思考が変わると言葉が変わる。「わかりやすい」のその先へ。「伝え方」から「教え方」へのシフトを進める理由とは?|株式会社ウェブライダー代表取締役 松尾 茂起さん

  • 関東

2010年、検索経由の集客を軸としたWebマーケティングのコンサルティングやコンテンツ制作を手がける株式会社ウェブライダーを設立。毎年数多くのセミナーに登壇しコンテンツの大切さを説かれる傍ら、音楽家としても活動。2018年から株式会社Bettersの代表取締役も担う松尾茂起さんにご自身の哲学からライティングを通じて実現したい未来像についてお伺いしました。

複数事業を手掛け、見えてきた「教え方」の重要さ

アナグラム

経営者のみならず、Web制作やライターとしてはもちろん、音楽家として作詞作曲まで携わられている多才なイメージです。まずは、ウェブライダーで松尾さんがメインで見られている事業についてお伺いしたいです。

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経営としての仕事は勿論ですが、事業自体が複数あるため図で説明しますね。事業は大きく分けて3つあります。「自社サービス」「コンサルティング」そして「Web制作」。

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コンサルティングは基本的にぼくが行くことになっていて、プラス社員2名でやっています。今までは3つの事業それぞれ同じ位の比率で行っていたんですが、現在は制作の比率がどんどん少なくなってきていますね。

アナグラム

制作工程の難易度や継続的な収益面など、さまざまな事情から昔に比べて制作をやられている会社さんがどんどん減ってきていますよね…。

「いい制作会社紹介してよ!」というお題が最も難しい相談事の1つになってしまっています。

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おっしゃる通りですね…制作会社さんの数は少なくなってきているもののウェブライダーの場合、制作での実績がコンサルティングで話すノウハウにつながるので、制作を完全に無くすということは考えていないですね。

実は弊社では自社メディアをいくつか運営していて「美味しいワイン」や「Betters」などがあります。「Betters」はぼくが別に代表を務めるBettersという会社が運営母体なんですが、主にウェブライダーで制作運営しています。ここに、たまに受託案件が入るというイメージですね。

アナグラム

なるほど、実質的には受託での制作のお仕事は現在はあまり受けられていないという感じですかね?

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年に2、3回程度ですかね。多くはないです。

アナグラム

そうなると、主力の事業は自社サービスの賢威(ケンイ、27,000ユーザー以上の方が使っているSEOテンプレートパック)、文賢(ブンケン、文章作成アドバイスツール)の2つになるのでしょうか?

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実はもう1つ事業があって、バナープラスという画像作成ソフトは今でも根強く販売できています。

というわけで、自社サービスは、賢威、文賢、バナープラスの3つです。売り上げで見ると2019年10月にブランドリニューアルをした文賢が賢威を上回る成長率ですね。

アナグラム

おおお!文賢をブランドリニューアルしてからまだそんな日が経っていないですよね…?早くないですか?

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SEOテンプレートの賢威は、アフィリエイターさんの動向にも依存する背景があり、現在ちょっと横這い気味ですね。一応、サービスとして収益化はできているんですけど、今後もずっとこの収益が続くとは思ってはいないですし、文賢をメインに注力していきたいと考えています。

面白いことに、文賢を導入してくれた会社さんの中には、ウェブライダーの事業のことをよく知らない会社さんが多いんです。導入後、会社名で検索してみたらSEOコンサルティングをしている会社だと気付く…と(笑)

アナグラム

文賢によって新たに顧客開拓ができているんですね。そして、会社の事業ポートフォリオのバランスがとてもきれいですね!

null

自分で言うのもなんですが…器用貧乏というか、たった14人ほどの人数の割に、いろいろな事業に手を出しすぎていると思うんです…。

ぼくの中では「選択と集中」のポリシーをどこまで反映させるかでいつも悩んでいますね。

アナグラム

ぼくからすると、事業がどこか1つに偏っていないのでメンタルが整うようなポートフォリオという印象を受けますけどね。1つに偏りすぎるとそれはそれで大変ですし…。

null

おっしゃる通りメンタル面でみると、これまでずっと楽しくやらせていただいている感じはありますね。

アナグラム

今回はさまざまな面から松尾さんのお話しを聞きたいなと思ってまして、他であまり話されていないようなお話しを聞きたいなと思ってます。

そこで、Bettersという会社を設立された理由をお聞きしたいです。出資をされているというお話も伺ったのですが…。

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自社でメディアを作ることに限界を感じていた時に、ひょんなきっかけで「デジサーチアンドアドバタイジング」という会社さんと知り合いまして、この会社さんがとてもユニークな視点をもった会社さんで、ぜひ一緒に新しいメディアを作りませんかという話になったんです。そうして生まれたのがBettersです。

アナグラム

なるほど。同じメディアを運営するにしても、他社とコラボすることで新しいメディアを生み出す、と。様々な事業をやられているイメージは以前から持っていたのですがまさかここまで多岐に渡っていたとは初耳です。

null

いやいや、愚直に草の根でコツコツやっている感じですよ。

アナグラム

お話を伺っているとデジサーチアドバタイジングさんと知りあったことが松尾さん自身はもちろん、ウェブライダーとしての1つの転機だったのかなと想像できます。

さて、松尾さんご自身が今1番興味をもっている事業はどれになるのでしょうか?

