マーケティング業界のフーディーこと長谷川誠さん、西井敏恭さんに「美食」に関しての並々ならぬこだわりを聞いてきた

  • 関東

凄腕のマーケターには一種の共通点があります。

それは異常とも言えるほどの好奇心、執着心にほかなりません。そのベクトルにはさまざまな趣味嗜好がありますが、”食”ほど万人を引き付けるものはないかもしれませんね。

そんな食に取り憑かれた方々を一部では”フーディー(foodie)”と呼びます。フーディーとは、いわゆる美食家の別称ではありますが、その中でも特に、美食を求めて全国を巡り歩くような一部の人々を指して言うことが多いです。

今回は凄腕マーケター兼フーディーのお二人を取材して、異常なまでの”こだわり”をお伝えする企画です。

そんな訳で、数々のマーケティングカンファレンスで登壇し続けるお二人の凄腕マーケターの登場です。

まずお一人目は表の顔は株式会社NTTドコモの凄腕マーケター、裏の顔は”変態美食家”(褒めてます)として全国の飲食店を食べ歩くことで知られるハセマコさんこと長谷川誠さん(写真:右)。

そして、表の顔は株式会社シンクロ代表取締役社長。オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 兼 CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)、また、フロムスクラッチ社のCIO(チーフイノベーションオフィサー)、「LOVOT」の開発・販売を手掛けるGROOVE XのCMOなど、数多くの肩書を持ち、最近「サブスクリプションで売上の壁を超える方法」を上梓したばかりのハセマコさんのグルメ弟子、西井敏恭さん(写真:左)をゲストにお迎えして取材をさせていただきました。
後半では長谷川さんが絶賛するお店、麻布十番のあらいかわにお邪魔し、繊細なお料理に舌鼓を打ちながら取材をさせていただきました。(写真:中央)

年間新規開拓店数1000件。その食生活の実態とは

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数年前、お二人に連れて行っていただいたお鮨屋(鮨 はしもと)に行ってからというもの、これまで食べていたお鮨が海鮮おにぎりに感じてしまうようになってしまって、私が食に感じる幸福の閾値が確実に上がってしまった(※1)責任をとって頂こうと今回はこのような取材になりました。今回はよろしくお願いします。

(※1)これを「失う」と表現します。正しい使い方は「鮨を失った」、意味は「こんなに美味しいお鮨を食べてしまったら、他の鮨が食べられないの意」

よろしくお願いします!

長谷川さんは噂に違わず食に全力で1日何件もお店を巡っているやばい人なんですけど、冒頭から申し訳ないんですが、僕はあまり美食家とは言えないんです。「美味しいものばっかり食べてますね」と言われると、う~ん全然ですけどね、っていうくらいの。今回は一般人の枠として参加しているのでギャップを楽しんでいただけたらと…。

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お二人でよく全国の美味しい飲食店に行っているイメージが強いですが、最近はどんな活動をしてるのか教えてください。

長谷川さんは今、食べログ百名店のカレー版を巡ってるんですよね。まぁ一種の修行中と言いますか。なのに長谷川さんはカレーがめちゃくちゃ苦手なんです。カレーの美味しいとされているところは大体スパイス系だったり、辛いやつがランキング上位に来るんですよ。でも行かなきゃいけないからすごく苦戦してて。

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行かなきゃいけない??

はい、そうなんですよ。僕辛いのダメなんです。辛さは味覚だと思われがちですが、あれは味覚ではなく痛覚ですから。痛みが好きな人が辛さが好きと言われていて、美味しい物好きとは人種が違うんですよね(笑)

勿論、その店のメイン料理と言われるものが辛いものなのであれば辛くてもちゃんとそれを食べますよ。

なぜそんなことをしているかというと、食べログの百名店って元々全国でジャンル別のランキング上位の100店を選んだものなんですが、最近東京と東日本、西日本の3エリアに分けだして同じジャンルで合計300店になったものもあって。ラーメン、カレー、スイーツのジャンルがそうなんですけど、これを全部制覇しようとしている身としては死活問題なんです。同じものを食べ過ぎて体調悪くなるっていう。

ほんとバカじゃないの?(笑)

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ほんと修行ですね…。

いやぁ、もうほとんど仕事みたいなもんですよね。

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長谷川さんが全国を回っているのは、高級店とB級グルメどちらなんですか?

