地方の衰退・縮小する産業を盛り上げようとするのであれば、国内だけではなく海外市場に目を向けるというのはそれほど珍しくありません。しかしながら、石巻市の水産業の海外販路を先陣を切って切り開いたのは、入社間もないひとりの若手社員だったそうです。
世界の漁業生産量がこの40年で約2.5倍になっているのに対し、かつて生産量世界1位だった日本は3分の1に減少し世界7位となっています。水産資源の減少、担い手不足など多くの問題を抱えている水産業ですが、そこに革命を起こそうと東北・三陸地域の若き漁師たちが立ち上がって2014年に生まれた「フィッシャーマン・ジャパン」。
そんなフィッシャーマン・ジャパンで、現在石巻市と共にアメリカへの海外輸出を開拓しているのが海外事業部の村上日奈子さん。前例もない中で入社1年目からどのように輸出事業を引っ張ってきているのか、村上さんの行動力と実行力について伺ってきました。
予期せぬ帰国から始まった、地元・石巻の水産業輸出との出会い
ご自身のご出身が石巻なんですよね!
はい、石巻市渡波という海沿いの町で育ちました。その後アメリカに留学して大学生活を送りました。
もともと卒業後は地元に帰るつもりだったんでしょうか?
いえ、アメリカの人目を気にしない、自分の意見を持って当たり前みたいなところがすごく自分に合っているという感覚があって、現地で就職しようと思っていました。でも、ちょうどコロナ禍となり、予期せず帰国となりました。
帰国して地元でアルバイトをしながら自分の道を模索しているときに、フィッシャーマン・ジャパンで英語を活かせる仕事の募集があったので応募したのです。正直に言えば、はじめは「就職しなきゃ」という意識の方が強かったです。
なのでこの仕事を始めるまでは、とくに水産業に興味があったわけではなく「地元では漁業が盛ん」くらいにしか思ってなかったんです。石巻の海産物の価値が分かっているわけではありませんでした。仕事を通して石巻の魚介類に価値があることを実感し、国内外にその魅力を広げたいと思うようになりましたね。
もとから地元志向ではなかったとは意外です。現在はどのようなお仕事をされているのですか?
石巻食品輸出振興協議会に事務局として参画している、株式会社 フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングに所属して、石巻の水産物を海外に輸出する事業に携わっています。
石巻食品輸出振興協議会は、石巻産の農作物や水産物、その加工品などの輸出促進のために発足した団体です。海外に向けて石巻ブランドの構築を進めています。
外貨を稼げば地元への貢献になる
地域を盛り上げる場合、国内市場に焦点を当てることが多い中で、石巻はなぜ輸出事業にも力を入れているんでしょうか?
もちろん、国内にも多くの課題があり取り組みを進めています。一方で、 震災後に石巻の水産加工会社が稼働を再開した時、以前の主要取引先であった東京方面はすでに他の仕入れ先を見つけていて、石巻の水産物を再度扱ってもらうのが難しい状況になってしまいました。
そこで「国内だけでなく、国外の市場にも目を向けよう」という考えが生まれ、石巻食品輸出振興協議会が立ち上がりました。これから人口自体も減っていって日本国内の市場が縮小する中、国外に活路を見出すのは必然だと考えています。
石巻の事業者さんが外貨を稼げれば、そのお金は従業員さんたちのお給料になり、巡り巡って地元への貢献に繋がっていきますよね。
日本の魚は海外でも高い評価を受けていますし、需要も高そうです。石巻食品輸出振興協議会では、国外市場をどのように開拓しているのでしょうか?
2016年に発足して、最初の4年間は東南アジアをターゲットにイベントなどを行っていたそうなのですが、中々継続輸出に繋がっていない状況がありました。そんな中、輸出事業に積極的に取り組んでいたフィッシャーマン・ジャパンにお声がかかり、対象国や体制、戦略の見直しが行われました。
その約1年後にアメリカ留学の経験がある村上さんが入社されたんですね。アメリカ向けの輸出を始める時にまず課題となったのは何ですか?
アメリカをターゲットとしようとは決まっていたものの、具体的にどのように進めればいいのかとっかかりも掴めていない状況でした。ただでさえ、アメリカは50州もあってそれぞれの特色も文化も大きく違います。
ただそこで幸運なことに、フィッシャーマン・ジャパンとパートナーシップを締結していた企業が、子会社にロサンゼルスのインポーター企業を持っていたんです。そこからロサンゼルスを拠点に輸出を始め、徐々に市場を広げることができました。
商流・物流を決めないうちはプロモーションを行わない
フィッシャーマン・ジャパンが石巻食品輸出振興協議会に参画して、以前とどんなところが変わりましたか?
