「絶対に売れない」と思っていた消臭剤が大人気商品になった理由|株式会社ハル・インダストリ 松浦令一氏

  • 東海

「消臭」という言葉を作ったのが、静岡のとあるメーカーだとご存じでしょうか。空間のニオイに悩む人から熱烈に支持される消臭剤を作っているのが、今回紹介する「株式会社ハル・インダストリ」です。2023年に創業40周年を迎えた株式会社ハル・インダストリですが、創業社長である松浦令一さんはなんと元々は保険の営業マン。「興味があることは何でも勉強してやってみる」のスタンスで、多くの人に愛される消臭剤を開発しました。

「うちはとくにニオイが気になるところはないな」「香り付きの方が好きだな」という方も、記事を読めば「本当に無臭になる消臭剤」が気になってしまうこと、間違いなしです。

X(旧Twitter)の公式アカウントを開設するきっかけになった投稿。「お陰で今も熱帯魚やれてます」という、心からの喜びが伝わってきます

すべての人にとっての「いい香り」はない。だから「無香料の消臭剤」にこだわる

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ハル・インダストリの商品は消臭ビーズから柔軟剤まで幅広いですが、すべて無香料ですよね。40年もの間「無香料の消臭剤」にこだわって商品開発をしてきたのには、なにか理由があるんでしょうか?

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すべての人にとって、絶対的に「いい香り」は存在しないからです。

例えば同じ「ヒノキの香り」でも、体調や個人の趣味嗜好によって、「いい香り」と感じるかどうかは人それぞれ。であれば、「無香料で、なんのニオイもしないこと」こそ一番人に優しいんじゃないかと考えました。

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たしかに、「無臭」こそ一番多くの人に受け入れられるのかもしれません…!熱帯魚の愛好家など、今では幅広いユーザーから支持を集めていますよね。

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「無臭になること」にこだわっている商品なので、最初は個人向けでは絶対に売れないと思ったんですよ。

「嗅覚疲労」といって、人間の鼻は自分の周囲のニオイにはすぐに慣れてしまいます。よほどのことがない限り、自分が普段いる空間に消臭が必要だと気づきません。

うちの商品は「芳香剤で”いい香り”にするのではなく、なんのニオイもしない状態にする」消臭剤なので、そもそも「いやなニオイがするな」と感じていない人には基本的に売れません。

「芳香剤」しかなかった時代に、2年かけて「消臭剤」を開発

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確かに、その場で嗅げばわかる芳香剤とは違って、「無臭になること」の価値を感じてもらうのはなかなか難しそうです。どうやってユーザーを見つけていったんでしょうか?

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1983年(昭和58年)に創業しましたが、最初のお客さんは魚の缶詰工場でした。静岡には大きな港がいくつもあるので、とれた魚を加工する工場もたくさんあります。とある工場長から「工場のニオイに近所の住民から苦情が来るから芳香剤を使っているけど、香料と魚のニオイが混ざってかえってひどくなる」と相談されたのがきっかけです。

そこで「混ざり合うことでひどいニオイになるなら、混ぜずに消せばいいじゃん」と思ったわけです。その時はまだ営業の仕事をしていましたし、消臭に関する知識は全くありませんでした。でもなぜか「自分がやらないといけない」と思ったんですよね。

すぐに研究を始めようと思い、エバポレーターという本格的な実験装置を100万円で購入。幸い営業で稼いだ資金はありました。それから自宅に籠って、ひたすら様々な植物の成分を混ぜては試すこと約2年間。植物成分をベースにした消臭剤が完成し、缶詰工場で使ってもらったのが今の事業の始まりです。

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研究開発の経験はまったくなかったんですよね?!そこで思い立って研究を始められるのがすごいです。

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昔からものづくりが好きで、興味があるものはなんでも試して作ってみる質なんです。

創業してしばらくは食品工場が主なお客さんだったので、「食品の製造ラインで使っても安全な消臭剤であること」をアピールするために、消臭剤の成分を使ったキャンディを作ったりもしました。

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消臭剤の成分を使ったキャンディとは、すごい発想です…!でも、たしかに安全性のアピールにはぴったりかもしれません。

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そういったことをやっていると、徐々に業者の方々の間で口コミが広がっていき、お声がけいただくことも増えてきました。新聞などのメディアにも取り上げていただいたりと徐々に広がってきたんです。

実はそのころまだ「消臭」の単語は世の中に存在していませんでした。当時ある工場を取材に来た新聞記者さんがうちの商品を体感して、「これは芳香でも脱臭でもなく、消臭ですね」と言ったのがきっかけで、「消臭」という言葉が生まれたんです。

ありがたいことに静岡県内の工場などを中心に需要は増えていきました。でも、実は創業して数年間は、早くこの事業を辞めたくて仕方なかったんです。

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せっかく好評な商品ができ、需要も増えていったのに、なぜなんですか?