どっちもです。

高級店は、The Tabelog Award、いわゆる点数が4点以上と言われるお店を中心に回っていて、美食家の中にも行っている人はいっぱいいますね。B級グルメは、食べログ百名店の各ジャンル上位100店舗で、エリアの区分も含めるとそれが20ジャンル、全部で2000店あるので、それを中心にまわっています。The Tabelog Awardと食べログ百名店の両方を行こうとしているのは日本でもほとんどいないはず。

あの、長谷川さんほんとにおかしくて。カレーの百名店っていうと全国でトップ100店あったのがエリアで100店ずつ選出されたことでその下に200店増えたってことで…。

100店の時ですら美味しいお店が少ないって言ってるのに「下が200店増えても行かなきゃいけない」って言いながら行ってるのやばいですよね。
あと、年末には絶対に広島に行くんですよ。

年末はお好み焼き地獄が待ってるからね(笑)もう気が狂ったようにずっとお好み焼きを食べてます。昼に三枚お好み焼きのペースですから、さすがに体調を崩しましたね。

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毎回疑問なんですが、そのペースで食べていて夜にはお腹空くんですか?

お腹が空く、空かない以前に気持ちで食べるタイプなんで(笑)食べたいか、食べたくないかですね。

ほんとにスゴイでしょ?よくラーメンをFacebookでもあげてて、ラーメン好きだ、って人に「ラーメン王は楽でいい」ってずっと言ってるんですよ。

ラーメンだけ食べてればいいんだもん!365日食べてます、って…。「いいなあ!少なくて!」と思いますよね。こっちは昼と夜の懐石の間にラーメン食べてるんですよね…。

こういう生活だからついていけないんですよね。

誰かと一緒に遠征する時は、一緒に行った人とご一緒する食事と、ソロ食事と分けてます。後半は全員ついてこないので。

例えば一緒に宮崎にご飯に行こう、ってなった時もお昼と夜はお店の予約がしてあるんですけど、飛行機もホテルも別だし、長谷川さんどこ泊まってるか毎回わからない。レストランで集合してレストランで解散するっていうのが我々のやり方ですね。

お昼ご飯に行ってじゃあまた夕飯に、ってなると長谷川さんは歩いてどこかに向かって行くんですよ。それで五キロとか歩いて違う店に行ってお腹すいたらそこで何か食べて、二件くらい行ってるみたいで。僕はその時はホテルにいたり、サウナとか入ってゆっくりしてるんだけど。

タクシーに乗ると全然お腹空かないし、高くついちゃうんで一時間くらい歩いて行くお店が丁度いいんだよね(笑)1年に食べに行けるお店は限られているから、遠征をした時もここぞとばかりにずっと食べてますね。

進学と料理人で揺れる学生時代から真のフーディーへ

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長谷川さんが食に目覚めたきっかけは何ですか?

元々食べる事には興味があって、なにもわからない頃から絵本よりレシピ本ばっかりめくる子だったというのは聞いていますね。当時のレシピ本って今ほどおしゃれじゃなくてゴリゴリのレシピしか書いてないものだったんですけど。

食に目覚めるきっかけの一つは料理の鉄人で、それに出ていた道場六三郎に憧れてました。本気すぎて中学の進路相談で道場六三郎側になるか、岸朝子側になるかを相談したくらいです。

そんなこんなで中学生の頃には家の料理にダメ出しするようになりまして…「なんでうちは出汁を引かないんだ。出汁はパックではなく鰹節を削って入れるものである!」と言うような嫌な子どもになりました。更には家の料理には工夫がないので、自分でレシピを研究して作るようになりまして。母親に食材を用意してもらうとか切ってもらったりと作業の部分は任せて、味付けなどのクリエイティブな部分は僕が担当していましたね。

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料理にダメ出しされるとは、お母様はさぞ辛かったでしょうね…。

母には常日ごろからこういったことばかり言ってました。そのころは本当に料理人を志していたんですよ!