フィッシャーマン・ジャパン・マーケティングが事業者さんにお伝えしたこととして「商流・物流を決めてからプロモーションをはじめましょう」というものがあります。商流と物流次第でアプローチするべき相手が変わります。プロモーションだけを行っても、実際に売上につながるかが分からないままだと、地元の水産業者さんも協力的にはなっていただけません。プロモーションから入ってしまった最初の4年間の教訓が活かされたともいえますね。
ロサンゼルスに集中してからは、以前の輸出額と比べて100倍を達成しそうな勢いです。
たしかに相手が定まらないプロモーションは効果が出にくいですよね。また販路が決まれば、売上の見込みも立てやすくなりますし、地元の企業も協力的になるのは頷けます。他にもここまでの成果が出ている要因はありますか?
はい、パートナーシップを組んでいるインポーター企業の存在です。どれだけこちらがいい商品を作っていても、インポータ―がいないと日本から外へ送ることすらできないんです。
今では、パートナー企業が週に2回羽田から貨物便を出しているのですが、新商品などをサンプルとして乗せてもらって、現地の方に「とにかくまずは試してください!よかったら正式にオーダーしてください」といったプロモーションも可能になりました。
インポーターさんは石巻の商材だけを取り扱っているわけではないので、非常に協力的でありがたく思っています。
異例の張り付き作戦でパートナー企業の信頼を獲得
いろいろな産地の商品を扱うインポーターさんに、それほどまで石巻の商品を積極的に扱ってもらえている理由はなんでしょうか?
商品の品質が良いことが大前提ですが、それ以外だと「頻繁に現地に足を運んでいること」かなと思います。
まったく一般的ではないと思いますが、1ヵ月間くらいアメリカに長期滞在しながら、インポーター企業の「従業員です!」という顔をしてインポーターさんに張り付いてセールスを一緒に回ったり、現地のお客さんの声を聞いて次の商品選定に活かしたりしてアプローチしていました。「石巻といえば私」というように、顔を覚えてもらえたと思います。
すごい行動力……。
私の性格上、動いてなんぼみたいなところがあるんです。
やはり第三者を挟んでしまうと伝言ゲームとなってしまい、商品の正確な情報や魅力、エンドユーザーのリアルな感想は十分に伝わってこないんですよね。
実際の商品を勝手に持ち込んで、「どれが魅力的に見えますか?」「使えないならどこがダメですか?」と、とにかく気になることはすべて質問しました。
なかなか1週間程度の滞在では深く入りこめないので、セールスを一緒に回らせてもらったインポーターさんはもちろん、長期滞在の機会をくださっている石巻市や上司にもとても感謝しています。ちなみに、上司には事後報告でした(笑)
思っていてもあまりできることではないですよね。
インポーターさんもいろんな商品を扱っているので、うちの取引だけを優先してもらったり、仕入れてくださった方への説明も細かにするのは難しいんですね。なので、商品の細かい使い勝手とかは自分が伝えたいんです。
あと、例えば単にサンプルを渡して「使ってみてください」とお願いするだけではなく、「1週間後にまた来るから、その時に感想を教えて」と言うことで、確実なレビューが貰えます。仕入れ先は目利きも厳しいので、ボロクソに言われてしまうこともあるんですが、ただ「使えない」ではなく「こういう用途では使えない」と具体的な意見をもらえれば、事業者さんにフィードバックして商品改良に役立てられます。
数十年のベテランを相手に「良くなる未来」を説く
石巻食品輸出振興協議会には数十社の業者さんがいらっしゃるようですが、まとめる上でいちばん大変だったことはなんですか?
国外への取引は国内と比較して桁違いに大きいとはいえ、もちろん中には「何をすればいいかわからない」という方もいらっしゃいますし、動くか動かないかわからない大きな取引よりも、目の前の国内の取引が優先という考え方もあって、最初の1~2年は関係づくりがとても苦しかったです。
しかも、当時私は23、24歳で、そんな社会人なりたてが地元で長年事業を営んでいるベテランの社長さんに「すみません、輸出したいんですけど」と言ってもなかなか話を聞いてもらえません。
業者さんにとっても経験が少ないことですし、理解いただけるまで説得していくのは難しいですよね。どうやって打開したんでしょうか?
とにかくできることはなんでもやりました。
まだアメリカ輸出の実績はほとんどない中でしたが、根拠はなくとも「二、三十年後には絶対に良くなる」と輸出市場の可能性を訴え続けました。アメリカはパイが広いので、「今国内で200キロ、300キロと売っているものが、もしかしたら1年で3トンとかになるかもしれないですよ」って希望を持ってもらいながらなんとか説得しました。
他にもたとえば、輸出のために必要な書類も、ただでさえアメリカへの輸出には食品衛生管理など高い基準が求められますし、英語で用意する必要があり、なかなか進めてもらえません。なので、必要な情報をどうにか出してもらえるようにお願いするためにその企業に毎日通いつめたりしていました。
全員を巻き込んで動いていくのって、とても大変でしたよね……。
そうですね。ただ今では実績も出てきているので、地元紙に取り上げられたりして、「自分も輸出したい」という声も増えてきましたね。
地元漁業全体でも輸出への勢いが高まっているのでしょうか?
