巨大かつ困難な「現場DX」市場でカミナシが躍進する理由|CEO 諸岡裕人氏

  • 関東

食品製造やホテル・飲食の現場において紙やエクセルでおこなわれている記録作業をアプリ化し、業務効率を上げる現場DXプラットフォーム『カミナシ』。2021年にはシリーズAで11億円を調達し、導入現場数を5,000以上に伸ばしている急成長中のスタートアップです。

同社はnoteやTwitterでの情報発信も盛んで、「いま勢いがあるスタートアップの1社」と認識している方も多いのではないでしょうか。今回は代表取締役CEOの諸岡裕人さん(@morooka_hiroto)にお時間をいただき、成長の秘訣を “組織面” から深ぼりました。

カミナシを急成長させた2つの要因

アナグラム

諸岡さん、本日はお時間いただきありがとうございます! 早速ですがズバリ質問です。カミナシさんが成長している主たる要因は、一体なんでしょうか?

morooka

一つは、“大きな市場を選択したこと” です。カミナシはもともと「食品工場に特化したSaaS」でしたが、当初なかなかうまくいきませんでした。その反省を活かし生まれたのが、現在の「どんな業界も利用できる現場管理アプリ」です。バーティカルSaaSからホリゾンタルSaaSへピボットした途端、お問い合わせは急増しましたね。

先人たちが気づかず僕だけが気づく大きな市場なんて、もう存在しません。でもなぜその市場が残っていたのかというと、誰もやりたくなかったから。ときに数百〜数千人の従業員にいままでの仕事のやり方を捨ててもらわないといけないほど、困難だったからです。そのため参入するプレイヤーは少なく、現場には20年前と変わらないアナログな業務が残り続けていました。

幸いなことにカミナシには、自社のミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)に共感し、勢いを絶やすことなく困難に立ち向かい続ける優秀なメンバーが揃っています。この “組織力の高さ” こそが、カミナシのもう一つの成長要因だと思いますね。

MVVは浸透させなきゃいけない時点で失敗?

アナグラム

「大きな市場」と「強い組織」が成長要因なんですね。強い組織を作る秘訣は、MVVにあるのでしょうか?

morooka

そうですね、MVVの力はとても大きいと感じています。ただ正直な話、僕はもともとMVVの必要性を理解しておらず、カミナシには長らくミッションが存在しませんでした。「売上利益を伸ばすためにひたすら邁進せよ」という環境に身を置いてきたので、良いMVVや良いカルチャーがどんな影響をもたらしてくれるのか、イメージが湧いていなかったんです。

それに会社の方向性がいつ変わってもおかしくない状況でミッションを作っても意味がないと思っていました。事業ピボット前の当時、バリューだけは一度作ったことがありましたが、完全に失敗しましたね。「自分たちはこうあるべきだ」と背伸びしたものを掲げた結果、まったくしっくりこず、1ヶ月後には忘れ去られてSlackのスタンプすら押されなくなりました(苦笑)。

アナグラム

それはとても意外です! そんな状況からどのような経緯を経て、MVVを重んじる組織になっていったのでしょうか?

morooka

まず、MVVの策定に取り組んだのはピボットして事業が軌道に乗ったあと、自分のリソースを組織作りに割けるようになったタイミングでした。採用の優先度が高まっていたこともあり、苦手意識はありつつもMVVに向き合おうと決めたんです。

MVV策定には、COO河内からの提案で著名なデザイナーさんに入ってもらいました。その方が考えてくださったワーディングが、それはもうめちゃめちゃ引き込まれるもので。見た瞬間に「これだ!」と思えたんです。それに一度は失敗したバリューも、いま社内に漂っている空気のなかから大事なキーワードを抽出した結果、しっくりくるものを作れました。

その甲斐あってか、MVVを “頑張って浸透させた” という感覚は全然ないんですよ。作ってみたら、自然と浸透しました。もしみなさんが「MVVが浸透しない」とお困りなら、浸透策ではなく、MVVそのものを見直したほうがいいのかもしれませんね。

▲ミッション

▲ビジョン

▲バリュー

アナグラム

カミナシさんのMVVはわかりやすく、そして気持ちのよい言葉ばかりですよね。特に「現場ドリブン」は象徴的なバリューだと感じます。

morooka

「現場ドリブン」はもう当たり前のように社内に根付いていますね。誰かがSlackで「この現場に行きたい人、4名募集します!」と投稿すると、毎回定員オーバーするほど手が挙がります。職種問わず、うちには現場に足を運ぼうとする人しかいないんですよ。

しかも新入社員は直近でMVVに共感して入社してくるので、変な話、既存社員よりも熱量が高いんです。そんな新入社員の想いに触れて、既存社員の熱量も高まっていく。すごくいい循環が生まれていると思いますね。

アナグラム

ま、まさに理想形ですね……!(涙)

もっとも再現性の高い情報発信のコツ

アナグラム

カミナシさんは「全開オープン」というバリューのもと、情報発信も盛んにおこなわれていますよね。

morooka

現在ははずみ車が回って積極的に情報発信できていますが、最初はむしろ逆回転していましたよ。僕自身も「情報発信はこわい」と思っていました(笑)。

アナグラム

これまた意外です。そんな状況から、なぜ情報発信するようになったのでしょうか?

morooka

一つめのきっかけは、「ALL STAR SAAS FUND」の前田ヒロさんのポッドキャストで、クラウドワークス代表の吉田さんが「君たちがどれだけ素晴らしいことを成したとしても、誰かに伝えない限り、それは成していないのと一緒だ」とおっしゃっていたことです。なるほどな、と感じました。それ以来、なにかに取り組んだときは “誰かに伝えるところまでがゴールだ” と捉えるようになりましたね。