高校は進学校に行って、普通にいい大学に行けそうだぞと担任の先生から言われても、僕の中ではずっと調理学校と国立大学と悩んでいて。担任の先生や家族に「落ち着け」と言われたり、「後からでもなれるよ」と三者面談で言われたりもしましたが、冷静に考えて料理人業界で自分はすで出遅れていると気づいてしまったのでもう道場六三郎は難しいなと思い、食べるのが好きだし岸朝子方面に転向だな、と自分を納得させました。

もう一つ食に目覚めたきっかけとして、高校合格のお祝いの時に生まれて初めて回ってない鮨屋に行ったんです。今行っているような店とはレベルが違うのですが、その町では高くて有名なお店で。

みんなで食べた後にひとりでカウンターに行って気の済むまで食べていいよと言われて、それより前までは「ウニなんて臭くてまずいものである」と思ってた概念がその時カウンターで食べた鮨によって変わるわけです。マグロもとろけるような中トロが出てきて、食って素晴らしいなというのを噛み締めました。これが生まれて初めて美味しいものを食べたという記憶ですね。

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そんな子ども時代だったとは!大学ではもう色々食べ歩いたりはしていたんですか?

大学では時間とお金がなかったのであまり食べ歩きはできていませんでした。加えて、今は全然大丈夫なんですが当時はめちゃくちゃ乗り物酔いが酷くて、電車も車もとにかく20分くらい乗っていたら吐いちゃうみたいな。食べ歩き云々よりも社会人でそれはダメだから、大学で克服しようと思ってあえて大学からは遠いところに家を借りて途中下車を繰り返しながら通学するというのを2年位やってました。食べ歩くのはそれを克服してからですから、大学3年の頃からですね。

初めて聞きました。いつも二人でご飯を食べに行くときは食以外の話をあんまりしないので新鮮ですね。

初めて人に話しました(笑) 乗り物酔いを克服した大学時代の後半からは食への探求心が海老反りに伸びていって、その時はバイトとかでお金を工面していたのでラーメンとか居酒屋とかばっかり行ってたんですよね。

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学生だと食に多くのお金をかけるのは大変ですよね。本格的に食に全振りしだしたのは社会人になってからなんですか?

そうですね。最初の初任給の時はいい思い出で、家族への恩返しとして食事をご馳走しようと決めていて地元の鮨屋ではなく東京の入船寿司っていう高級鮨店にみんなで行ったんです。築地で一番の大トロが並ぶ、マグロと言えばここ、というくらいの有名店なんですけどそこで初任給全部使い切りましたね。それを皮切りに自分で稼いだ分は全部食に使っていいんだと思うようになりました。

食に本気だからこそ、全力で食に向き合う

長谷川さんのすごいところって、経費を使ってご飯を食べてないところなんです。そんじょそこらの経費でご飯を食べている社長さんたちとは訳が違います。昔からご飯が好きで、とにかく稼いだお金を全部ご飯に使う。そこにすごく共感できるんです。僕も稼いだ分は全部旅行に使ってましたし。あれもこれもほしいではなく、とにかく好きなことだけに全力でお金を体と時間を使うんだったらいいんじゃないかと。

なんなら稼いだお金以上ご飯に使ってますけどね(笑)

地方遠征も深夜バスで行ったりとにかく一番安い交通手段で移動するんです。宿も寝られればいい…というレベルの宿に泊まってますよね。

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鹿児島のカイノヤ (CAINOYA)にご一緒した時も格安航空で2500円くらいのドミトリーに泊まってましたもんね。

そうそう、長谷川さんに3月くらいに鹿児島に行こうって話をしたら3月は航空券が高いから行かない、と。高いといっても1000円、2000円くらいの差なんですけどそれなら一皿食べられる、って言うんですよね。

交通費や宿泊費とかのコストを削減して、その分をすべて食にかけていくというスタイルなので、僕はコストパフォーマンスには厳しいですよ。その本気度はシェフに通じるからね。

そこまでして遠方まで食べに来てくれてるから、シェフの人も長谷川さんが食べに来てくれることを喜んでくれるんですよ。

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お店の方も手を抜けないですね。

僕は常に真剣勝負ですよ。こっちは生活を切り詰めてやっているわけだから。

勤めている会社の新しい制度で単年契約をした分を給料に乗せますよっていうものがあって自分の雇用契約を変更しました。要は、年金や退職金が積み立てられている分を毎月手取りでもらえるんですけど、それによって毎月のご飯に充てられる資金がちょっとだけ増えました。その分全部使ってると将来マズイんですけど(笑)