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1番興味を持っている自社サービスはやっぱり文賢ですね。事業をスケールさせるだけでなく、そこに込めた思いをしっかり世の中に発信していきたいと思っています。その思いというのが「言葉の学び方を変えたい」というものなんです。

アナグラム

松尾さんのVoicyチャンネルを個人的にいつも拝聴させていただいているのですが、Voicyの直近の放送でもよく教育のお話をされていますよね。

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そうなんです。今までうちは「伝え方」を軸に事業を展開してきた。けれど今は「教え方」こそが大事なんじゃないかと考え始めているんです。

アナグラム

「伝え方」ではなく「教え方」ですか…。詳しくお伺いしたいです。

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「教え方」とは、その情報や知識をいかにして相手の中に定着させるか、ということでもあります。情報や知識は、ただ「伝える」だけではダメで、相手が自分のものになるまで「教え」なければいけない。

たとえば、文賢というツールは、「こうすれば良いよ」という指摘をするだけでなく、「どっちが良いかはあなたが決めてね」という形で、ユーザーに選択を委ねます。つまり、ユーザーに「問い」を与えることで、学びの機会も与えていることです。それにより、文賢を使い続ければ使うほど、言葉に関する思考が深まっていくわけです。

多くのツールは人間の作業を代替しますが、ぼくは人間の思考を拡張するツールをつくりたい。極論をいえば、文賢のユーザーが、最終的には文賢を使わなくても、自信をもって自分の言葉を紡げるようにしたいんです。

その流れで、文賢の最近のアップデートでは、各指摘の補足文をデフォルトで表示するようにしました。この補足文は元々、UI(ユーザインタフェース)的には美しくないからということで、隠されていたものです。

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しかし、ぼく自身、文賢を使っていく中で1番価値があると思ったのが、その補足文だったんです。補足文には、言葉に関するいろいろな指摘の詳しい理由が書かれています。かなり事細かく書かれているので、一度見た限りだと記憶に残らないかもしれません。

しかし、それがしつこいくらい毎回表示されると、脳に刷り込まれていくのです。反復学習のような感じですね。不便だと思われていたものこそが実は本質的には便利だった…みたいな展開でしょうか。

アナグラム

すごいなぁ。文賢の誕生の背景やきっかけはどのようなことだったのでしょうか。例えば、新入社員のメールの文章の添削を仕組み化しようと考えたとかですか?

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もともとは、自社で記事を執筆しているときに、「気が付けばいつも同じようなフィードバックをしているから、これをなんとか効率化できないか」と考えたことがきっかけでした。

フィードバックって、する側も嫌だしされる側もいい気持ちはしないじゃないですか。加えて、フィードバックするポイントって大体同じようなところばかりというのがわかってきたのでフィードバックするのを人間ではなくツールにしようと考えました。そうすることで、誰も傷つかなくなるからというので開発した自社ツールが始まりだったんです。

そうして開発した自社ツールがとても便利だったので、これは世の中へ向けて提供すると良いのでは?と考え、一般販売へとつながりました。

ちなみに文賢の当初の開発では、AIを用いていました。しかし、今はAIは入っていません。というのも、いろいろ試してみてわかったことなのですが、AIが日本語の文脈を理解できるのはまだまだ先だという判断に至りまして…。あくまでもうちの判断ではあるのですが。

アナグラム

日本語って難しいですもんね。

「やばい」という日本語1つとっても文脈によってポジティブな意味にもなるしネガティブな意味にもなる。その文脈を今のAI技術では識別することが難しいという話を聞いたことがあります。

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そうなんですよねぇ。めちゃめちゃ難しいです。

アナグラム

ということは、言葉のチェックで使うための辞書を自分たちで手動更新しているんですか?

null

はい、そうなんです。よくありそうな間違いパターンを自分たちで収集して、それをアルゴリズムに加えて…を繰り返しています。

あとは「これもチェックできるようにしてほしい」というユーザーさんからのフィードバックもできるだけ反映させるようにしていますね。実はすごく体育会系なツールなんです(笑)