とはいえ、まだなにも成し遂げられていない駆け出しの時期って気持ち的に発信しづらいじゃないですか。そんな僕らを見かねたのか、COO河内が「こんなに良い事業をやっているのに、なんでそんなにオドオドしてるんですか? もっと情報発信しましょうよ!」と喝を入れてくれたんですよ。この一言をきっかけに、情報発信を始めました。初めて書いたnoteは多くの人に読んでもらえて、自信もつきましたね。

参考:負け続けた3年間。最後のチャンスで生まれた「カミナシ」というプロダクト

morooka

たくさんの人に読まれて反響がきたら、やっぱり嬉しいじゃないですか。だから社員がnoteを書いたときは、僕も必ず拡散するようにしています。社員に情報発信を促す以上、書いた本人にそのリターンを返してあげたいんですよね。

アナグラム

そんな諸岡さんの姿勢があるからこそ、社員のみなさんも「情報発信するぞ!」という気持ちになるんでしょうね。

morooka

情報発信を活発化させたいのなら、社長自らが圧倒的に、飛び抜けてやるべき。これはどの企業でもマネできる、再現性の高いコツだと思っています。

「もし、「積極的に採用広報に取り組みたい」と思いつつも取り組めていなければ、それはHOW TOの問題ではなく、”経営者意識の問題”かもしれませんね。

アナグラム

ぐうの音もでないコメント、ありがとうございます(涙)。

「諸岡さん、PdM降りてください」

アナグラム

カミナシさんのような強い組織を作るべく、「採用」へのこだわりもぜひ教えていただけますか?

morooka

ベンチャー界隈でよく言われている「自分より優秀な人を採用すること」は意識していますね。僕も投資家からそうアドバイスされ続けてきましたが、正直なところ昔は「やる方の身にもなってくれ」と思っていました。相手から「この社長たいしたことないな」と思われることがイヤでしょうがなく、自分より優秀な人との面接はいつも憂鬱でした。「まだ募集をかけるかわからないので、枠が空いたらご連絡しますね!」なんて強がったこともあります。

でも、自分が一番優秀であろうとすると、事業がうまくいかないことに気づいたんですよ。ある日オフィスの階段の踊り場で、「諸岡さん、力不足なのでプロダクトマネージャー(PdM)を降りてもらっていいですか? 続けるなら10XのYamottyさんレベルに成長してください。それが無理なら僕に全部渡してください」とエンジニアから言われたんです。衝撃ですよね。

morooka

それ以来、意識をガラッと変えることができました。自分は自分の得意なことをやる、それ以外はすべて頼る。「自分より優秀な人を怖がらない」と自身にDMを送り、自分より優秀な人しか採用しないことをルールにしました。

「自分より優秀ではない人を採用し続けたら、居心地は良いかもしれない。でも会社もみんなも成長しない。自分が最高の人材 “ではない” と認めることになるし、職位を抜かれる可能性もある。だけどその痛みを乗り越えれば、きっと新しい自分を発見できる。僕もたくさん傷ついて乗り越えてきた。だからみんなも一緒に乗り越えてくれ」と社員のみんなには伝えました。

アナグラム

まさにいま自分が直面していた壁だったこともあり、諸岡さんの言葉が非常に刺さりました……。痛み、しっかり受け止めていきます!(涙)

MVVの力、信じられるか

アナグラム

最後に、これから「カミナシ社のような良いカルチャーを作りたい」と考える企業様に、ぜひアドバイスをお願いいたします!

morooka

大前提、カミナシに良いカルチャーが生まれているのは、 “社員みんながMVVの力を信じているから” だと思っています。「バリューなんてどうでもいいからとにかく売上を伸ばしましょう」という人が過半数を占めるような会社だと、どうやったって良いカルチャーは生まれません。つまりこれは、経営者自身がMVVの力を信じ、優先度高く取り組むかどうかが最重要ということでもあります。

「MVV重視はしたいけどうまくいっていない」のであれば、『ザ・アドバンテージ』という本を読んでみてください。この本では、「カルチャーは戦略に勝る」ことが論理立てて説明されています。すばらしい営業やマーケティング、財務の知見をもった会社よりも、心理的安全性が高く社内政治のない会社の方が最終的に成功する、と。この本を読んで僕が変わったように、きっとみなさんの本気度も上げてくれるのではないかと思います。

アナグラム

信じる力が大前提、ですか……! とてもハッとしました。 本もぜひ読んでみます。

morooka

今日はカミナシのいい側面ばかりお伝えしてしまいましたが、僕らもまだまだです。MVVを社内の共通言語にするだけではなく、今後は評価制度にも連動させていきたい。さらにその先では、職場でなくても自然とバリューを体現できているような世界を目指したいと思っています。

アナグラム

カミナシさんの良いカルチャー、今後もまだまだ濃くなっていきそうですね。諸岡さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!

アナグラム編集後記

転職やフリーランスが身近になったこの時代、会社組織でチームを率いる難易度はますます上がっているように感じます。

自分たちはどこを目指すのか、なにを大事にするのか。同じ船に乗る理由を言葉にしてチームメンバーに伝えなきゃいけない。……どこか焦っていた私は、ヒントを求めてカミナシさんのもとを訪ねました。

「ミッション・ビジョン・バリューの力を信じているか」

この問いをもらった瞬間、ハッとしました。まだまだ本気度が足りなかったな、と。同時に、「MVVの力を信じてみたい」とも思いました。

小さな小さな一歩ではありますが、良いカルチャー作りのスタートラインに立てたことを、まずは喜ぼうと思います。

取材:賀来重宏/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