よくやるな~と思いますよ。だから基本的に移動にはタクシーを使わない。どこに行くにも、たとえ行くお店が山の中でも歩いて行くんです。ただでさえ田舎にあって駅から徒歩1時間くらいはかかるところをみんなタクシーできてるのにひとりだけ歩きで来てるの。

あの時は遭難しかけたなぁ。ああいうところは夜に歩いて行ったらダメだね。街灯ひとつないから野生動物に殺られると思いましたよ。

それで、経緯を聞いたシェフが帰りは駅まで送ってくれることがよくあるんですよ。食べログ全国トップクラスの有名シェフですよ?信じられないですよね(笑)数万円の料理代は払うのにタクシー代払わないって異常ですよ。

でも、そうして全国に仲がいいシェフが出来るわけで、The Tabelog Awardが東京で一年に一回開催されるんですが、全国各地のシェフが表彰されるためにやってくるんです。そうなると地方からきたシェフは長谷川さんに都内の美味しいお店に食べに行きたいから紹介してくれって連絡するんです。

その日はそもそもThe Tabelog Awardで受賞している人はお店を閉めてたりするから、せっかく地方から来ても美味しい東京のお店に行けないからっていうのはわかりますけど、有名シェフたちがこぞって長谷川さんとご飯に行きたいって言ってるんですよ。信じられます?毎年The Tabelog Awardの日は絶対僕との約束は入れてくれないんです。

その週はすごく忙しいんですよ。なんで俺たちとご飯を食べないのかって言ってくるシェフが沢山いて東京のお店を案内しないといけないので。

よくわからないけど、シェフたちによる壮絶な長谷川争いが起こってるんだよね(笑)シェフじゃない僕はいつでも会えるからってその日は会う人ランキングにそもそも入れてくれないんです。

食を極めることで純度が上がるフーディーネットワーク

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お店の情報ってどこから仕入れるんですか?

これだけ食べ歩いていると変態仲間ができてくるのでそこからの情報が多いですよ。この人だったらこの辺行ってるよ、とか、このジャンル良く知ってるよっていう美食家仲間の純度が上がっているという。

長谷川さんとご飯に行って思うんですけど、長谷川さんの美食家仲間ってほぼ社長ですよね。美味しいところに行ってる人って時間的にも都合付けられる方が多いってことなんでしょうけど。ただ社長のなかでも普通に会食としてお店を知っている人とは全然違う人種、長谷川さんみたいにご飯が大好きで仕方のない人がまあまあの数全国にいるんだって思いましたね。行ったお店のメニューを片っ端から頼んでいって全制覇していく人とか。

いるね~。天ぷらのフルコースを食べて、中華を食べて、ケーキ屋を二件回って端から全部くださいをやってのける人とか。驚くことにその場で全部食べるんですよね。ちゃんと全部食べ切る、というのはフーディーの当然のルールであり、マナーです。

食が本当に好きすぎる人っているんですよ。長谷川さんが仲良くしてる、香港のフーディーの方も世界のレストランを巡っている方ですもんね。

世界ベストレストランの食べ手版のフーディーランキングがあって、そのランキングの上位の女性に偶然銀座の居酒屋で会ったんです。その後話が盛り上がって「私は鮨が好き、特に鮨さいとうがお気に入りだ」って言うから「じゃあ鮨さいとうはこの系譜だからここのお店に行くといいよ」って紙ナプキンに系譜書いてあげたら色々連れて行ってください、教えてくださいってめっちゃリスペクトされて今でも交流があったりします。

…鮨の系譜ってわかります?

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け、け、系譜…?しかも、鮨の系譜ですか?

