リモートワーク最大の敵は『疑心暗鬼』。800名以上のリモートワーカーを抱える株式会社キャスターのこれまでとこれから|代表取締役 中川祥太さん

  • 九州・沖縄

CASTER BIZ」や「CASTER BIZ recruiting」など、事務代行を中心にオンラインアシスタント事業を手掛ける株式会社キャスター

「リモートワークを当たり前にする」をミッションに掲げ、現在では全国各地で800名以上の方がフルリモートで勤務しています。リモートワークのなかで、いかにして組織を拡大させたのか?代表取締役・中川祥太さんにお話を伺うと、そこにはあらゆる組織で通ずるヒントが隠されていました。

創業のきっかけはクラウドソーシング業界への違和感

アナグラム

中川さん、本日はよろしくお願いします!「リモートワークのマネジメントって難しくない?」「効率的だけど、課題もたくさんあるよね……。」「800人全員がリモートワーク!?」と感じている読者のみなさまを代表して、本日はいろいろと質問していきたいと思います。

まず中川さんがキャスターの事業を立ち上げようと思ったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

nakagawa

2014年頃、クラウドソーシングという仕事進め方が徐々に広がってきたものの、その仕事の受け手となるリモートワーカーは、社会的立場がとても弱い状況にありました。

働く機会を提供しているのは良いことです。ただ、表向きはきれいごとを言って、実際には「立場の弱い人たちに仕事をあげているんだから、多少報酬が安くても仕方ないでしょ?」という仕事の振り方に強い違和感を覚えました。シンプルに能力と報酬が全くマッチしていなかったんです。

今後人手不足が深刻化する実情と、企業の都合で安価な人件費で利益を上乗せするやり方がおかしいなと思ったんですよね。そこをあるべき形に正そうと思ってキャスターを創業しました。


※取材はリモートにて実施

アナグラム

構造の問題に疑問を感じていた人は少なくなかった中で、自ら解決に動いた原動力はなんですか。

nakagawa

「自分なら解決できる」と勝ち筋がみえていたからです。

リモートワークをしたい人はたくさんいて、この先特にIT領域では人手不足が見えている。その需要と供給がマッチするのは明確ですよね。

さらに地価はどんどん上がっていて固定費はかさみ、さらには市場の低価格化の波に押されて、企業はすでに四苦八苦の状況だったんです。その矛先がリモートワーカーへと向かっていたんですよね。

それなら自社で優秀なリモートワーカーを抱えておこうと。一方的に弱い立場に追いやられていたリモートワーカーと、仕事をアウトソースしたい企業との間に立つことで、きちんと工数や能力に見合った金額で仕事を受けることができる。さらにキャスターは全員リモートなので広いオフィスが必要ない分固定を抑えられ、その分をリモートワーカーの方たちに還元できると考えたんです。

アナグラム

企業側にも労働者側にも双方にメリットのあるWin-winの構造だったからこそ、ここまで継続して事業を拡大できているのを感じました。

nakagawa

そうですね。業界にいれば自明であり、誰もが賛同するビジネスモデルだったのではないかなと。

当社はリモートワーカーの労働力と報酬の相場がマッチする環境を用意しただけです。

アナグラム

事業をスタートしたあとは、予想していた通りに運びましたか?

nakagawa

1年目は比較的順調でした。東京一極集中で地方から東京に人が流れ、人手不足になった地方の中小企業からの反響が大きかったですね。

しかし、創業2年目には市場の規模が大きすぎることに気づきました。人口減少のペースが速く、人手不足の波が想定よりも早く来たんですよね。創業3年目にもなると、幅広い業務の依頼が来て、ついには対応できなくなりました。

このままでは大変だということで、現在の「CASTER BIZ recruiting」や「CASTER BIZ accounting」など、急ピッチで事業を横展開して対応したんです。

アナグラム

今はもう20近くの事業がありますよね。創業から約7年でここまで事業を増やすには、何か苦労した場面もありませんでしたか?

nakagawa

一番大変だったのは資金面です。ワーカーの存在が不可決なので、初期投資として人をたくさん雇う必要があります。その性質上、事業を横展開する速度を上げれば上げるほど、PL(損益計算書)に大きな凹みが何度も訪れるんです。一時的に資金が枯渇して、キャッシュフロー上かなりキツい状況になったときもありました。