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工場向けの消臭剤は、夏しか売れません。冬になるとニオイの苦情が来なくなるんです。商売としてはとても続けていけないと思いました。

「悪臭問題を解決する」だけでなく「空気を爽やかにして、空間の価値を上げる」という見せ方にしたら、事業が軌道に乗った

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冬になると注文が激減する問題は、なぜ乗り越えられたんでしょう?

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ある恩人から「『悪臭がなくなる』だけではなくて、ニオイが消えて空気が爽やかになると言って売ってみたら?」とアドバイスをもらったからです。

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確かに「悪臭がなくなる」の訴求だと、人は「自分がいる空間を悪臭だと思いたくない」のかなと思いました。これなら、「悪臭まではいかないけど、空間のニオイが消えればいいな」と考える人にまで需要が広がりそうですね。

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その通りです。「悪臭がなくなる商品はどうですか?」の売り文句で営業に行って、「うちの部屋が臭いっていうのか!」とホテルの支配人からお叱りを受けてしまったこともあります。

「悪臭を解決する」ではなく、「人によって気になるニオイは異なります。ニオイそのものを消すことで、好き嫌いのない空間が生まれ、あなたのご商売にもお役立ていただけるはずです」とアピールするようにすると、だんだんとホテルやパチンコ店、オフィス・商業ビルへも販路が広がっていきました。

特にホテルはインバウンド需要が戻り、海外から来たお客様が部屋で香水を使用することもあるんですよね。香水のニオイは長く残ります。

一度客室にニオイがついてしまうと、そのニオイがなくなるまで何日もの間、部屋の稼働ができない状態が続きます。部屋を販売できないってホテルからすると大きな損失ですよね。

そこで我々の消臭剤を使うと、ニオイによってはその日の内に、部屋を稼働できる様になります。1週間以上部屋が使えなくなるほどの香水も、1日~3日で消臭できることで、経済効果が認められて採用いただくホテルが増えています。ニオイを消すことが、ホテルの稼働率、収益率を改善することにも繋がっているんです。

「ファンの声」がレビューとして見える時代になり、ようやく個人向けでも売れるように

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創業してからは十数年は業務用の販売のみだったそうですが、個人向けの販売に踏み切ったきっかけは何だったんでしょうか?

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静岡のとあるホームセンターの社長から、「業務用の消臭剤がこんなに評判なんだから、個人向けも作ってほしい」と言われたのがきっかけです。

「店舗に置かせてほしい」とバイヤーの方も足しげく通ってくれたのですが、3年間断り続けました。3年目で熱意に負けましたね(笑)

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最初は断ってしまったんですね。やはり、「無臭であること」の価値を消費者に分かってもらうことがハードルになったんでしょうか?

matsuura

はい。すでに様々な芳香剤は売られていて、消臭剤で勝負できるとは思えなかったんです。商品の効果は、間違いなく芳香剤の方が感じやすいですからね。

業務用は、「ハル・インダストリの消臭剤なら、植物の力で嫌なニオイを元から分解できること」を懇切丁寧に説明することが出来ますし、明らかにニオイが問題となっているケースがほとんどなので、その対策として受け入れられました。しかし個人向けは細かい説明はできませんし、自宅のニオイが問題だと思っていない人が大多数だからです。

実際、ホームセンターに置いてもらった当初はまったく売れず、店頭販売はあきらめようかと思いました。

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でも、今では雑誌で4年連続ベストバイを受賞するほどの人気商品です。何かきっかけはありましたか?

matsuura

ある大型店舗の店長さんが消臭剤を車で使って、えらく感動してくれたんです。

「本当にニオイが消えた!これは良い商品だ!」と言って、店舗に入ってすぐのところにある消臭ビーズ売り場に、約2000個のビーズをピラミッド型に展示してくれました。

細かいことはいいから、まず使ってみてくれ!という勢いでしたね。そこで購入した人から徐々に口コミで広がっていったのかなと思います。

それで少しずつ売れるようになり、他の店舗にも飛び火して、販売開始から半年ほどで、個人向け商品も順調に売上が立つようになりました。

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1人の店長さんがファンになってくれたことが転換点だったんですね。

matsuura

消臭剤は、いくらメーカーが「この商品は良いですよ」と言っても伝わりにくいんです。様々な広告を試していますが、どんなに素晴らしい広告も、1件の口コミには敵わないんじゃないかと思いました。