付加価値をつけた魚は、国内では高くて売れなくなってきているんです。どうしても国内だと価格が大切になってしまうので、少しでも安いものをという感覚が強くて。
一方で、例えば添加物を使っていないとか、手間のかかる加工方法を採用して、付加価値のある商品作りを得意としている事業者さんもたくさんいます。
アメリカでは日本食の海産物については付加価値のある高いものをそれ相応の値段で買いたい、という人も多いので、そういった方に向けて国内では売れづらい商品がアメリカの方が合っていて「輸出をやってよかった」と言ってくださることもあります。
「とにかく行動」からロジカルなマーケティング思考も武器に。何をどうやって売り込むか客観的な視点で見つめ直していく
売り込んでいく商品は、どのように選定しているんですか?
ヒアリングもそうですし、学生時代アメリカで生活していた経験が、現地ではどういうものが好まれるかといった感覚などに活きているかなと思います。
あとは、インターネットも駆使しますね。もともと好きなのもありますが、常にInstagramやYouTube、現地企業が発信しているトレンド予測の記事などを読み漁っています。広くアンテナを張って、次に何が来るのかを考えたり、例えばインフルエンサーを行うとしたらどこの誰に頼むとどんな影響が出るかを考えたりしています。
村上さんならではの強みですね!マーケティングの勉強などもされていたんですか?
実はメンターとして某外資系アパレル企業でシニアマーケターをされている方に、毎週ほど壁打ちしてもらっています。
実際に現地に長期出張して感じたことやこれからできそうと思ったことが、本当に石巻のために合っているかな?と迷ったりするんです。メンターの方はこの輸出事業としては第三者なので、客観的な視点で意見を言ってもらいながら思考を練っています。
それはとても心強い!
やっぱり上司だけじゃなくてあえて外部の誰かにズバズバ言ってもらえるのは助かっています。そこから、感覚やひらめきを考えにまとめていきますね。
マニュアルも前例もないですし、元々の性格的にもとにかく行動第一だったんです。でも、それだけでは突破できない壁も感じることも増えてきました。壁打ちをしていただくようになってから、よりロジカルに頭も使っていくことを意識しています。彼がいるおかげで私が知らないマーケティングの世界も教えてもらいましたし、唯一無二の応援団というか、この人は信じてくれると思える方なので、失敗しても大丈夫と自信になりました。
マーケティングの知識って営業活動にも活きてきますし、村上さんの行動力とマーケティングの力の両方があったら無敵ですね。
アメリカ中に「石巻=美味しい魚」のイメージを作りたい
今後は他の地域へも展開していくんでしょうか?
そうですね、今はロサンゼルスのみですが、他の地域も検討しているところです。
あとは、今はまだ日系の小売店でしか取り扱ってもらえていないのですが、欧米系のナチュラル系スーパーなど、現地の高級路線の小売店で扱ってもらうというのも課題にしています。
そのためにはアメリカの法律に沿った漁法かどうかであったり、サステナブルシーフードの認証取得だったりも選ばれるための理由になってくると思います。
サステナブルシーフードの普及にはフィッシャーマン・ジャパンも力を入れていらっしゃいますよね。仙台空港で海鮮丼が楽しめる「ふぃっしゃーまん亭」、ぜひ行ってみたいです。
大きくアメリカンドリームを広げるなら、いずれはアメリカ50州中に石巻の名前が通るくらい、「石巻=美味しい魚」みたいなイメージがつけばいいなと思っています!
村上さんのプロフィールを拝見して、筆者と同世代の方が地域一帯の水産物輸出を牽引しているというパワフルさとリーダーシップに感銘を受け、「ぜひお話を伺いたい!」と取材を申し込みました。
取材の中で「タイミングがよかった」、「たまたまご縁があった」とおっしゃっていましたが、いずれも単なる偶然ではなく、村上さんの周りを巻き込む並外れた行動力があってこそチャンスをキャッチできるのだろうと強く感じました。
東日本大震災の影響や乱獲、環境変化、人材不足など多くの課題を抱える水産業界。石巻ブランドとしても代表的なものの一つ、金華サバをはじめとして、温暖化等の影響で漁獲量が大幅に減ってしまっているそうです。
まだまだ解決するべき問題は山積みとおっしゃっていましたが、驚くほどの行動力とその背景にある想いをお伺いして、どんな困難があっても着実に乗り越えていく姿が想像できますよね。
文 :中島 菜々
編集:藤澤 亮太
写真:藤澤 亮太