
国内最大級のWebマーケティングメディア「ferret」やオールインワン型BtoBマーケティングツール「ferret One」、フォーム作成管理サービス「formrun」の運営会社として、業界内の知名度が高い株式会社ベーシック。
同社はもともと比較メディアを筆頭に複数のサービスを運営していましたが、10回の事業売却を経て、現在はデジタルセールス領域のSaaSに事業を一本化しています。
この過程において、いったいどのような変革や葛藤があったのでしょうか。SaaS企業へ変貌したベーシック社の10年間の軌跡を、一緒にたどっていきましょう。
SaaS、無理にやらなくてもいいんじゃない?
本日は「SaaSにチャレンジしたい」みなさんを代表し、ベーシックがどのようにしてSaaS企業へ変貌を遂げたのかを取材しにまいりました。どうぞよろしくお願いいたします!
「SaaSをやりたい」という方は多いですよね。私もよく相談を受けます。でもSaaSって遅効性が高いので、早く成功したい!という人ほどとてもしんどいビジネスなんですよ。必ずと言っていいほど「これいつ収益上がるの?」という話になりますし、5年やっても収益が見込めない可能性だってあります。
もし「流行っているからSaaSっぽいビジネスをやりたい」くらいの気持ちなら、やらないほうがいいと思いますね。時間は有限ですし、自社にあった方法で売上を伸ばしたほうがいいんじゃないでしょうか。
なるほど……。安易に「SaaSやりたい」と言ってしまったことをいったん撤回いたします!!!(涙)
「とりあえずオウンドメディアを立ち上げたものの全然続かなかった」という企業がたくさんあるように、トレンドにのっかって表層的な部分をマネして始めちゃうと、やっぱり続かないですよね。
シンプルで清々しいビジネスに熱狂するまで
そんな秋山さんはどうしてSaaSをやりはじめたのでしょうか?
我々は約10年前の2012年、SaaSではなくASP(アプリケーションサービスプロバイダ)と呼ばれていた時代から「ferret One」の原型を作り始めました。収益モデルがいいとか流行っているからとかではなく、「気軽にWebマーケティングを実践できる環境が整っていない」という課題を解決するために立ち上げたサービスです。
ただベーシックはもともと複数の事業を同時に運営するような会社だったので、しばらくは「ferret One」もあらゆる事業のうちの一つに過ぎませんでした。いよいよ「SaaSに集中しよう」と思い始めたのは、2016年の話です。
ビジネスって、やっぱり清濁併せ呑まなきゃいけない局面があるじゃないですか。たとえば売り切り型のサービスの場合、売ったあとは、つまりお客様がそのサービスを使いこなせるかどうかは責任の範囲外です。そうなると、利益の最大化と顧客の成功が必ずしも一致するわけではありません。
一方でSaaSは、顧客がそのサービスで成功すれば契約が継続され、自社に利益が返ってくる。やればやるほど、「我々はお客様の成功だけを考えればいいんだ」とわかってきたんです。「あぁ、まったくウソがつけないビジネスなんだな」と腹落ちしたとき、私はSaaSに熱狂しました。
収益のストック性ではなく、「顧客の成功にコミットすればよいというシンプルさ」に秋山さんは惹かれたんですね。
2018年、組織は一度崩壊しかけた
いざSaaSに注力していくなかで、もっとも大変だったことはなんですか?
もともと営業力が強かったこともあり、「ferret One」は「売れはするけど解約率が高い」という大きな課題を抱えていました。これは走りながらじゃ解決できないと感じ、2018年に半年かけて大きな検証を行うことにしたんです。
まず、目標受注件数を月30件から3件に変更しました。お客様が「ferret Oneを契約したい」と言ってくださっても、ターゲット企業の条件を満たしていなければお断りしました。
えっ……!?
さらには、無料だったオンボーディングを月40万円×3ヶ月の計120万円に有料化しました。
えぇっ……!?!?(汗)
不思議なもので、有料にしたほうがお客様からの不満が減りましたね。これらの変更はつまり、売る相手を絞ったということです。BtoBマーケティングにしっかり投資して体制を整えたいと考える企業様だけを顧客にする。これだけ絞ってサクセスできないのであれば「ferret One」は抜本的に見直さざるを得ないだろう、という覚悟で臨みました。
大胆すぎる検証にシビれました。現場のみなさんの気持ちを考えると、ドキドキします……!!!