資金調達のために合計100社以上まわった時期もあります。しかし、すでに売上が立っていて将来性もあるのに「リモートワークって本当に拡大するの?」「この時代に労働集約ビジネス?」のような固定観念が強く残っていて、説明には苦労しましたね。

リモートワーク最大の敵は『疑心暗鬼』。対処法は「本人に聞く」こと

アナグラム

キャスターは2014年の創業時から全従業員がリモートワークという働き方ですよね。当時はまだリモートワークがそれほど一般的ではなかったかと思います。リモートワークにおける社内での課題はありましたか?

nakagawa

実は、あまり苦労したことはないんですよ。

一般的にリモートワークが難しいと言われるのは、働く場所がオフィスから自宅に変わったことで、「できていたことができなくなった」ことの落差が大きく感じるからだと思います。その点、キャスターではリモート前提の働き方なのでそもそもその落差がないんですよね。

アナグラム

できていたことができなくなった……、確かに感じてます。とはいえ新たにキャスターにくる方は、前職では当たり前に出社していたという方も多いのではないでしょうか?

nakagawa

おっしゃる通り、ほとんどの方が前職では出社していた人たちです。その中で一番起こりやすいのは「疑心暗鬼」ですね。キャスターでも実際に生じました。

アナグラム

過程が見えないからこそ「本当に働いているのか?」は不安になりますよね。

nakagawa

そう、リモートワークにおける「疑心暗鬼」は仕事のプロセスが可視化されていないことが要因です。

今日やった仕事がその日に結果として現れる仕事って少ないじゃないですか。結果が出るまでに時間を要する仕事であればあるほど、プロセスが見えないことで「うまくいっているのかな」と不安が積もるのです。

その結果マイクロマネジメントを始めたり、「あいつは仕事ができない」「サボっている」など、社内で悪い噂が広まっていく……もう、疑心暗鬼の最悪なパターンですね。上司はもちろん、部下も「自分は信用されてないのでは?」と不信感が募り、信頼関係が崩壊して業務にも支障が出てきます。

アナグラム

リモートワークが増えた今ではよく聞くトラブルですね……。キャスターではどのように対処していますか?

nakagawa

シンプルに「本人に聞け」と伝えますね。

こういう問題は時間が経てば経つほど悪い方向に進んでいくので、すぐに解決するのが重要です。そのうえで「どんなタスクが、今どんな状況で、いつまでに終わらせるのか」をできるかぎり可視化しています。

勘違いしてほしくないのは、可視化は監視とは異なるということです。監視は一方的なマイクロマネジメントですが、可視化はお互いが気持ちよく進めるための方法です。可視化し、マイルストーンを敷いていれば、それを確認するだけで疑心暗鬼は生まれなくなるので、リモートでも気持ちよく仕事が進められますね。

経営に正解はない。常に疑い、アップデートするべき

アナグラム

リモートワークの組織を800人以上まで拡大するには、他にもさまざまな工夫があったかと思います。どのように試行錯誤されてきたのでしょうか。

nakagawa

組織構造でいうと、もともとはホラクラシー型でしたが、あるタイミングでホラクラシー型はやめました。

※ホラクラシーとは…中央集権的なヒエラルキー型組織とは異なり、社員の主体性が求められ、意思決定のスピードが速いのが特徴の組織

リモートワークだとオフラインと比較すると管理者1人がマネジメントできる人数が増えるので、創業当初は階層が少ないホラクラシー型を採用していました。

しかし組織拡大のなか、どうしてもガバナンスの問題が生じることに気づきました。階層がない分、情報保持の観点から一定のレイヤーまでにしか共有できない情報の取り扱いが難しくなる。結果的にキャスターのビジネスモデルと人数規模を考えるとヒエラルキー型の方が合うと考えたんです。

もちろん、現状の人事制度や組織体系が正解だとは思っていません。だからこそ、常に現状を疑い、アップデートしていく必要がありますよね

アナグラム

ひとつの型に固執するのではなく、企業のフェーズや時代の流れに合わせて柔軟に対応されてきたのですね。キャスターさんでは、全社員の90%以上が女性とお伺いしました。この企業としての特徴をどのように考えられていますか。

nakagawa

日本特有の問題で、前職での彼女たちの業務レベルが本人の実力と比べると過小評価されているケースが多いんですよね。たとえば、男性だったら役職を与えられても良いレベルの人が、女性ということを理由に平社員のままだったという状況はザラにありました。