最初はリアルな口コミで広がっていき、それが今ではオンラインの口コミに変わってきました。

リアルだと地域で広がるのが限界でしたが、オンラインに移行してその限界がなくなったんですよね。ようやく我々の商品も表舞台に上がるチャンスをいただいたように感じています。

今では、個人向けの売上が全体の7割。OEMや製造ラインの自動化にも挑戦

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地元のホームセンターから始まった個人向け販売ですが、2016年からは公式オンラインショップをオープンして、オンライン販売にも力を入れてらっしゃいますよね。

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実は、5年ほど前までは業務用が売上の7割を占めていたんです。今では業務用と個人向けの売上が逆転し、個人向けの売上が全体の7割まで伸びました。

コロナ禍の前、2018年ごろから特にパチンコ店様からの需要が落ち始め、業務用製品は苦戦していました。タバコのニオイは分かりやすいので、消臭剤の需要も大きかった。ところが東京オリンピックのために受動喫煙対策が厳しくなり、「改正健康増進法」も施行され、パチンコ店のフロアではタバコを吸えなくなっていったんです。

パチンコ店を始めとしたアミューズメント系のお客様は1年を通して安定した売上があり、利益率も高かったのですが、そこが急降下していった。さらにコロナ禍では喫煙室が閉鎖されるところも増えて、オフィスビルや商業ビルでの需要もなくなってしまいました。

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タバコのニオイが気になる場面が減っていってしまったんですね。

matsuura

ただ、個人のお客様のリピート率が非常に高いこともあって、何とか持ちこたえられました。店舗での販売は基本的に静岡の一部のみですが、オンラインショップを通して全国に販売網を広げていったことが支えになりましたね。

人間は周囲のニオイには鼻が慣れてしまうので気づきにくいですが、「ニオイが消えた」ことの変化は、多くの方が実感しやすいものです。その驚きや感動をたくさんのお客様がレビューとしてインターネット上で発信してくれたことが、自ら一生懸命宣伝するよりも遥かに大きなインパクトになったと思います。テレビや雑誌で取り上げていただいたことも後押しになりました。

今では、全体の売上もコロナ禍前の1.5倍まで成長しています。インバウンド客も徐々に戻りつつあるので、最近はホテル業界からの需要が増えて、業務用の売上も復活してきています。

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1.5倍とはすごいですね!製造ラインが追いつかなくなってしまうことはないんでしょうか?

matsuura

今はまだ何とかやれていますが、喫緊の課題はそこです。

例えば工場向けなら消臭液剤をトン単位で納品するのでシンプルですが、個人向けでは消臭剤だけでなく、容器と梱包材の在庫も管理していかなくてはいけません。

今は毎月15,000件ほど注文が入るので、容器と梱包用の段ボールも同じだけ必要になり、それを保管するための倉庫や、製造・発送する人員も確保しておかないといけないんですよね。生産管理や物流は、この40年間ほとんど気にすることがなかったので、いまがいちばん勉強しています。

会社は40周年を迎えましたが、ベンチャー企業だと思っていますね。

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自社製造ならではの難しさですね!実際に消臭ビーズが作られている様子は、見ていてとてもワクワクしました。

matsuura

お客様にお届けするものなので、できる限り自分たちの目の届くところで作り続けたいんです。

ただ、1か所だけで生産するのは非常にリスクが高い。仮に災害などで工場が止まってしまったときに供給できる商品がゼロになりますからね。そのために、消臭柔軟剤など一部の商品は、あえて外部の工場に製造を委託する試みもしています。

創業して40年経ちましたが、まだまだやってみたいことはたくさんあります。

アナグラム編集後記

「これをやってみたら面白そう!」のスタンスで色々なことに挑戦していたら、気づけば創業40年になっていたという松浦さん。失礼を承知で後継者について尋ねると、「会社をしっかり任せられる人に引き継いでいきたいけれど、自分自身でまだまだやりたいことがあるので、それが先ですね」と笑顔で答えてくれました。

「うちは小さな会社だけど、社員には東京の一流会社に負けないくらいの給料を出したい」「そのためには、まず「ニオイを消せる会社がここにある」と知ってもらうこと。ニオイに悩む人や企業にとっての灯台みたいな存在になりたいです」と言う松浦さんが、これからどんな面白いことを仕掛けていくのか、今から楽しみです。

ちなみに、お土産でいただいた消臭柔軟剤をさっそく使ってみたところ、本当に洗濯物が無臭になって感動しました…!!松浦さん、ありがとうございました!

取材:池田華子/賀来重宏
文 :池田華子
編集:賀来重宏
写真:ハル・インダストリ様ご提供/賀来重宏