ミニマルなデザイン、香ばしいカカオの香り、加えて「チョコレートを新しくする」という大きな野望。「Minimal」は、私も大好きなチョコレートブランドです。
同社はコロナ禍において店舗が苦戦を強いられたなかでもECで売上を伸ばし、成長を続けています。その立役者は、株式会社βace取締役COOの緒方 恵(おがた けい)さん。
緒方さんといえば、過去のお勤め先である「中川政七商店」や「東急ハンズ」での活躍をご存じの方も多いのではないでしょうか。今回は、あらゆる小売業において成果を出し続ける緒方さんの強さの根源をのぞきにいきました。
「伝える」に必要なのはアウトプットではない
緒方さん、本日はお時間ありがとうございます! ブランディングだけでもなく、コンバージョン改善だけでもない。両輪を回して売上を伸ばし続ける緒方さんの姿は、まさに理想のマーケター像であると感じています。
僕、自分のことをマーケターだと思ったことは一度もないんですよ。ただいつも課題に対して真っ当なことを真っ当にやっているだけです。なので立場はコミュニケーションでも情シスでもなんでも構わない。それより、どんな役割であっても必要とされる人間であることを重視しています。
なるほど、まさにいままでのキャリアにおいて体現されていますよね。なかでもやはり「伝える力」が緒方さんのコアスキルであるように感じましたが、どのようにして身につけていったのでしょうか?
「伝える」というと「どんな言葉で、どんな写真で、お客様に届けるか」という、アウトプット方法にみんな目がいきがちですよね。しかし僕は、アウトプットよりもインプット、つまり物事をより深く「理解」していることのほうが、「伝える」上ではるかに重要だと考えています。
「理解」とは、「知識を自分のものにすること」です。物事を説明できる、解釈できる、応用できる、俯瞰できる、共感できること。
しっかりと理解せずに、お客様の心を動かす訴求など生まれません。うわべの理解からはうわべの訴求しか生まれない。
緒方氏の、3つのブレークスルーポイント
僕のキャリアの下地には20代で獲得した3つのブレークスルーポイントがあるんですが、それはどれも「理解」の質が上がったタイミングでした。
1回目は、前々職で照明器具のバイヤーを担当していたとき、新卒3年目くらいですかね。お客様や上司からなにを聞かれても回答できるようにするため、膨大な量の知識をインプットしました。すると「僕はいま、日本で一番照明器具に詳しい」という全能感が生まれ、怖いものがなくなったんですよ。「知識の蓄積って武器なんだな」と気づいた瞬間でした。
2回目は、EC部門に異動したあと。当時「エイチティーエムエル……?」状態だった僕は、後輩からも「なんでこの人異動してきたんだろう」と冷たい目で見られていました。もちろん1回目のように知識は増やしたんですが、ECの運営って会社経営のように多角的で、因果関係をつかむことがとても難しかったんです。
そこで僕は、めちゃめちゃたくさんの図を書きました。図にすると、文章ではなく「構造」で物事を説明できるようになる。構造がわかれば、応用したり、俯瞰できたりする。つまり、「理解」をもう一段階深めることができるんです。
まさにいま、「理解」という言葉をしっかり構造化した上でお話しいただいていますよね……! 頭のなかに図が浮かんでくるようです。
それはよかったです(笑)。3回目のブレークスルーは、社内だけでなく社外にアウトプットするようになったとき。マーケティング業界のイベントってみんな惜しみなくノウハウを話しますよね。「他社に情報を渡してはいけない」元バイヤーからすると最初かなり衝撃を受けましたが、ありがたいことに僕もイベント登壇や取材の機会に恵まれるようになりました。
社外の人と話すときって、要点だけでなく前提からきちんと説明する必要があるじゃないですか。そのおかげでアウトプット量がものすごく増えたんですよ。それに思わぬ角度から質問が飛んでくるので、そのたびに考えを深めることができました。実務外でもアウトプットする機会があることで俯瞰の質が上がり、知識が自分の血肉になっていく感覚が生まれましたね。
こうした「理解力」はまさに、どんな場所でも必要とされている緒方さんの強みですね。
自分のスペックが高いとはまったく思いませんが、あらゆる物事をすべて理解したい、「?(はてな)をなくしたい」という気持ちは人一倍強いと思います。どれだけ膨大でくしゃくしゃな知識だったとしても、一つひとつ開いて、シワを伸ばして、かみ砕いて、きれいに引き出しにしまっていきたい。スッキリ整理できるとめちゃくちゃ嬉しいんです。
ちなみに、幼いころからずっと理解マニアでいらっしゃるのでしょうか?