ちなみに、文賢には文章をチェックする機能だけでなく、文章の類語表現を提案する機能もあります。実はこの機能こそが文賢のオリジナリティといってもいいほどで、この機能によって、自分が想像もつかないような類語表現に気付くことがあります。

例えば、「頑張る」という言葉を入れると「ビートが変わる」という表現が表示されたり。

アナグラム

ビートが変わる!?(笑)

null

はい(笑)

「頑張る」ということは、テンションを切り替えることだから、それはまさに音楽でいうビートが切り替わるタイミングではないかと(笑)たとえば「オレ、今から、16ビートに切り替えるわ」みたいな(笑)

これは1つの例ですが、こういう遊び心を入れながら楽しく文章を書いて欲しいんです。この表現辞典の機能を入れようと思ったきっかけが「美味い居酒屋」というメディアなんですよね。

アナグラム

「京都 居酒屋」や「新橋 居酒屋」でGoogle検索すると上位表示されているコンテンツですね!

表現の限界のその先へ。思考が変わると言葉も変わる

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「美味い居酒屋」の記事を書いてるときに「おいしい」という言葉を使わずに美味しさを表すことに限界を感じ始めたんです。

アナグラム

おいしいの表現の限界…!確かに、「おいしい」って言ってしまったらそれで終わりですもんね。

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はい。グルメ系メディアの場合、その料理の味を、言葉を使ってどのようにイメージさせるかが大事なんです。だから、美味い居酒屋の場合は、できるだけ「おいしい」という表現を使わないようにしています。

アナグラム

記事を拝見させて頂いているのですが「まろやかさがベストマッチ」など、なかなか面白い表現ですね。確かに「おいしい」と言われるよりも味が想像しやすいです。

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そういう表現をいろいろ入れていきたいんですけど、さすがに毎回考えるのが大変になってきて。だから、文賢の文章表現機能で「おいしい」に代わる表現が出てくるようにしたんです。

たとえば「うどんの4番バッター」とか「思わずガッツポーズをするような唐揚げ」みたいな感じです(笑)

アナグラム

もしかして、これらのボキャブラリーも全て手動で入れていってるんですか?

null

そうです。ぼくが手動で入れました。

アナグラム

ヤバい(笑)語彙力を試されますね。

語彙力でいうと、松尾さんもご自身で作詞をされていますよね。代表作である恋のSEO!の歌詞で出てくる言葉のチョイスがとても印象的なのですが、松尾さんの中にあるボキャブラリーの集大成がこの文賢でもあるのですね。

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そうです。例えば、ぼくの文賢では自分の作詞用の表現辞書が入っていて、これを使えばあっという間に歌詞のプロトタイプがつくれます。「明け方のオルガンの音を聞き、僕は北を向き駆けだした」みたいな。

アナグラム

すごい!

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ただ、文賢はあくまでも教育ツールです。文章を書くことは手伝うけど、ラクはさせないよ、と。

だから、たくさん入っている文章表現も、そのまま使ってもらうことを考えているわけではなく、あくまでも、その機能を通して想像力を高めてもらい、オリジナルな文章をつくってもらおうとしているんです。

アナグラム

確かに、みんなが同じ文章表現を使うと、それはそれで同じような文章が量産されてしまいますものね。

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はい。ぼくは自分の哲学の中で、「人間のアイデンティティは思考することだ」と考えています。

たとえば、今の世の中では「わかりやすさ」が重視されています。ただ、わかりやすいものって、実は食べやすくカットされた料理みたいなもんなんです。すでにカットされてしまっているから、元々の料理がどんな形で、そこに料理人がどんな思いを込めていたかがわからない。そうなると、自分に本当に合っている調理法と永遠に出会えなくなる。

自分に本当に合った調理法と出会うためには、ひとつ上のレイヤーに立ち、思考する必要があるんです。「もっと良い調理法はないか?」と。そのために必要なのが「問い」なんです。

だからぼくは、誰かに答えを与えるにしても、答えを与えた先に「新たな問い」を見つけてもらうことを大切にしています。

アナグラム

今の時代、検索したら何でも答えがわかってしまうからこそ「ググって」終わりになりがちですよね。

ググるとその一瞬の疑問は解消されますが、果たしてその解消が知識として蓄積されているのかは別議論のような気がしています。

null

そうですね。人はラクできると、そこからどんどん抜け出せないようになります。

たとえば、よくあるランキングサイトなんかも、人の思考を奪いがちなサイトだと思います。人は失敗したくないので、ランキングサイトで1位になっている商品を買いがちですが、十分に考えてから買っていないので、その商品に満足できなかった場合、「騙された!」と怒り始める。