なので、キャスターでは「実力がありそうだな」と思った方には、性別問わずチャレンジの機会を与えています。もちろん、ただの感覚値で昇格させるのではなく「それぞれの役職に必要な能力は何か」を現場の中間管理職も含めて話し合い、しっかりと基準を定めています。

アナグラム

リモートワークで働く姿が見えないなか、何に比重を置いて人事評価をしているのですか?

nakagawa

基本的には「結果」で評価をします。ただし、一部の仕事では実行から結果までの時間軸が評価のタイミングを超える場合もあります。その場合は、事業計画に基づき、部署内で独自のKPIを設定して結果点を設けています。

もし結果が振るわなかった場合には、メンバーにはきちんとフィードバックをするようマネジャー陣に伝えています。「結果を追わなくても何も言われないんだ」という無責任主義が起こるのは避けたいですからね。

リモートワークは「人的リソースのデジタル化」をもたらす、労働革命への第一歩だ

アナグラム

リモートワークの普及によって今後の社会はどのように変わるのか、中川さんの考えを教えてください。

nakagawa

リモートワークは言い換えれば「人的リソースのデジタル化」です。わかりやすい例だとサーバーが近いでしょうか。最初は自社サーバーを立てていたのが、次第にレンタルサーバーとなり、最終的にはAWSに置き換わった。働き手も同じような流れで変化するでしょう。

会社はもちろん地域や国の枠も超えて、働き手が流通していきます。その結果、世界中の人が同じフィールドで戦うことになる。製造業では海外に工場を作ったりととすでに国の枠を超えて労働力が流通していますよね。それが全業界に広がるイメージです。

アナグラム

働き手にとっては厳しい社会になりそうですね……。

nakagawa

本当にそうだと思います。会社の同期入社の人たち、日本の各業界のトッププレイヤーを目指して張り合っていた状況が、画面を超えて全世界の人と対等に勝負する世界線になりますからね。

とくに年功序列の環境でまったりと働いていきたいと考える方にとっては厳しい世の中になるでしょう。正社員は給与を下げたり解雇したりするのが難しく、会社側からすると雇うリスクが高いですから。

一見厳しいように見えますが、見方を変えれば「正しく評価される」社会になります。国籍・年齢・性別に関係なく、能力がある人が評価される、そんな未来になるのではないでしょうか。

アナグラム

がらりと変わる世の中で中川さんが今後実現したい未来像をお伺いしたいです。

nakagawa

「リモートワークを当たり前にする」を会社のミッションに掲げているので、まず、キャスターでの雇用1万人を目指していきます。

一方で、個人としてはインターネット産業の外にも進出したいです。日本全体で見ると、インターネット産業はまだまだ他の業界に与えるインパクトが小さい。重工業、製薬、半導体などの業界にインターネット産業から誰かが進出して行かないと、世の中は何も変わりません。引続き、積極的に挑戦していきたいですね。

アナグラム編集後記

普段はパソコンを携帯しないという中川さん。なんと今回の取材は、車中から、スマートフォンでのリモート取材でした。(※運転中ではなく、停車中の車中です)「じつは今、車の中なんです」と言われたときは正直驚きましたが、個人的には「こ、これがリモートワークなんだ……!」と感動を覚えました。(中川さん、お忙しいなかありがとうございました)

「リモートワーク最大の敵は疑心暗鬼」という言葉は、とても共感できるものです。一方で、裏を返せば「リモートワーク最大の武器は、相手を不安にさせない、安心させるスキル」なのではないか?と感じました。相手を思いやり、先回りして、安心させる。そんな能力がリモートでは求められているのでしょう。

キャスターさんは先進的な企業です。「リモートワーク」「女性活躍」といった他の会社ではなかなか実現できなかったことを成し遂げています。今回の取材を通して、組織としてのキャスター株式会社に興味を持った方も多いのではないでしょうか。

目標となる社員数1万人を突破した際は、また取材をして近況を伺いたいです。中川さん、ぜひよろしくお願いします!

文:下出 翔太
編集:杉山 美和 / 賀来 重宏
写真:キャスターさま提供