね!」「あのパワーはすごかった」と笑えたら最高に楽しいと思うな。

アナグラム

昔に比べてソーシャルが発展したから知恵を絞ればいくらでもPR出来やすくなったと思います。Wantedlyの打ち出し方もそうだし、自社のオリジナルブログの使い方もそう。エンジニアを採用したいという目的があるなら、逆算した手段としてTech系のブログを書き続けたり、勉強会を主催した方がいい。広報も広義の意味でのマーケティングですよね。時間はあるので知恵を絞るだけだと。

大柴

例えばファンサービス系のスタートアップの創業期では、熱量の高いコミュニティーをいかに形成できるかなので、広告が最適解ではなく口コミの紹介やリアルでのイベント・SEOなどで攻めるべきだったりする。弾丸の数は決まっていて、しかも潤沢ではないことを認識した上でマーケティングをしていく必要性があります。

アナグラム

逆に、億単位の調達を行うフェーズまで到達したスタートアップは、調達した資金をどのくらいつぎ込んで如何に回収できるかになりますね。

大柴

先ほども言った通り、調達した資金を貯めていたら意味がないですからね。「出資した額をちゃんと使える起業家は良いよね」と僕たちベンチャーキャピタルは話しています。

アナグラム

経験上、「稼ぐ」と「使う」の能力は別だと思っていて、両方持ち合わせていることが成功の要因の一つだったりしますよね。稼ぐ能力がある人はコスト感覚があるので費用対効果とかを考えて使えないし、稼げない人が使う能力だけ秀でていても意味がない。

大柴

とは言え先も見えずにただ掘ればいいということでもなく、先を見据えた上でちゃんと掘っていける人が良いですね。そんな逸材をベンチャーキャピタル側も見極めるのが難しいですけど。

こういう人はうまくいくという共通点

アナグラム

シード(いわゆる「準備」の段階)だと実績などがない、所謂学生起業家なども多くいると思うのですが、どういった方がうまくいく、といった指標のようなものはありますか?

大柴

優秀な人って話してて恐怖を感じるんですよ、変なこと言うとアホだと思われるし、どこで突っ込まれるかわからないという。例えば東大生には共通点があって、分からないことがあると必ず「それってなぜですか?」と聞いてくるんです。子供の頃の好奇心をずっと持ち続けているんだろうなと感心しますし、そういう人はいいなと思いますね。あと一つの仮説なんですが、大学よりも高校の方が純粋な学歴がみれるのでは?というのはあります。

アナグラム

どの業界もそうだと思うんですが、大成している人って変な人が多いじゃないですか。「変な人」ってある一種の誉め言葉だと思ってるんですけど、変な人のほとんどは変な人のまま終わることが多い。例えば採用や育成に関していうと何かの基準を設けると平均点は大きく上がるんですが、とびぬけた人材を見落としがちになるなというのはすごく感じています。投資先に関してもそういったことってあるのでしょうか?

大柴

スカイランドベンチャーズの木下さんは、ブルドーザーみたいにひたすら攻めて人材と出会っているのですごいなあと見ていますが、自分の場合、人を見る目、嗅覚みたいなものは研ぎ澄まされない。優秀な起業家たちとたくさん会うことで統計的なデータが自分の中に蓄積していく。そのデータと照らし合わせて見極めていくしかないですよね、機械学習のように。ただやっぱり一番大事なのは「折れない心」。特にスタートアップだと心が折れそうになる場面ってすごく多いので、そういった場面で心折れずに続けていけそうかどうかはみていますね。

アナグラム編集後記

広告がそのフェーズで本当に最適解なのか、広告に比重が偏りすぎてオーガニックの施策が蔑ろになってはいないか。私たちも仕事柄これらのことは常日頃考える立場ですが、事業サイドであろうと代理店やコンサルティングであろうと、お金がある前提で考えるのではなく、可能な限り知恵をしぼり、商品やサービスをどうグロースさせるのか、スタートアップは勿論、あらゆる企業が一考したい内容だとしみじみ思いました。

20代前半の女性を狙いたいファッションECがInstagram広告頼りでInstagramのアカウント運用をしていないのであれば、Instagramの運用をはじめて潜在層へのリーチを広げるべきですし、レシピ関連のスタートアップが初期に広告投下するのは殆どのケースで誤りです。ビジネスの種類、組織・ニーズのフェーズによって最適解は異なるからですね。だからこそ、知恵をしぼらなければいけない。

自称・好奇心が薄いタイプと仰っていましたが、興味が湧くとブログを作ってしまい100個近くまで増えたとニコニコお話しされる様子を見て、あふれんばかりの好奇心をひしひしと感じ取った取材でした^^

文:高梨和歌子
編集:阿部圭司/賀来重宏
写真:賀来重宏