そうなると、その商品に対してネガティブなレビューが増えます。そのレビューの中にはおそらく、そのユーザーが思考すれば防げたようなものもあるでしょう。つまり、今の世の中、自分の思考不足を他者に責任転嫁をする人が増えている気がしているんです。

そんな世の中が進んでしまうと、他者の気持ちをしっかり考えられない人たちが増えてしまう。殺伐とした世の中になってしまうわけです。

だからこそ、自分の頭で思考し、自己責任で物事を捉えられる人が増えるといいなと思っています。そして、それこそがウェブライダーで取り組んでいきたいテーマなんです。

アナグラム

非常に松尾さんらしい優しい考え方ですね。

昔、某検索エンジンの会社の中で働かれている方が「もしかすると、検索エンジンは世の中を便利にしている一方で、人から思考する力を奪っているのではないか」と、松尾さんと同様のことを言っていました。

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その話、とてもよくわかります。

ぼく自身、『沈黙のWebライティング』という本やセミナーを通して「わかりやすいこと」の大切さを説いてきた側の人間なのですが、今では「わかりやすい」ということを強く打ち出す怖さも感じています。

もちろん、わかりやすく伝えることは世の中にとって必要とされていることは間違いありません。ただ、わかりやすく伝えるにしても、そのあとに、相手の成長につながるような「問い」を残してあげることも大事なのではと思うようになりました。

実は『沈黙のWebライティング』にも、問いをたくさんしのばせています。だから、ぼくの哲学を知ってもらった上で、再読していただけるとうれしいなあと思っています。

情報をどのように演出して教えるのか。自分に合う情報伝達の方法を模索したい

アナグラム

少し話が戻りますが、先ほど松尾さんがおっしゃっていた「教える」ことに関しては、最近よく思うところがあってぼくなりに研究対象としているのですが、現代の教育は同学年の皆が一斉に同じスピードで教わる形がスタンダードになっているじゃないですか。これって人類の歴史上、現代にしかない形なんだそうです。一説では兵隊教育のコスパのいい方法としてできた風習なんだそうです。

しかし、長い歴史で振り返ると一人ひとりの学びに合わせてユニークで教えていた寺子屋方式が歴史的には長い期間採用されているやり方であると。

戦争の為に作られた教育の形が今のスタンダードになっているのだとすると、これを元の寺子屋方式に戻すべきだという方々が今、実際に教育システムを変えるべく動いているというお話を聞いた時にすごい納得したんですよね。

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それは初めて知りました!なるほどなぁ。
ウェブライダーがつくるツールも、個々に別々の「問い」を与えるようなツールになればと思っています。

同じツールを使っていても、最終的に学べる知識は異なる、みたいな。

アナグラム

いいですね!

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その上で大事なのは、学ぶ側の「学び方」だとも思います。

たとえば、「本をたくさん読んでいます」と言いつつ、本の内容をほとんど憶えていない方っているじゃないですか。あれはおそらく、本を読んだだけで、本の内容が自分のものになっていない状態なんだと思います。

本の内容を自分のものにするには、本を「使う」しかない。使うという意識をもって本を読むだけでも、本を読む時間の有益性が変わってきます。本の「使い方」を知っておくだけで、同じ時間の読書でも、得られる知見が大きく変わると思うんです。

そういったことを教育によって伝えていきたいと思っています。

アナグラム

「教える」ことってトリガーを引くことだとずっと思っていて、あの某CMのやる気スイッチじゃないですけど、楽しみ方も人それぞれだし、面白いと感じるポイントも違う。

たとえば、やりがいという言葉1つとっても、お金の人もいれば、働きがいの人もいるし、異性にモテたいっていうのもあるじゃないですか。人によって全然違うトリガーを自分で引ければいいんですけど、引けない人の方が圧倒的に多いので難しいですよね。

null

おっしゃる通り難しいですね。

今のGoogleの検索結果は最大公約数的なものになっていて、一時期ほどパーソナライズドになっていません。また、結局多くの人がYouTubeなどでは人気の動画ばかり観てしまう。

つまり、自分に合った学びのスタイルに出会うのが案外難しい時代になっているのではないかと思うんです。だから今こそ、パーソナライズドされた教育コンテンツの存在が必要になるのかもしれないですね。

検索するユーザーの中には、「知りたい」だけでなく「学びたい」という人もいると思うので、学びよりの検索ワードに関しては、各人のやる気スイッチに合ったコンテンツが検索結果画面に表示されると面白そうだと思っています。

