他のD2Cと「Anker」の差はどこにあるのか?|アンカー・ジャパンCEO猿渡氏

  • 関東

高品質、そのわりにお手頃価格なモバイルバッテリー、充電器、スピーカー、イヤホン。きっとあなたの身の回りにもAnkerグループの製品があるのではないでしょうか。それもそのはず、アンカー・ジャパンは2020年時点で売上約212億円と、設立7年で+200億円超の成長を遂げています。

他のD2Cとアンカー・ジャパンの差はいったいなんなのか、他のD2Cはアンカー・ジャパンのような成長を遂げることができるのか。同社を牽引する代表取締役CEOの猿渡 歩(えんど あゆむ)さんにお伺いしました。ぐうの音も出ないストイックな言葉の数々を、ぜひご堪能ください。

他のD2CもAnkerのように成長できるのか?

アナグラム

猿渡さん、貴重なお時間をいただきありがとうございます!本日はAnkerが売上を伸ばしている秘訣を伺いながら、 “他社でも再現できる” 成功ポイントを探っていければと思います。

endo

私たちはなにも特殊なことをやっているわけではなく、定石に則って基本をきっちりやっているだけです。ですので、再現はいくらでも可能だと思っています。大切なのは、限界まで頭を捻ってやり切ることかなと。

アナグラム

なるほど……。他のD2Cとアンカー・ジャパンの差は「やり切っているか否か」、ともいえますね。

endo

唯一再現性が低く、Ankerならではの成功ポイントだと言えるのは「タイミングのよさ」だと思います。

Ankerがモバイルバッテリーや充電器を販売し始めた当時、スマホ普及率もEC化率もどんどん伸びていて、メインの販売チャネルであるAmazonもハードウェアの販売に投資しているフェーズでした。すべてのトレンドが上向きで、プラットフォーム全体のお客様が増えている時期だったので、いいプロダクトを作れば自然とお客様の目に触れる機会も増えて、買っていただける状況であったことは事実です。

しかし、仮にいまから同じ性能のモバイルバッテリーを作って売ろうとしても、マーケットは比較的成熟してきているので当時のAnkerほどのスピードで業績を伸ばすことは難しいと思います。勝ち馬を見極める方法に再現性はあっても、タイミングを逃してしまうと同じ勝ち馬にはもう乗れません

アナグラム

猿渡さんが考える「勝ち馬の見極め方」、ぜひ教えていただけますか。

endo

「ベンチャーはブルーオーシャンを狙え」といった話をたびたび聞きますが、競合がいないのは “現時点では市場に求められていないプロダクトだから” という可能性も大いにあり得ます。ドローンのように新しく大きな市場を創り出したプロダクトもありますがその例は少なく、あのAppleでさえ既存の市場に後発で参入していて、ゼロから生み出したプロダクトはほとんどありません。また、いいプロダクトであっても参入のタイミングが早すぎるとまったく流行らない。例えば今話題になっているメタバースも発想自体は20年以上前から存在しましたし。

つまり、いまこのタイミングでちゃんと市場があり、プロダクトの質で勝てる場所を見つけることが重要です。他社よりも質を磨き抜けるのなら、後発でも十分にシェアを伸ばせます。

わずかな性能差がブランドを作る

アナグラム

たしかに、Ankerは既に市場があったバッテリー等のコモディティ製品において、品質で勝負して売上を伸ばしていますもんね。

endo

そうですね。その当時「高価な純正品」か「安価な粗悪品」しかなかったノートパソコンの交換用バッテリーに対して、「純正品の半額以下で高品質なバッテリーがあれば売れるんじゃないか?」という創業者の考えからAnkerはスタートしました。

充電器やバッテリーは3-Low(Low Passion / Low Recurring Rate / Low Average Selling Price)と呼ばれる、購買意欲が低くリピートされない低単価の製品です。そのため、市場規模は決して小さくないものの、充電器やバッテリーに本気で注力してプロダクトを作っている会社はありませんでした。Ankerはそこに対して顧客目線を徹底し、強いチームを作り、本気でいいプロダクトを作りにいった