最近、食の講演っていうのをやらせてもらっていて、ここにちょうど資料があるので説明しますね。

※鮨の系譜一部抜粋

鮨屋には系譜というものがあって、江戸前鮨の発祥から分家して沢山の鮨屋があるんですよ。当然それぞれの流派があって分かれたところからスタイルが変わっていくので、系譜のどこに所属をしているのか、その中でも上に行くか下に行くかによって楽しみ方があるんですよね。

勿論同じ師匠に教わったスタイルをそのまま大切にしているお店もあるし、自分の新しい道を進んでいくお店もあるんですけど、基本的にはベースとなるシャリの作り方、ネタの仕入れ先などの根幹の部分は近しいところが多くて、鮨さいとうが好きな人はさいとうさんの師匠はかねさかさん、その師匠が久兵衛さんなので久兵衛系が好きだろうってことになるんですよね。

だからこの系譜をおさえておくと、自分が「鮨さいとうめっちゃうまい」ってなった時にかねさかに行くとまず外さない。それで師匠とさいとうさんは何を変えて鮨さいとうは師匠を超えると言われるまでになったのかわかるので、源流をたどるということはめちゃくちゃ楽しいんですね。これはこう進化したんだね、とかここにオリジナリティがあるんだね、とか守破離を理解することができて、より鮨の深い世界に入っていけます。

さらにはこの系譜って人間関係そのものなので、例えばどうしても行きたいお店の予約がとれないとなったら師匠か弟子の店に通い詰めて…とかね。より仲良くなりたかったらお弟子さんの話をするとか。西井さんが日本橋蛎殻町 すぎたの杉田さんと会話できたのはこのパターンですね(笑)

系譜を理解したうえでトークをするっていうのがシェフ側の目線に立った会話であり、振舞いの一つなんです。系譜を学び味覚を磨くことでシェフと仲良くなれるっていうことですよね。

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やばい、すごい。すごすぎる。何気なく「お鮨が好き!」というだけでお鮨屋巡りを繰り返していましたが、系譜から俯瞰して鮨屋を巡るという発想は物凄く面白いですね!なるほど、どうりで人気店でも口に合う、合わないがあるなと感じてました。そんな風に考えながらお店選びをするのは新たな視点でしたね。

あ、鮨の系譜の全国版もあるんですね!

もともと東京が江戸前鮨の本場なので、江戸前のほうが系譜を長く書けるんですよね。なので系譜の話をするなら当然東京を中心に書いたほうがよくて、全国版だとここから地方に飛んでいますというのを書いていく感じですね。

これは西井さんが「それだと俺の好きな鮨屋の系譜がわからない」っていうから西井さん用に全国版を書いたんです。全国でスゴイと言われているお店がどこを出たのかっていうのがわかる系譜ですね。

ほんとにこんなの知ってる人ほとんどいないわけですよ。もう何言ってるの?って思いますよね。長谷川さん曰く一番最初に系譜を覚えろ、系譜もわからずにものを語るな、っていうことらしいです。

系譜の話でも驚きですけど、食材と仕入れの話もおもしろいんですよ。どうやら食材は新鮮だからうまい、っていうのは違うらしいんです。

世の中にはメディアに作られた嘘があって、漁船で魚釣ってその場でワシャっと食べて「うまい!」みたいなシーンとかよくありますけど、あんなの美味しいわけないんですよ。身がブリブリの歯ごたえしかないなって思うんですけどね。

あとはそのへんに転がってるウニとか割ってスプーンで食べて「最高だ、こんなのここでしか食べられない」みたいなのもありますよね。「馬鹿言え、銀座のほうがうまいわ」ってツッコミ入れたりして見てしまいます。

とはいえ鮮度が大事なものもあるんですよね?

イカとか貝とかは鮮度が特に重要なんです。だから、そういうものは現地に食べに行く価値がありますね。輸送技術がどれだけ発達しても輸送しちゃダメなものもあるんで。

僕らもよく貝を食べに金沢のめくみというお店に行ったりしますよね。

めくみのあの貝の香りとうまさたるや、唯一無二ですよ。そういうものは東京では絶対に食べられないものですね。

逆にマグロとかは違うんですよね。大間に行った時に長谷川さんに美味しいマグロのお店教えてって言ったら「大間に美味しいマグロなんてない、都心にしかない」って言うんです。うまいマグロとうまいウニは高級店にしかないんですよ。

格の話で言うと銀座の鮨屋にならぶ最高級の箱ウニは、ウニ業者が何万とウニを獲ったものを人の手でさばいて選んで箱に綺麗に並べるから高いわけで、超一級品だけが箱につまってるわけです。つまり、その場で適当に獲ったウニが美味しい確率なんて、天文学的に低いことなんて明々白々ですよ。というわけで格が重要なものは絶対豊洲のものを使ったほうがいいというわけなんです。