アナグラム

おっしゃる通り、個々にパーソナライズされたやる気スイッチコンテンツはいいですよね。

null

実は同じような話を、ある転職会社の人と話したことがあって。

その会社さんはいわゆるHowTo記事をたくさんつくって、検索結果で露出させているんですが、それらのコンテンツは必要なときにしかアクセスされていないことに気付いたそうです。HowTo記事だから、悩みが解決するとすぐに離脱しますし、回遊させることも難しい。

要はファン化できていないんです。ファンなら、特に用がなくても他のコンテンツにも目を通すでしょうから。だから、検索エンジンで上位表示できなくなったら、自分たちのコンテンツの存在ってどうなってしまうんだろう、と悩んでいらっしゃいました。

アナグラム

なるほど、記事はインデックスされて上位表示されているけれど、それだけで終わってしまっていると。

null

そうなんですよね。検索エンジンにはインデックスされても記憶にはインデックスされない。

アナグラム

なるほど(笑)ボキャブラリーが加速しますね。

null

そういう考えがあって、ぼくはHowToコンテンツをやみくもに作らなくなったという経緯があります。コンテンツの存在そのものの考え方から変えたほうがいいと。

アナグラム

すごい、もはやSEOではないですね。

null

最近、うちの会社では人間の本質についての議論が多くなっていて。

結局この世の中は人対人のコミュニケーションで出来ている。だから、コンテンツというものに向き合う以上に、コミュニケーションというものに向き合う必要があるんじゃないかと。

ぶっちゃけ、コミュニケーション力こそが最強じゃないですか。良好なコミュニケーションをコンテンツを通してどう実現するか、それが大事だなと。文賢もその過程で生まれてきたツールです。

アナグラム

松尾さんの思考の変化は、いち経営者として、同じ時間を生きている身として非常にわかります。

自分の意志が残り、世の中が良くなっていく断片になりたい

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自分の人生を振り返ったときに目標ってなんだろうと考える機会があったんです。

昔から漠然と考えていたんですが、ぼくの人生の目標は自分が死んでも自分の意志が残り、世の中が良くなっていく断片になりたいと思ったんです。

そう考えたとき、自分の意思を残すためには、自分の思考をしっかり世の中に発信しておく必要があると気付きました。ツールを残すだけでなく、そのツールに込めた思考や意思を残す、と。

「文賢を使うと、文章作成がラクになる」というような思考ではなく、なぜ松尾は文賢を考えたのか?文賢を通して実現したい世界はどんな世界だったのか?ということをしっかりと伝えていきたいと思っています。

そのためには、自分の思考をどんどんブラッシュアップして、後生に伝わりやすい形で言語化しておかないといけない。

アナグラム

いい話ですね~。

null

だから、ここ3年くらいでセミナーの内容やプレゼンの方法も変えているんです。自分の思いをしっかり乗せよう、と。

セミナーで求められているのはノウハウですが、ノウハウなんて人はすぐに忘れてしまう。大事なのはそのノウハウにつながった思考なんです。その思考を伝えるために、感情豊かにプレゼンします。人は相手の感情に共感することで、その世界を追体験できますから、記憶に定着しやすいんです。

今でも憶えているのが、セミナーを受講してくださった方からの感動的なお手紙です。そこにはセミナーのノウハウに関しての感想ではなく、ぼくがセミナーで語った思考をもとに行動し始めたら、日々の仕事が変わったという内容が3000文字くらいの手書きで書かれていました。

ああ、ぼくの拙いプレゼンでも、人に影響を与えることができるんだなと感じた出来事でした。

アナグラム

少なくともその手紙をくださった方の人生を動かしてるってことですもんね。

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はい!

ぼくが周囲の流れが変わってきたと感じたきっかけは、やはり2015年から出版されている「沈黙シリーズ」です。

本だと5~6時間の間、読み手に対して自分の思考を提供できるわけじゃないですか。だから、ぼくの思考を今までよりも深く伝えることができています。

もちろん、今から5年くらい前の本になるので、本を書いたときよりも今のほうが思考は深まっています。だから、また新しい本を出したいという気持ちも大きいですね。

ちなみに、ぼくはよく自分の本のレビューをエゴサーチするんですが、本当にありがたいことに、沈黙シリーズのレビューはほとんどがポジティブなんですよね。世の中を良くする一助になれているとしたら、本当にうれしく思います。

ビジネスの根底にある「哲学」とは

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ぼくは、ただ儲けている“だけ”の人の言葉ってあまり響かないんです。

お金をいくら稼ぐかというより、どのような哲学をもって稼ぐかを大切にしている人の言葉こそ響きます。

アナグラム

ぼくもわかります。結構前のことなんですが、受注したらめっちゃ儲かる!という仕事がありました。ただ、いろいろなものと天秤で測った結果、受注しないことに決めたんです。