Ankerの充電器は他に比べて充電スピードが5倍速になっているわけでも、サイズが5分の1になっているわけでもありません。しかし質にこだわり抜いた結果生まれた “わずかな性能差” がお客様にきちんと伝わったことで、選ばれるブランドになってきたと感じています。

アナグラム

「 “Ankerの” 充電器がほしい」というブランド指名買いは、プロダクトの質に徹底的にこだわり抜くことで生まれているのですね。

顧客の声を本当に聞いている企業、何社ある?

アナグラム

「顧客目線」というキーワードが出ましたが、言ってしまえばどの企業も重視していることではあると思います。Ankerならではのやり切りポイントはどんなところでしょうか。

endo

「顧客の声を聞いています」という企業は多いと思いますが、本当の意味でちゃんと聞いている企業は少ない印象です。すべての会社が、お客様からいただいたご意見を定性・定量の両軸で細かく分析しているわけではないと思いますし、そもそもカスタマーサポートを内製化している会社も珍しいと思っています。

アナグラム

お゛お゛お゛……!!!(涙)

endo

アンカー・ジャパンではカスタマーサポートを内製化し、お客様からのお問い合わせに対応するだけでなく、全製品のAmazonレビューを分析しています。ネガティブな意見があればしっかり拾って本社の開発チームにフィードバックしますし、製品情報の記載でよりわかりやすく補足できる場合は社内で連携し、すぐにページのアップデートも検討します。

加えてカスタマーサポート宛にいただいた電話やメールの内容はしっかり確認して社内関係者に共有し、レビュー会も毎週開催しています。ここまで仕組み化して、顧客の声を全社で共有しながらプロダクトを改善していく会社はおそらく少ないですし、Ankerグループの強みだと思っています。

アナグラム

たしかにAnkerの徹底ぶりと比べると、顧客の声を “聞いた気になってしまっている” 企業は多いかもしれませんね。

仕組みで変わる、経営者で変わる

アナグラム

現在組織を急拡大されていますが、「顧客視点」など、Ankerの主要なカルチャーを全社へ浸透させるために取り組んでいることはありますか?

endo

大事なことは私から全社へ繰り返し伝える必要があると思っていますし、気づいたときには直接フィードバックもします。本社に対しても、お客様視点を欠いた製品変更をしようとしていた時、「社内の都合なんて関係ない、お客様にとってベストかどうかを考えてくれ」とハッキリ伝えました。

あとはやはり口だけではなく、制度に組み込むようにしていますね。

endo

「顧客視点」同様、Ankerでは「全体最適で考えよう」といつも社員に伝えています。組織の縦割りが進むと「自部署のKPIを達成すればいい」「他部署は自分に関係ない」みたいな空気がどうしても出てくる。しかしあくまで重要なのは、より多くのお客様にAnkerを選んでもらうことで売上利益を伸ばすこと、そしてより良いプロダクトを届け続けることです。自部署さえよければいいという発想はエゴですし、複数のセールス部署同士がある場合に在庫を取り合うという発想はすべきではないと思います。

とはいえ経営に携わらないと全体最適の視点を持ちづらいことは重々理解しているので、たとえば、セールス担当部署は自部署の業績だけではなく会社全体の業績がいいほうがより給与に反映される仕組みにしています。あとはどれだけ上長が評価していても、他のチームから非協力的だという評価があれば昇格できない制度も取り入れました。こうした仕組みを通じて「全社に協力しないといけないよね」「協力したほうが得だよね」という動機付けをおこなっています。

アナグラム

なるほど。縦割り組織特有の空気を変えていくためには、やはりこういった全社的な制度の見直しが必要ですよね。

endo

売上利益を伸ばすためには、「顧客視点」「全社最適」が欠かせないことは明らかです。しかしこれらを徹底することが難しいのは、どこかで社内政治が働いて、非合理的な判断が走っている場合が多いからですよね。