ただ最近はそれを超える産地直送のほうが美味しいパターンも存在してます。漁師さんと直接コネクションを作って、箱ウニに入れるレベルのウニを市場の価格よりも絶対に高く買うから必ず送ってくれ、みたいなことをやり始めている人たちがいます。勿論豊洲で売っているものは豊洲で一番のもの、と言うことができるのでそこの箱ウニを持っていることは良いアピールにはなるんですが、もっとマニアックな世界になってくるとそういう人たちが一番美味しいものを扱っているんです。

そうなんですよね。系譜とはまた違って産地ってスゴイ面白くて、マグロって大間とかコシヒカリは魚沼とかブランドがあると思うんですが、これって実はピンキリだったりするんです。

例えば魚沼産のコシヒカリって魚沼で実際に作られているよりも流通しているんですよね。みんなが嘘をついて売り始めちゃったりして。それと同じように下関産フグもそうで、下関で水揚げされれば下関産のブランドを使えるのでみんな漁船で他のところから引っ張って下関で水揚げしている場合もあります。

実際に下関にも純粋な下関産のおいしいフグがいるはずなのにそれを引き当てられなかったらブランドの皮をまとったおいしくない食材を食べることになるんです。要は産地にだまされるな、って話なんですけどね。

それで言うとこの前一緒に和食を食べに行った時も、長谷川さんとシェフがよくわからない話をしてるんです。「これ噴火湾ですか?」って。言葉を聞いただけだと「フンカワン?」ってなりますよね、そもそも聞き取れないしカタカナか漢字かも想像できないし。

そうそう最近、噴火湾のマグロがきてるよね~って話をしてたんだよね。

「フンカワンきてる」って何?!って混乱しましたよ。

大間のように既にブランドになっているマグロって高い上にさっきの話から品質がばらつくんですよ。なのでみんなその次のブランドを探して、なにやら噴火湾のマグロがいいらしいぞってなると徐々にチャレンジングなシェフから使い始めて、口コミでいいと広まってくると老舗も仕入れはじめて何年後かには有名になってるっていうね。こうやってどんどん新しいブランド〇〇が生まれるわけだから、本当に美味しいものを見極める能力は持っていたいですよね。

店の客を決めるのは客か店か

最近食について正しい知識を持ったほうがいいというのは痛感していますね。あとはお店でのマナーも料理を楽しむうえでとても大事だなと思います。

お店に好かれる編の常連になるコツの資料もありますよ。

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ええ~、すごい!こんなに丁寧に書いてくれたら料理人の方も喜びますね。

◆店に嫌われる、マナー違反の行動

・料理に集中しない

・ずっと他の店の話をしている

・無断で写真を撮る、特に厨房はNG

・カウンターや食器を乱暴に扱う

・シェフと、スタッフで態度が違う

・予約ルールを無視してゴリ押し交渉

じゃあ、ひとつひとつ解説していきましょう!

まずは料理に集中しない、ですね。自分の料理を美味しく食べてほしいという職人タイプの料理人さんはちゃんとご飯を食べに来てくれる方、要はどれだけ真剣に味わいに来ているのかっていうのを大事にするんですね。なので当たり前のことだけど出てきた料理が冷めているのにずっと喋っているとか、常に出されたものを残すとか、当然そういう人たちは料理に真剣に向き合っていないので嫌われやすいわけですね。

次にずっと他の店の話をしている、ですけどこれはフーディーが集まると危険ですね。お店に来てもここの店が良かった、とかあそこは最近ダメだとか他のお店の話をずっとしているのはお店としては当然面白くないよね、ってことで嫌われますね。

写真問題もよくあって、無断で店主を撮る、厨房を撮るのは完全にマナー違反ですね。せめて一言断って撮るとか。ダメと言われたらお店のポリシーなので速やかにカメラはしまう。撮影NGなお店で盗撮なんてもってのほかです。

それに食器を音を立てておいたり乱暴に扱うっていうのもダメですね。あと、特に男性に気を付けてもらいたいのは腕時計です。時計をカウンターにガンガンぶつけていたりしているのはNGですね。着けていてもテーブルにあてなければいいんですけど、一応外して食事するのがマナーです。