今思えばあれは正解だったなと。今はしっかりとした哲学ができたので、そういう儲かるだけの案件は受注しなくなったのですが、天秤で測っていた時点で、自分なりの哲学を大切にしていたんだろうなと思います。

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自分の哲学をもった上で、富を生み出す。長期的に見ると、そっちのほうが絶対にいいですよね。

アナグラム

それが最高ですね。というか理想のカタチです。

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哲学のもとで生まれたビジネスで得たお金って、ある意味、本当のファンが応援してくれたお金のような気がします。

相手の哲学を理解するためには思考が必要です。だから、お金を支払う側も、それなりに思考してお金を払ってくれているんだろうと。

同じ10,000円払ってもらうにしても、思考して自分が納得いく形でお金を払ってほしいという気持ちはずっとあります。

世の中にはいろいろな視点や考え方があるので、どの哲学が正しいとは決めつけられません。ただ、少なくとも、自分で導き出した哲学は自分の中での正義なんです。その正義を支持して下さる方々と一緒に事業を伸ばしていけるのが、1つの理想型なのかもしれません。

アナグラム

ぼくはこのマーケティアというメディアを通して、いろいろな方がどんなタイミングで哲学をもち、そしてビジネスをどう展開させていったかを知りたいと思っています。

そこにこそ、その人の魅力があるんじゃないかと思っていますし、実はマーケティアの裏コンセプトだったりします!

null

いいですね!

そうそう、哲学をもち始めて気付いたことですが、哲学をもつと、ひとつひとつの言葉を自分なりに定義するようになるんです。言葉のもつ意味の力を大切にするようになるというか。

たとえば「優しい」という言葉ひとつにしても、人の憂いが分かる人、という意味で定義をすれば、人の悩みや不安を理解することが優しさへの一歩となります。

さらに言えば、人の悩みや不安に飲み込まれないようにしないと、相手を救うことはできないので、やっぱり優しい人は強くないといけないわけです。言葉っていうのは実に奥が深いなあとこの歳になってようやく気付きました。

アナグラム

言葉は大事にしたいですよね。「クソ〇〇」とか使いたくないです。

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わかります(笑)

なんか、そういったスラングっぽい言葉を公の場所で使うと、自分の哲学のひとつが崩れてしまう気がしています。

ちなみに、アナグラムさんのブログを見ていたら、「刈り取る」「囲い込む」などの言葉は使わないほうがいいと書かれた記事を見つけました。あの記事を見たとき、感動したんです。僭越ながら、ぼくが考えていることと同じことを考えている人(会社)がいるということにうれしくなって。

参照:アナグラムが考える、広告運用者が使わないほうがよい7つの言葉

アナグラム

ありがとうございます。

弊社では昔から言葉を大切に使ってきたんです。たとえばNGな言葉でいうと、「刈り取る」や「囲い込む」などの他に「消化」とかもあります。そもそも、自分たちの予算を消化されて気持ちよく思う人っているでしょうか。多分いませんよね。なのに、現場では今も使われている。

言葉は普段の思考から生まれるので、ああいった言葉を使い続けていると、普段からあまり深く考えていないのでは?とも誤解されてしまうと想うんです。

視点が変わると言葉が変わる

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最近、現代人って心がどんどん寛容じゃなくなってきているのでは、と思うんです。

強い言葉を使って、相手を不必要にdisって自分を持ち上げようとしたり、自分の正義を押し通そうとして、対話もせずに相手を燃やし尽くそうとしたり。

正義なんて人の数だけあるんですから、もう少しお互いの考えを知るために歩み寄ったり、対話をしたり、相手の良いところを見つけようとする意識こそが大事じゃないかと思うんです。

世の中が便利になって、自由に使える時間が増えているはずなのに、世の中の情報量が増えたせいか、心の余白の総量がどんどん狭くなってきている…。何のための文明進化なんだろう、ってたまに悩みます。

アナグラム

寛容でないということは、おそらく、自分の心が満たされてないのかもしれません。

自分の心が満たされていないからこそ、他者を蹴落とすことで擬似的な満足をつくり出す。だからTwitterとかで人をカンタンに傷つけてしまうんじゃないかなと。

SNSを使っていると常に他者との比較にさらされますから、ここはあえて、もうちょっと抽象度高く生きればいいのになって思ったりもしますね。

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そうですね。とてもよくわかります。

だから、文賢をはじめとしたウェブライダーの事業を通して、世の中に思考の余白をつくりたいんです。世の中がどんどん便利になっていく一方で、人の心の余白はどんどん狭くなっていきます。だからこそ、ビジネスを生み出す側からその余白をつくる努力をすべきではないかと。