いえいえ、むしろ逆です。僕はずっと直感的に生きてきました。日大の芸術学部出身ですからね(笑)。クリエイティブで生きていきたかったけど、できなかった。僕にはその才能がありませんでした。
そんな自分にずっとガッカリしていたんですが、そんなときに助けてくれたのが「知識」だったんです。知識が蓄積されることで自己肯定感が上がり、構造化の楽しさにも出会うことができました。「よし、自分はこっちに進むぞ」と思えましたね。
それは驚きました。仕事に向き合うなかで、見つけた得意だったんですね。
採用時に専門知識を求めない理由
緒方さんのお話を聞いていると、マーケティングの専門知識や経験以上に「ベーシックな力を磨き抜くこと」がキャリアにおいて大切なんだな、と改めて感じます。
そうですね。僕は社員を採用するときも「人柄=カルチャーフィット」及び「地頭力」「ポータブルスキル」といったポテンシャルを重視するようにしています。製造のように高度な専門性が問われる職種でない限り、採用時における専門知識の有無はまったく問いません。
専門知識は、入社後にいくらでも増やすことができます。むしろ仕事を通じて「できなかったことができるようになる」過程って、とても重要ですよね。照明器具のバイヤーをやっていたときの僕のように、成長と、会社に必要とされている実感を得られるわけですから。
たしかに、私がいまの職場で頑張ろうと思えているのもその実感があるからです……!!!
目の前の仕事が十分できるようになったら異動して、またゼロからチャレンジする。そうやって気づけば数年後、いろんなことが理解できていて、理解しあえるようになっている。そんな組織が理想だと、僕は思います。もちろん業種とフェーズにはよりますが。
AI時代にマーケターに求められる力
後半は、これからの時代に「マーケターに求められる力」についてお聞きします。ぜひ緒方さんのお考えを教えてください。
「AIにできることが増えれば増えるほど、人間にしかできないことの価値が上がる」という前提に立つと、もっとも価値が上がるのは「未知への挑戦」だと思います。AIは過去に人類が到達した物事を瞬時にまとめて出力することは得意ですが、まだ世にないものを生み出す力は今のところありませんからね。
より具体に落とし込むと、未知への挑戦に必要な「アイデア」の価値が上がる。フィジカルな「体験価値」が重視される。さらには、人間にしかできないこと同士をかけ合わせてシナジーを生み出すような、引き出してつなぐ力、「コミュニケーション能力」もいっそう求められる。
あとはそう、「好きの力」。
この重要性はめちゃめちゃ上がると思います。うちの山下(Minimal代表)を見ているとつくづく思うんですが、「好き」という動機こそ、この世で一番模倣困難な独自価値なんですよ。
Minimalは、山下が「カカオ豆と砂糖だけで作られたチョコレート」に衝撃を受けて、好きになって、未来を感じ、立ち上げたブランドです。チョコレートそのものは容易に模倣できるものですが、偏愛度が高ければ高いほど、最終的な枝葉の部分で唯一無二のアウトプットが生まれるんですよね。
「未知への挑戦」も、「会社に指示されたから」という動機で臨む人と、「好きだから」という動機で臨む人、後者のほうが確実に速く、質の高いアウトプットが生まれるはずです。
もしかすると今後は一緒に働く仲間に対しても、ポテンシャルの一つとしてより深く「動機」を問うようになっていくのかもしれませんね。
「動機」が採用基準になる時代、ですね……! 自分の「動機」はなんなのか、改めて見つめ直そうと思いました。
たった一つの揺るぎない「動機」
最後に、緒方さんご自身の「動機」とはなにか、ぜひ教えていただけますか?
「人」ですね。僕はWhatやWhereにまったく興味がなくて、自分が好きだと思える人と一緒にやれば、なんでも楽しくなると思っているんですよ。むしろどんなに自分が好きなことであっても、嫌いな人とやったら価値が目減りする。だからなによりも重要なのは「人」です。振り返ってみれば、僕はずっと音楽がやりたいんじゃなくて、バンドがやりたかっただけなんだと思います。
Minimalに入社したのも、大好きな友人である山下が誘ってくれたからです。周囲からは散々「友人と一緒に会社やるなんて絶対に止めたほうがいいよ」と言われましたが、毎日ものすごく楽しいですよ。よくケンカしてますけど(笑)。
僕はオフィスのトイレが古くたって全然苦じゃない。だけど、「人」にだけは徹底的にこだわりたいですね。エンジョイ&エキサイティングな状況で居続けるために。
緒方さんのシンプルで気持ちのよい「動機」、しっかりと伝わってきました。本日は貴重なお話をありがとうございました!
取材中、「考えることを楽しんでいる」緒方さんの姿がなにより印象的でした。しかし、根っからの「思考好き」というわけではなく、仕事に向き合うなかで見つけた得意だというから驚きです。
もしかすると、「課題に対して真っ当なことを真っ当にやる」というマインドセットこそが、機会を呼び寄せ、得意なことや好きなことを見つけるきっかけを生み出しているのかもしれません。
もし、あなたの「動機」がまだ言葉になっていなければ、ぜひヒントにしてみてはいかがでしょうか?
取材:賀来重宏/小紫恵/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