だからこそ、結局は経営者の意識だと思いますね。経営者で会社は変わる。自戒も込めてですが。

アナグラム

経営者としての覚悟がひしひしと伝わってくる言葉ですね……!(涙)

限界まで頭を捻ろう

アナグラム

ここからはぜひ猿渡さんご自身についてもお伺いさせてください。……素朴な疑問なんですが、アンカー・ジャパンご入社後に猿渡さんが “失敗した経験” はありますか?

endo

入社当時はかなり少ない人数でビジネス部門を回しており、オペレーションも粗末だったので、発注した製品が納期どおり届かず販売店に謝罪しまくる、みたいな失敗はたくさんありましたし、オンラインの分析結果をオフラインに適用したらニーズを読み間違えて売上が伸び悩んだ、みたいな話も色々ありました。

もちろん完璧な結果を出せないことも時にはありますが、限界まで頭を捻ってやったかどうかを私は大事にしています。限界までやっても売上が伸びなかったのなら後悔はありませんが、自分自身が限界までやっていなくて売上が伸びなかったのなら、それはとても残念なことです。

猿渡歩を突き動かすもの

アナグラム

なぜ猿渡さんはそこまでストイックにやり切れるのでしょうか……?

endo

……きっと、1位になりたいんですよね。2位だと「なぜ1位じゃないのか」を説明しなきゃいけないじゃないですか。でも1位なら言い訳しなくていい。

アナグラム

なるほど。これまた素朴な興味なんですが、そんな猿渡さんが “理想とする経営者や企業” はどんなところでしょうか?

endo

経営者でいうとイーロン・マスクはすごいと思います。PayPalで金融を変えて、テスラで自動車を変えて、さらには宇宙までいって。ビリオネアになっても3社経営して働いて、本気で世界を変えようとしている。

企業でいうとやはりAppleです。製品数が少ないのにあれだけの規模の売上を作れており、新しいiPhoneが出るたびにみんなが話題にして購入する。iPhoneってもう、少しずつ世界を変えていると思うんですよ。

Ankerグループはまだ世界を変えるレベルには及びませんが、これからもAnker製品を使ってくれる人をどんどん増やして、みなさんの暮らしを変えていきたいですね。

アナグラム

やはり世界のトップ・オブ・トップを見ていらっしゃるのですね。

endo

いい経営者もいい企業も山ほどあるので、いつまでたっても満足できませんよね。売上が100億いっても200億いっても、到達した瞬間しか嬉しくない。次の天井にしか興味がありません。我ながら疲れる性格です(笑)。

でも「自分よりすごい」と思える人がいるって、幸せなことですよね。現状に甘んじることなく、さらに上を目指せますから。

アナグラム

私も本日猿渡さんのお話を直接聞けて幸せです……!(涙)貴重なお時間、本当にありがとうございました!

アナグラム編集後記

「自分よりもすごい人」に一度触れてしまうと、もう知る前には戻れません。自分を成長させたいと願う人であればあるほど、見て見ぬふりもできないでしょう。

「やり切る」ことは、口でいうほど簡単ではありません。しかしストイックにやり切っている人を知ってしまったからには、少しだけ自分を動かす力学が働くように感じます。

私にとって今回の取材はまさに背中を押される時間になりましたし、読んでくださったみなさんにとっても、そんなきっかけとなっていれば幸いです。

……最後に、余談ですが。

お会いする前に猿渡さんのベストバイは買っておこうと「Anker Nano Ⅱ 65W(充電器)」を購入して以来、すっかりAnker製品にハマってしまい、あれよあれよと私のデスクはAnker製品で埋め尽くされ、すばらしいリモートワーク環境を手に入れました。Anker社が掲げる「Empowering Smarter Lives」が私の暮らしにも。

一石二鳥のすばらしい機会に、感謝いたします。

取材:賀来重宏/まこりーぬ(ライター) 文:まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