アナグラム

お、まとめてきましたね(笑)

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文賢が意識していきたいのは、ある種の「愛のある先生」です。その知見が相手に十分インプットされるまで、何度も同じ事を言い続ける、と。

まあ現実にそういう先生がいたら、注意する側も注意される側も嫌かもしれませんが、ツールという「無機質」なものだからこそ、繰り返しおこなわれても嫌悪感がないのではと思うんです。

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文賢にはいろいろな文章をチェックする機能が入っていますが、メールの文章のチェックなどは特にしっかりおこないます。敬語は大丈夫か?日本語として恥ずかしい表現を使っていないか?などを事細かく指摘してくれます。

ただ、そこで大事にしているのは「文賢の言うことは必ずしも正解ではないよ」ということなんです。たとえば、誤字脱字がないことが絶対にベストかというとそうではないケースがあります。

ものすごく急いで謝罪をしなければいけない局面があるとき、あまりにも美しく整っている文面だと、「この人は本当に焦っているのか?」と逆に突っ込まれてしまいます。だから大切なのは、人間的な文章を書くことなんですよね。

私たち人間は、人間なのに機械的な文章を書いていることが多い。その事実を文賢というツールが悟らせてくれるんです。

文賢が実現したい文章は、美しい文章でもスタイリッシュな文章でもありません。人間的でありつつも読みやすくわかりやすい文章なんです。文章を書くすべての人たちが、言葉を紡ぐ前に「あ、こういう言葉を使うと、相手はこう思うかもしれないな」と考える。その思考の余白をつくる一助になれればと思っています。

アナグラム

素晴らしいですね。

今の話ではないですが、ぼくも昔同じ経験があって自分の送ったメールで相手からめちゃくちゃ怒られたんですよね。今そのメールを読んでも怒られる要素があるようには読めないんですが…確かに自分の意図と異なる解釈をさせてしまう余地はあったなと思うんですよね。その経験からアナグラムでは今でもメールの推敲文化が残っているんです。

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弊社もアナグラムさん同様に推敲を大切にする文化があります。たとえば、ぼくの文章も社員たちに容赦なく推敲されます(笑)

弊社には「世の中には完璧な人間はいない」という考え方があるので、お互いにお互いをフィードバックする文化が根付いています。

ただ、フィードバックする際には、相手が理解できるフィードバックであることを前提としています。「なんだかわからないけど読みづらい」という伝え方だと、ただの文句になってしまいます。だから、フィードバックする際は、フィードバックする側が、なぜその文章がダメなのかの「理由」と「代替案」をセットにして伝えるというルールを設けています。

そんなに大変ならフィードバックなんてしたくないという人も出てきそうですが、残念ながら、うちはフィードバックをすることが重要な文化になっているので(笑)

入社するとその日から誰かの文章やコンテンツのフィードバックをしてもらうことになります。

アナグラム

すごくよくわかります。

うちでも「グロースハック」という社員全員で1つのアカウントを分析する取り組みを毎週やっているのですが、グロースハックをはじめた当初はめちゃめちゃギスギスしたんですよね。

詳細はブログに記載しているので割愛しますが、そのときにぼくが気付きを得たある言葉があって。その言葉とは「Team Geek」という書籍の中で書いてあった「君の書いたコードは君自身じゃない」という言葉です。

ぼくらのアカウントも一緒で「君の作ったアカウントは君自身じゃない」と、つまり、そのフィードバックは君の人格を否定しているわけではないよ、ということを事前に伝えることで、グロースハックが上手く回り始めたんです。

いやー、こういう話ができるのはうれしいなあ。

言葉で批評された人は言葉でしか回復しない

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あと、文賢では「世の中に褒め言葉を増やしたい」という思いもあります。

人を褒めるのって案外難しいんですよね。当たり障りのない言葉だと、本当に褒めているのかわからなくなる。だから、文賢の文章表現には相手を評価する際に使えるようなポジティブなフレーズがたくさん入っています。

批評やレビューを受けるとやっぱりどうしてもメンタルパワーが下がっていてしまい、その下がったメンタルは飲みに行ったりとかしても多分解決しないんですよね。結局、言葉で批評された人は言葉でしか回復できないんです

アナグラム

仕事の報酬は仕事、という考え方に似ていますね。

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この話って、音楽の話にも通じると思っていて。

たとえばジャズのセッションって初心者の方が参加することもありますが、良いセッションオーナーっていうのはとにかくみんなを褒めるんですよね。「君、さっきのDm7(ディーマイナーセブンス)のコードしびれるねぇ」「そのフレージング最高」とかピンポイントで褒めてくれるんです。そんなピンポイントで褒められたらめっちゃ嬉しくなるじゃないですか。