スマホをカウンターに置いている人も結構いますけど、これも良くないですよね。特に画面のほうをテーブルにくっつけていたりしたらアウトですね。

汚れた部分をこすりつけているのと同じなので、自分の店を大事にしている料理人ほどそういう行為は嫌がっているはずですよ。カウンターは舞台なので、丁寧に扱わないといけませんよね。

次の店主とスタッフによって対応が違う、っていうのはまず人としてよくないですよね。店主には常連になりたいし次の予約を取ってほしいから丁寧に接している一方でスタッフには横柄な態度をとる人っていますよね。

予約のルール無視というのは、今ここにいるんだからなんとか予約とってよ、とか無理をいう人ですね。そのお店が一斉に予約を受け付けるルールであったらそれに従うべきですし、当然嫌われますね。シェフが大抵特別予約枠を持っている場合もあるのですが、そういう枠ってシェフとの関係値が築けているからこそ成り立つものなので、常連になるなどして人間関係を築いてから裏でこっそりやるべきなんじゃないかと。客が店を点数で評価するように、当然店側も客を見てますし、そのなかで自分がまだ特別予約枠を得るに足りないのであれば素直に引くべきなんですよね。

こういうことって本当にマーケティングに近いところがあるなと僕は思っていて、特に人気料理店になればなるほどお店側がお客を選ぶことができる、というのをお客さん側がわかってないといけないんですよね。そこをわからずにただ金を払ってやっているという考えですごく失敗している方って多いなと。お客様は神様、の思考だと絶対常連にはなれないですよね。僕らもそういう人はお店に失礼を働くリスクがあるので誘わないです。そうすると、いい店にはいい客しか行けなくなってくるので逆のことを考えたほうがいいと思います。

トップの料理人の方って、大量生産できるものではないし席数が限られているから、お客を絞り込む側なんですよね。

予約半年待ちとかで何千人の顧客リストが手元にあってこの枠をだれに渡そうか、っていう状態なんで客と店は対等な関係というより、なんなら店のが上になってくるんです。我々は食べさせていただいてる、という気持ちで料理人をリスペクトしつつも対等な関係で、時には厳しいことも言えるっていうのがいいんじゃないかと。

だから、僕は美味しかった時は本当に「めっちゃおいしいです」って伝えるんです。そうすると料理人の方も喜んでくれるし、逆に美味しくない時はお世辞でも「美味しかった」と嘘はつきたくないので、料理人の方も暗黙の僕のメッセージを感じ取っているんじゃないかと。仲のいい料理人だと「ちなみに今日、どこが良くなかったですか」って聞いてきてくれたりもして正直な意見を言ったりします。

そこでちゃんとしたことを言えると料理人の参考になってまた僕の感想を聞きたいと思ってくれれば、親密な関係にも繋がるんですよね。

本当にあった怖い話、ハセマコディープラーニング

長谷川さんって特殊能力があってですね、何も事前情報を出さずに料理の写真だけでどこのお店かわかるんです。

実際にあった話なんですけど僕が三重に旅行に行った時、長谷川さんに勧められた鰻屋さんに行ったので写真を撮って送ったんです。長谷川さんにすぐお店を当てられなくするために店内の様子や器などもなるべく写らないように鰻を撮る角度も工夫したんですけど、すぐに「三重にいるんですね」って。どうしてわかったのかな、と思ったらどうやら焼き目でわかるらしいんですよ。

よく写真だけでお店を当てると「器とか設えで見ているんでしょ」とか言われるんですけど、例えばAKB好きがその子の顔を見ないで服だけ見てるかって話ですよ。だから顔を見れば絶対にわかるに決まってて。

そうなんですよね。さっきの服装で例えたら器なんか他のお店だって使っている可能性がありますし、長谷川さんはアイドルの顔部分にあたる鰻の焼き目を見て判別しているんですよね。

鰻に答えが書いてあるんで。

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ちょっと待ってくださいね。とは言っても、鰻の焼き目なんて人が焼いている以上は毎回変わるものじゃないんですか?