2018年は本当に大転換の一年でしたね。正直なところ離職率も4割と非常に高かった。経営者人生において、このときが一番しんどかったのをよく覚えています。
でもこの検証のおかげで「我々は誰のどんな課題を解決すべきか」がハッキリしましたし、各KPIを改善するためにどういうアプローチが必要なのかを整理できました。このステップを踏まずしてSaaS事業へ舵を切っていたならば、それはただのギャンブルになってしまったのではないかと思います。
「よかれと思って」が悲劇を招く
もう一つ、ほぼ同時期の2019年に思い切って変えた方針があります。
私はずっと「事業は人ありき」という考え方で、全員を幸せにしようとこの会社をやってきました。しかし人ありきだと、船頭多くして船山に登る状態になり、力が分散します。その結果、会社の成長は停滞しました。これは業績推移を見れば明らかです。事業が増えている分売上は伸び続けていますが、5年目以降の成長率は鈍化しています。
図:業績推移
創業してしばらくは、値引きのルールや提案書のフォーマットまですべて私が決めていました。しかし4期目にふと「このやり方でメンバーの成長は促進できるんだろうか。みんなに機会を与えたほうが、組織としてイケてるんじゃないか?」って思ったんですよね。
こうしていざ権限委譲してみたところ、みんなよかれと思って元のルールを改変していきました。しかし残念ながら、売上はそこまで伸びず残業ばかり増えていった。本質にアプローチできていなかったんです。
これは「人ありき」という方針に引っ張られた結果生まれた悲劇であり、私自身の大きなしくじりです。気づくまでにだいぶ時間がかかってしまいました。
ぐ……非常に……耳が……痛いです……!!!(涙)
この反省を踏まえて、「事業は人ありき」ではなく、「会社が掲げる “コト” を成すために人がある」という考え方に転換しました。全員を幸せにしようとするのではなく、 “コト” に向かって本気で挑戦したい人にとって居心地のいい会社にしようと決めたんです。ここから採用にも一層こだわるようになりましたね。
事業だけでなく、会社そのものの在り方が大きく変わった年だったんですね。
年間数億円の収益源を手放した理由
続く2020年には創業時から取り組んできた比較メディアを売却されていますが、そのままSaaSと共存させる、という選択肢はなかったのでしょうか?
ベーシックでは、比較メディアが生み出す年間数億円の収益をすべてSaaSに投資する状態が続いていました。
遅効性の高いSaaSを育てるためにはある意味正しい事業構造でしたが、比較メディアへの投資がおろそかになり、関わるメンバーに成長の機会を提供できていないことに、ずっと後ろめたさを感じていたんです。代表である私がここまでSaaSに熱狂している以上、どこかで踏ん切りをつけるしかありません。ようやく決断できたのが2020年でした。
譲渡先はメディア専業で十分投資してくれる会社にすると決めていたので、その道のプロフェッショナルであるじげんさんへ託しました。結果として、現在比較メディアはめちゃくちゃ伸びているようです。なかなかハードな経営判断でしたが、売却してよかったですね。
思い入れある事業の売却、かなりの苦悩があったのではないでしょうか。結果としてベストな環境で事業が伸びているとのこと、なによりです!(涙)
10回事業売却した男がたどり着いた答え
複数の事業を運営する会社からSaaS企業へと変貌したいま、どのような変化がありましたか?
全社においても私自身においても、いい変化がたくさんありました。SaaSに絞ったことで、自分たちが何者なのか、そして自分たちが向き合わなきゃいけない “コト” がなんなのか、よりハッキリしましたね。
最近は求職者の方から「ベーシックの社員さんはみな同じことを言いますね。ここまでブレない会社は見たことありません」と声をかけてもらう機会が増えたんですよ。これって社員一人ひとりが会社の掲げる “コト” を自分ごと化できている証拠だと思うんですよね。
2018年の苦しい大転換、そして2020年の事業譲渡を経て、みんな同じ方向を向ける会社になってきた。その結果、業績も従業員満足度も採用力も、本当にいろんなものが上向いています。十数年経営者をやっていますが、いまが一番いい状態ですね。
だからこそ私はいま改めて「一貫すること」の重要性を感じています。SaaSであれば、顧客の成功に向けてなにをすべきか問いを立て続ける。そこに狂気を持ってこだわり抜くことがすべてだと思いますね。
さまざまな事業を立ち上げてきた秋山さんがおっしゃるからこそ、「一貫しよう」はとても重みのあるメッセージだと感じました。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました!

「たった数時間で、とてつもない10年間の軌跡に触れてしまった」
そんな感情におそわれた取材でした。いったいどれほどの人が、どれだけの時間、お客様や仲間に真摯に向き合い、いまが在るのでしょうか。
なにより印象的だったのは、
「これは私のしくじりです」
と語れる秋山さんの……なんといいますか、人としての器の大きさです。
自分の揺るぎない価値観が、もしかするとチームの大きな妨げになっているかもしれない。そんな苦しい問いを、いつまでも自分に投げかけられるような強い人でありたいと感じました。
取材:賀来重宏/まこりーぬ(ライター)
文 :まこりーぬ(ライター)
編集:賀来重宏
写真:賀来重宏