音楽の世界って基本コミュニケーションの世界だと思っています。音楽が世界共通の言語である理由がそこにあるのかなと。お互いのモチベーションを高めて、もっと良いサウンドを導き出す、と。

だからぼくはレコーディングのときとか、歌い手さんをめっちゃ褒めます。これってカメラマンと一緒ですよね。モデルさんに対して「いいね!いいね~!」って言いながらノリノリでシャッターを切るカメラマンみたいな。カメラマンのテンションが上がると、モデルさんもそれに乗せられて、いい表情になるんですよね。

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人は褒められることで、自分の限界を越えることができます。

もちろん、褒めるだけではなく、ある種の厳しさも必要だとは思いますが、相手のモチベーションをどのようにして高めてあげられるのかがコミュニケーションにおいては大切なのではないかなと。

だから、文賢では褒め言葉で使えるような文章表現をたくさん入れました(笑)ぶっちゃけ、ぼくも人を褒めるのがあまり上手くないので、文賢を通して学びを得ている日々です。

アナグラム

言い方で受取側の印象もだいぶ変わりますよね。1言って、10褒めるみたいな。

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まさにですね。

先ほども言ったように、褒めるためには語彙力がすごく必要になるんです。その相手専用の褒め言葉を用意するイメージです。ただ「すごいね!」って言い続けても、その言葉って他の人にも使えてしまいますからね。

だから、相手を褒めるときにはできるだけ相手の印象に残る褒め言葉を考えるようにしています。もし文賢を使うのなら「このアイキャッチ画像、4番バッター級やなぁ」とか「令和になって初めてオレの心にジャストミートしたわ」とか「この文章、オレの琴線に触れたからプリントアウトして枕元に置いておいてもいい?」とかでしょうか(笑)

そんなふうに言われたら、自分のクリエイティブをしっかり見てくれているとも感じますよね。人はパーソナライズドされた褒め言葉を求めているんです。ただ、やりすぎると珍しさが減ってしまうので、ここぞ!という時にしか使いませんが。

アナグラム

いいですね。褒めるのももちろん大事ですが、ぼくの中では「ありがとう」を大事にすることも意識付けています。

昔、社員から「最近、ありがとうが少ないです」と言われたことがあって、それがすごく衝撃で今でも覚えてるんですよね。ぼくなりに「ありがとう」は大事だと思っていて、ちゃんと言っている”つもり”になってたんですよ。

でも、「最近、ありがとうが少ないです」って言われた時、ぼくは相手が求めるだけのありがとうの量を伝えられていなかったと気付いたんですね。そのとき、自分の物差しだけで、相手に必要な言葉の量を決めつけるのはよくないと感じたんです。

null

それはすごい気付きでしたね。ありがとうの処方量が減っているように感じたんですかね。

アナグラム

そうなんです。

その社員にとっては、他の人からではなく、ぼくからのありがとうの補充が必要だったのかもしれません。何を言うかよりも誰が言うかが大切という事例ですね。

そしてその社員も勇気が相当要ったと思います。「ありがとうが足りないです」なんて、普通なかなか言えないじゃないですか。

そういう出来事があり、今ではすごく「ありがとう」という言葉に意識が向くようになりました。

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いい話ですね。ぼくも「ありがとう」という言葉のもつ力をもっと大切にして、たくさんの「ありがとう」を伝える努力をしたいと思います。ありがとうって言われて嫌な気持ちになる人なんていませんからね。

今回は本当にありがとうございました。阿部さんとは年齢も近いことがあって、とっても刺激になりました。

アナグラム

ありがとうございます。ぼくもいつもすごい刺激をいただいています。

アナグラム編集後記

会話の中からも感じる相手を傷つけない言葉選びや、世の中の負の連鎖を浄化していきたいと願う哲学など松尾さんの世界観を浴びた取材でした。

筆者が松尾さんのセミナーに参加させて頂いたきっかけから生まれた今回の取材。言葉を扱う者だからこそ誰よりも言葉のもつ諸刃の剣の側面を理解し、思考を深められている印象を受けました。そんな時に思い出した名言を添えておきます。

一度口から出しちまった言葉は、もう元には戻せねーんだぞ…言葉は刃物なんだ。
使い方を間違えると、やっかいな凶器になる…言葉のすれ違いで一生の友達を失うこともあるんだ…

引用:名探偵コナン 劇場版 沈黙の15分 より

猫をこよなく愛する者という共通点と共に、ライティングに携わる端くれとして引き続き「磨いていきたい文章力」と襟を正す想いでした。

文:杉山美和
編集:阿部圭司/高梨和歌子
写真:高梨和歌子