勿論ブレがあるんですけど、一流の店程ブレ以上にその店のスタイルと心が出るんです。だから外す時は何かトラブルがあったとしか言えないんですよ。前に送られてきた鰻の写真で「多分、この店だろうな」と思ったんですけど普段と焼き目が全然違うから、そのお店でなにかよほどのトラブルがあったんだろうと聞いてみたら店主と奥さんが大喧嘩していたみたいで。完全に焼き失敗しちゃってるじゃん、ってやはりトラブルは焼き目に出てくるんだなと。

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(爆笑)

ここからさらに怖くて気持ち悪い話なんですが、四谷のすし匠さんに以前長谷川さんと行ったことがありまして。けれどその後しばらく行かなくて久々に個別で行ってみたんです。それでいつものように長谷川さんに写真を撮って送ってみたら、今まで完璧な精度を誇っていたハセマコディープラーニング機能が壊れちゃったんです。いくら送っても全く当たらなくてお店の人にどういうことか聞いたら……鮨を握っている大将が変わっていたらしいんですよ。

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えっ…ざわっとしました。怖い…。

怖いでしょ?すし匠さんは僕でもわかるくらい有名な握りがいくつかあるから、誰が見てもすし匠グループってわかるはずなんです。長谷川さんもすし匠のグループっていうのはわかったんだけど、すし匠系の行ったことのない店と思ったらしいです(笑)長谷川さんが外したのは後にも先にもこの一度の怖い話だけなんですよね。

そういうことがあってから分かりにくく色んな角度から撮られた写真がどんどん仲間から挑戦状として届くようになりまして。人に話して本当にびっくりされるのは普段は握らない二番手さんが握っているやつも言い当てられるって話ですね。

それがほんとに怖いんですよ。どこのお店を当てるくらいならならまだいいんですけど、逆に握り手で分からなくなったりする精度の高さが怖いですよね。

今一押しの、西麻布、あらいかわ

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今回お邪魔しています、あらいかわさんをオススメする理由って何ですか?

あらいかわさんは本当に料理が上手!

これも最近やっとわかってきたんですけど、昔はおいしいってひとくくりだったんですよね。なんとなく食べておいしいなって思っていたけど、素材のおいしいお店や高級食材をふんだんに使っておいしそうにやってるお店と、料理というか調理が本当においしいお店があるんだと気付いて。その中であらいかわさんはトップクラスで料理がうまいと思ってます。

我々はかなりスキルを重視しますからね。心技体でいうと心があって技がある人が好きです。なぜかというと、仕入れに関わらず安定して美味い上に、安いからですね。おもてなしの心で手間暇かけてくれてスキルがあれば安定して一流の料理になりますし、一流の食材なら、超一流の料理にできるので一番高いものを買わなくてもいいんですよね。

その結果、あらいかわはとてもコスパがいいので、それがオススメする一番の理由です。あとは予約がとれるし、自由度が高いという使い勝手の部分もありますけど、味の部分で言ったらまちがいなくスキルがあって、素材を引き上げられるというところで最高だと思いますね。

美味しいと言われる、予約のとれない有名店に行ってこんなおいしい料理に出会えない、と思ってもあらいかわさんに来るとしっかりおいしいって思えるんですよね。それが本当にすごいところで。

そうなんですよね。色々食べ歩く僕ですけど本当に美味しいお店に行った後って次に行こうって話にすらならないんですよね。満たされすぎているのでお店出たら何も言わずにそのまま帰る、みたいな。

わかります。美味しいなって思うものが食べられた時は「ああ、良い1日だったな、もう帰ろう」って自然に思っちゃうんですよ。やっぱりそう思えるお店が良いお店ってことですよね。

アナグラム編集後記

変態美食家の長谷川さんはトータルの訪問店数7000件(日々更新中)ということで想像をはるかに凌駕したストイックなフーディーでした。「なんでそんなに食べられるんですか?」と尋ねたところ、「惰性で適当な食事はとらない。本当に食べたいと思ったものしか食べないから食べられる。」と食に対する考え方にブレがなくステキだなと思いました。

鮨の系譜のお話など、今まで思いつきもしなかった新たな視点を取り入れることができてとても興味深い取材でした。長谷川さんと西井さんおふたりの食エピソードトークでは笑いが絶えず、食は人生を豊かに、人を笑顔にするものだと改めて実感しました。

今回のマーケティアはみなさんにとっても覗いたことのないちょっと変わった食の楽しみ方だったのではないでしょうか。

文:齋藤彩可
編集:阿部圭司/杉山美和
写真:杉山美和